ななしさんという人は、なんだかとても悲しそうだった。
マスター適性者、47番目。
それが彼女の肩書きだった。
爆破事件のこともあり、しっかりとお互いを認知できたのは、第一特異点オルレアンの作戦会議前だった。
「改めて紹介しよう。彼女はマスター適性者…いや、もうカルデアのマスターか。47人目のマスター、ななしちゃんだ」
ドクターの計らいで、作戦会議前に軽い自己紹介の時間が設けられた。
ななし。
確かその名前は、特異点Fにいる間にマシュや所長から聞いた。
「藤丸立香です。よ、よろしくお願いします!」
私は数合わせの一般人。魔術のマの字も知らなかった素人だ。
しかし事前のマシュからの情報によると、彼女―ななしさんは歴とした魔術師らしい。
私とは大違い。天と地の差、月とすっぽんとはこのことだ。
なんだか自分がここにいることに若干気後れする。
「ドクターから紹介にあずかりました、ななしです。よろしく」
愛想笑いを浮かべることもなく、さらりと自己紹介を済ました様子からも、まるで私がどうでもいいような、アウトオブ眼中みたいな。自分の存在が矮小に思えてならない。
みんなの前でやると大口切ったからには絶対にやり遂げたいし、あの場で口にした気持ちに嘘偽りはない。
だが、目の前のその道のプロを前にすると、私は果たして必要なのか…?という疑問すら湧いてくる。
「彼女は47番ではあるが、魔術を正式に修めている魔術師の1人だ。知識も技術も身に付いているからね。立香ちゃんにとっては先輩ということになるかな?魔術については、まず彼女から学ぶといい」
先輩か、なるほど。
「じゃあマシュにとったら先輩の先輩になるね」
「はぁ、先輩の先輩、ですか」
マシュも目をぱちくりさせて、ななしさんの方を見た。
ななしさんは一瞬交わったマシュとの視線を振り切り、ドクターに本題を促した。
「ドクターロマン。いえ、所長代理。作戦会議に進みましょう」
「そうだね。軽い自己紹介も終えたとこだし。では、これから第一特異点レイシフトに関する作戦会議を始めよう」
初の作戦ありきのレイシフト。
前回にも増して責任という言葉が重く感じられる。
特異点Fの時は何が何だか分からないまま、マシュや所長、ドクターやキャスターを信じてとにかく前に進んだ。
けれど、今回は落ち着いて事態を把握出来るようになった分、現実味を帯びた重みを感じてしまう。
とりあえず、深呼吸。
「先輩、体調が優れないのでしょうか」
マシュ、あぁそうだ。マシュだ。
私は1人ではなかった。
あの時も、そして今も、次のレイシフトでも。
そして―
「ななし…さん」
チラリとこちらを向けられた視線。
その目と目が合った瞬間に走る緊張。
だ、だいじょうぶ、大丈夫。
がんばれ、私!
敵性サーヴァントと睨み合うより全然マシ!!
「次のレイシフト、オルレアン…よろしくお願いします!私魔術なんて全然さっぱりですけど、精一杯走り回りますッ!!」
全身の力を振り絞って出した言葉に、ななしさんはどんな反応を返すのか、恐る恐る様子を伺う。
すると、意外にも彼女は破顔したような、ぽかんとしたような、そんな表情をしていた。
それから肺に溜まった空気を少し流すように、唇からふっと微かに音を立てた。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。…よろしくね」
そのまま背を向けてドアから出ていった。
「マシュ…」
取り残された部屋に、ぽつりと浮かぶ声。
「はい…」
それに律儀に返す後輩の声も、自分と同じ響きがあることを確信する。
「ななしさん、笑った……?」
「はい…」
それは、本当に微かなもので。一瞬の出来事で。ともすれば、夢か?見間違いか?と疑ってしまうような儚さで。
「ななしさんの笑う顔、私、初めて見ました。あんな風に笑う方なんですね」
未だ驚きが抜けないマシュが少し嬉しそうに言った。
対する私は、少し違和感を感じていた。
確かにななしさんは笑った。笑った…んだよな?
表情は間違いなく微笑んでいた。
じゃあ、この違和感はなんだ。
違う。この違和感、笑う前だ。彼女が笑顔を見せる前から少し違和感を感じていた。
私の言葉を聞いた直後の彼女の顔。
それからの笑顔。
あぁ、それだ。
何故なのかは分からない。
けど、あの時の彼女の顔、そして笑顔。
なんだか、泣きそうに見えた。
ななしさんという人は、なんだかとても悲しそうだった。