その人といることは、一人でいる時のように自由で、しかも、大勢でいる時のように楽しいの。
暇だ。
先日上司から連休命令を受け、私は今絶賛休暇中である。休暇中、とは言ったが、連休前半の土日に関しては実験のレポートなり論文なりをいつもの土日と同じ様に進めて過ごした。これじゃあ休んでないって怒られるかもしれないけど、多少は進めないと自分の首が絞まるだけだし、それに休みを宣告されたのは"来週3日間"なので、その平日3日間に関しては、仕事をしていた時間を休息にあてるなり、今まで帰宅後に進めていたレポート達を日中に少し進めて夜はゆっくりするなり、時間と心に余裕を持ってのんびり過ごす事にしようと思っていた。
しかし、いざ休むとなると何をすればいいのか分からない。寝て過ごそうかとも思ったが、結局この連休中もいつも通りの時間に目が覚めてしまい、二度寝をしてもあまり寝付けず、毎回9:30頃には布団を出てしまった。特別な予定もなく時間を持て余している気がしてならなかったが、昨日一昨日は本を読んだり買い物をしたりと何とか休みらしい休み方が出来たような気はする。しかし問題は今日の過ごし方だ。何をしようか。いよいよやる事がなくなったのである。いっそ仕事をしていた方が気が休まるのではないか?と思ってしまうほど、休み方を考える方が変な頭を使って疲れる気すらしている。
どうしたものか、と何気なくテレビの電源を入れると、ちょうど水族館でイベントがやっているとのCMが入った。深海生物の展示だったり、スタンプラリーをやったりしているらしい。動物園や水族館など生き物を見るのは好きだ。最近忙しくてこういうところに行けてなかったから、今日お昼から行こうかな。
水族館行きを決めたところで、ピロンと携帯がメッセージの到着を告げる。相手はこうちゃん曰く昨日私と会えないと寂しがっていたらしい山本くんだった。
<なまえさん、水族館好きって言ってましたよね?>
なんと。たった今水族館行きを決めたタイミングで、水族館の話題がふられるとは。
いつの日か山本くんに、私が水族館とか動物園とか、生き物を見るのが好きって話をした事を思い出しながら返事をする。
≪うん、好きだよ。ちょうど、午後から行こうと思ってたところ≫
<ほんとですか!実は都内の水族館のチケット貰ったんですけど、もし良かったら一緒にどうかな〜?と思って・・・>
≪え、私と?≫
<嫌だったら断ってもらって大丈夫です!汗>
≪嫌じゃないけど、一緒に行くの私でいいの?≫
<はい!なまえさんとが良いなと思って!>
せっかく山本くんが貰ったチケットなのに私なんかが同伴で良いのだろうか?と不安になったが、相変わらず山本くんは口がうまい。まあ、生き物が好きでっていう話をした時に「なまえさんの生物オタクな話聞きたいです!」って目を輝かせながら言ってきたから、きっとそういう事だろう。
お兄ちゃんの物理オタクトークみたいなクオリティでは話せないし、お兄ちゃんほど饒舌にはならないから、あんまり期待はしないで欲しいんだけど・・・。
≪いつ行く?≫
<なまえさんが良ければ、今日とかどうですか?>
≪山本くん、仕事は?≫
<元々午後から有給の予定だったんです!なまえさんが午後から行こうと思ってたなら、行っちゃいません?>
そんなこんなで、連休最終日の今日、山本くんと水族館に行く予定ができた。
***
小さい時から私は生き物達が生きている姿を見ることや、生き物達が生きている環境やその特性などを知ることが好きだった。自分で調べるのも好きだが、こういうプロによるプロならではの展示や解説が今でもなお私の心をくすぐる。
ふと自分の世界に入ってしまっていたことに気付き、ちらりと辺りを見回すと、少し離れたところで山本くんが真剣な顔で解説を読み込んでいた。新しい知識を吸収しようとしているようで、彼は彼で楽しそうに見えて安心する。二人で一緒に同じ物を見る時もあれば、こうやってお互い気になった物や気に入った物にはそれぞれじっくりと時間をかけて見て回っていた私達。相手に急かされる訳でもなく、急いだ方がいいかな?と相手に遠慮する事もなく、のんびり無理せず楽しめる程良い距離感が私にはとても心地よかった。
少し歩くと、いよいよ水族館の目玉とも言える大水槽が目の前に現れてハッと息を呑む。大きな海が目の前いっぱいに広がる。まるで海の中にいるみたいで、
魚達と泳いでいるような感覚になる大水槽が私は好きだった。目の前の景色、静かで心地良い音楽、少し暗めの照明、水や磯の匂い。色んな感覚が、私を海の中へと連れて行く。
「少し座りません?」
ぼうっと眺めていると、隣から山本くんが声をかけてきた。私があまりにも大水槽に見入っていたためか、大水槽前にいくつも並べられたソファを指差して小さく笑う山本くん。
『あ、ごめんね。昔から大水槽の前来るとなかなかここから動けなくなっちゃうんだ・・・。』
「すんごい見入ってましたから正直声かけるか迷いました。でも僕も大水槽好きだし、ちょっと座ってのんびりしたいなと思って。」
相変わらず山本くんは優しい。あくまで自分ものんびり見たいと伝える事で、ここに佇まうことに対して相手に気を遣わせない言い方をしてくれる優しい人だ。恐らく半分は素直に自分も見たい気持ちもあるだろうが、もう半分は彼の優しさだろう。そして私はその優しさに素直に甘えてしまう。山本くんといると、心がほぐれるというか、自由になる気がするというか。山本くんの隣はどうしてこんなにも居心地が良いんだろう。
***
数々の展示やショーを堪能した後、最後に私達はお土産コーナーを見て回っていた。
「結構色々あるんですね。」
ぬいぐるみやタオル、ボールペンやお菓子等だけでなく、食器や鞄にアクセサリー等、幅広いジャンルのグッズ展開がされていて二人で感嘆しながら練り歩く。
『見てこれ、なんか山本くんに似てない?』
手のひらサイズの色んな海洋生物のぬいぐるみが並ぶコーナーを前に足を止めて指を刺す。
「えー?似てますか?」
『うん。目がくりくりで子犬みたいなところ。』
「褒めてます?」
『褒めてる褒めてる。可愛いじゃんこの子。』
後ろ足で立ち上がり両手を合わせてお祈りするようなポーズをしているカワウソのぬいぐるみ。可愛らしい顔とちょこんとした佇まいにキュンとする。子犬や子猫など動物の赤ちゃんを見た時の感覚に近い気持ちになる。
「僕はこれ、なまえさんに似てると思いますよ。」
山本くんが差し出してきたのはペンギンのぬいぐるみだった。
『似てるかな?』
「似てますよ〜!この子の可愛いけど美人さんな感じ、なまえさんっぽいです!」
『うーん、山本くんが言うなら似てるのかなあ。』
可愛らしくもあり綺麗な顔立ちでもあるペンギンのぬいぐるみ。山本くんは満足そうに「似てる似てる。」とぬいぐるみを撫でていた。
その後も『このカメの顔は山上くんっぽい』「このサメの悪そうな顔は伊沢さん」『このメンダコは福良くんに似てる』と言うようにQuizKnockの面々と似ている顔を探しては楽しんでいた私達。そして私は、皆にお休みのお礼のお菓子を手に取りレジに向かおうとするが、その歩みを止めて先ほどから気になって仕方ないある物の前に戻る。
「どうかしました?」
『うーん、なんかずっと気になるというか・・・すんごくこの子と目が合う気がするんだよね。』
そう言って先程似てる似てない論争を交わしたぬいぐるみコーナーの前、私は1匹のぬいぐるみと見つめ合う。
「なまえさん、僕を連れてってよー」
すると山本くんがそのぬいぐるみ・・・カワウソのぬいぐるみを手に取り、カワウソの体を動かしながら喋る。
『それはずるくない?』
「えへへ。せっかく来たんだし、気に入ったんなら買っちゃいましょうよ!」
そう言って私の手に乗せる山本くん。「買ってくれないの?」と涙目で訴えられている気にすらなってきてしまい、可愛すぎて負けてしまった。山本くんは私に物を買わせるのも上手いらしい。私がカゴに入れたのを見て嬉しそうだ。
「じゃあ僕はこっちにしようかな!」
山本くんはそう言うと、ペンギンのぬいぐるみを手にした。山本くんは山本くんでペンギンを買うことにしたらしい。自分に似てるぬいぐるみじゃなくて、似てるって言いあったお互いのぬいぐるみを買うのってなんか変な感じ。
『あ、ついでにお兄ちゃんにも買っていこうかな。』
「何にします?チンアナゴとか?」
『いや、お兄ちゃんは絶対こういう系の方が喜ぶと思う。』
そう言って私は、小さいぬいぐるみがストラップになった物が並ぶ隣のコーナーから、ダイオウグソクムシを手にした。それを見た山本くんは「分かるー!喜びそう!」と爆笑してくれた。うん、お兄ちゃんはダイオウグソクムシの方が気に入りそう。本物はリアルでちょっと引くけど、このストラップのダイオウグソクムシは普通に可愛いし、リュックとかに付けてほしいな。
心残りが無くなった所で、私達は会計を済ませて水族館を後にした。
***
「最終日に僕が外に誘っておいて言うのもあれなんですけど、お休みはゆっくり過ごせました?」
『うん。やる事無くて退屈だなあって思った時もあったけど、久しぶりにのんびり過ごせた気がする。今日も凄く楽しかったし、誘ってくれてありがとう。』
帰り道。山本くんからの質問にこの連休中のことを思い返す。
勉強や仕事は楽しいし、そこに集中する事に苦痛はないけれど、数日ゆっくり過ごす事で、体はもちろん心にも余裕が生まれた気がする。窮屈な生活を送ってたんだなあと自覚した。確かに頑張らないといけない時や無理をしないといけない時もあるけれど、自主的に休む癖もこれからつけていかないといけない、つけていきたいと思えた。そして時々、こうやって人とどこかに出かけるのも。
「気分転換出来たみたいで安心しました。
『いつも心配かけてごめんね。』
「それに、須貝さんに負けないなまえさんの生物オタクな一面が見れた気がして嬉しいです。」
『なんかちょっと恥ずかしいなあ。お兄ちゃんほどじゃないけど、喋りすぎて引かなかった?』
「大丈夫ですよ!知らない事もいっぱいあって勉強になったし、なにより楽しかったです。」
「また行きましょ!」と笑って小指を差し出す山本くん。指切りなんて最後にしたのいつだっけ?と懐かしさを感じながら、差し出されたそれに自分のを絡める。
山本くん、いつもありがとう。そんな毎日の感謝の気持ちを心の中で呟きながら、次はどこに行こうか考える。山本くんと一緒なら、どこへ行っても、何をしても楽しいんだろうな。
翌日、お兄ちゃんにダイオウグソクムシのストラップを渡すと「まじで!?超嬉しいんですけど!開けていい?うわ!ダイオウグソクムシじゃん!かっけー!」と息継ぎも忘れたように立て続けに言葉を発し、子供のように喜んでいて朝から皆の注目の的になった。あまりの喜びようにこの人は本当に30代か?とちょっと恥ずかしくもなったけど、喜んでもらえたならまあいいか。
【その人といることは、一人でいる時のように自由で、しかも、大勢でいる時のように楽しいの。/シャーロット・ブロン】