月の女神はお団子の夢を見るか?

「ふんふふ〜ん♪てんてて〜ん♪」

廊下の向こうから気の抜けるような鼻歌が聞こえてくる。ドクターロマンが朗らかな笑みをたたえ、足取り軽く歩いて来るのが見えた。

「あ、ななしちゃん!」

こちらに気付いて挨拶するドクターの声もどこかふわふわと宙に浮いているような軽さだった。

「ドクター、とても楽しそうですね。」

「ふふーん。聞いて驚け!なんとここカルデアで月見をすることになった!」

「月見?」

「そうそう。何分娯楽の少ない施設なものでね、何かイベントでも開けないかとダ・ヴィンチちゃんと相談していたんだ。そこで、丁度外の暦が中秋の名月にあたるってことでお月見を開催しようってことになってね〜。」

にこにこと楽しそうに笑っているドクターに得心がいった。
どうやら今は9月に相当する暦だそうだ。あの事件が起きてから2ヵ月。閉鎖空間で24時間暮らしている局員たちにも精神的な疲労が蓄積してきている。そこで息抜きにお月見を開こうということらしい。
中秋の名月、月を肴に友と語らう、か…。

「…お月見ということですけど、肝心の月はここから観測できるんですか?」

「残念ながらそれができなくてね…でもプロジェクタで空間に投影すれば、立派なお月見になるはずだ。もちろんこの日のために色々と節制してね、お団子とお酒も用意してるよ!」

それを聞いて素直に驚いた。つい先日第2特異点であるローマから帰ってきたばかり。物資もそれなりに消費した。そこからこの日までに食料や数少ない娯楽のうちのひとつであるお酒も我慢していたとは…。
それにはドクターやダ・ヴィンチちゃんだけでなく、他の局員の協力も欠かせない。
…どうやらこのお月見、楽しみにしているのはドクターひとりだけではないようだ。

「それは大層なお月見になりそうですね。では―」

「あ、当然ななしちゃんも強制的に参加だからね!」

楽しんできてください、と繋がるはずだった語尾があっさり切り捨てられた。しまいにはよろしくね!と念を押され、閉口する他なかった。



あまり大勢で楽しむイベントは好きではない。というより、慣れていなかった。強制的に参加だからねと言われても、どういう顔をして集まりに出向いていいか分からない。そもそも何をしたらいいのだろうか。月を見る?お団子を食べる?そんなのはひとりででもできる。

「…………困った。」

途方に暮れながら廊下を歩いていると、スタッフたち何人かとすれ違う。皆、いつも通りの顔をしているけど、足取りや雰囲気がどことなく浮ついている。やはり、このお月見を楽しみにしているんだろう。何をそんなに楽しく思えるのか全く分からないが、悪いことではないことだけは分かる。彼らの様子を見ていると、なんとなく胸の奥が疼いた。

私の足はおもむろに倉庫に向かっていた。別に何があるというわけではない。強いていえば、今日のお月見に使用するお団子とか、他の食材とか。
どんなものなのだろう、お月見のお団子というのは。満月に準えて白くて真ん丸な形にしているらしい。常識としては知っているが、そういったイベントとは縁遠い家だったので、実物を見たことがない。
これは単なる興味・関心からくる好奇心というやつだ。倉庫の前に立ちながら謎の言い訳をし、周囲に人がいないことを確認して自動ドアを開けようと手を伸ばす。

「つまみ食いはいけないよ、マスター。」

「…!!」

背後から突然挙がった声に両肩を思い切り跳ね上げてしまった。急いで振り返ると、そこには何もない空間から音もなく現れたセイバーが笑みを浮かべて立っていた。

「セ、イバー…!私、そんなつもりじゃ!」

「あれ、違うんだね。じゃあなんでここに来たんだい?」

さも意外だみたいな口調で答えているが、実際のところからかっているだけだろう。彼の口元に浮かぶ笑みが何よりもの証拠だ。

「…様子を見にきただけ。」

「お団子の?」

「そうです!」

どこから盗み聞いていたのか知らないが、少なくともドクターとの会話をしっかり聞かれていたことは確かだろう。
こちらを見下ろす瞳はとても澄んでいた。そんな綺麗な目に、自分でも不明瞭な感情を見透かされそうで背を向けた。
そこまでお見通しだったのか、小さく笑う声がした。さすがに子ども過ぎたかもしれない。改めて自分の行動を振り返ると恥ずかしくなってきた。
そんなセイバーからそそくさと逃げるように自動ドアに手をかざして開く。

「こんなところまで着いてこなくていいから。」

そもそもここはカルデアの中。敵性生物もいないのだ。通常の聖杯戦争ならいざ知らず、この状況で四六時中マスターとサーヴァントがくっついている必要はない。セイバーは自由に自分の時間を過ごしていればいいのに――

そんなことを考えながら倉庫に足を踏み入れると、妙な胸騒ぎが起きる。空間が歪む。
何らかの魔術的作用が働いている…!

「マスター!」

同じく異常を感じたセイバーが声を張り上げる。伸ばされた彼の手。

「セイバー…!」

どこかへ連れ込もうとする強い力を感じる。空間ごと引っ張る気だ。
指先で触れた彼の手の感触を無我夢中で手繰り寄せ、握りしめた。
強大な魔力の渦に呑まれ、やがて視界も崩れていく。
これは…レイシフト…?特異点に向かう際に感じるものと似たような感覚を覚える。しかしカルデア側からレイシフトを起動するためには専用の装置と操作が必要だ。もちろん、ただの倉庫にそんな機能はない。では、これは……

次に目に飛び込んできたのは、最早馴染みのある風景となったオルレアンの空だった。

「……なんで…?」

仰向けに寝転がっていた体を起こし、あたりを見渡す。すぐそばにはそれなりの量の食料や…お団子。本当に空間ごとレイシフトさせられてきたみたいだ。
新手の敵襲なのだろうか。兵糧攻めというワードが浮かんできたが、それにしてはやり方が派手である。こんな規模の魔術を発動すれば、カルデアに感知されるのも時間の問題だろう。逆探知をかけられればどこに移動したかも割れる。

「ああ、マスター。目が覚めたんだね。」

どうやら私だけでなく、魔術が発動する直前に倉庫に踏み込んだセイバーも巻き込まれたようだ。これはいったいどういうことだと怪訝な顔を向けると、流石の彼も困ったように微笑んだ。

レイシフトの真似事ができるほどの神霊サーヴァントとお団子を巡る奇々怪々なお月見は既に始まっていることを、私達は知る由もなかった。
2019 06 30
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