その日はマシュの慌てた声で1日が始まった。
「ななしさん、大変です…!
先輩が…先輩が…
――消えてしまいました!!」
大会議室をサーヴァントたちとクリスマス色に飾っていた私は、思わずその手にあった鈴を落としてしまった。
静まり返った部屋に、ガシャンと床に打ち付けられる音だけが響いた。
時は12月25日。
クリスマス当日である。
かの聖職者の聖誕祭。
これまでそういったお祭りごとに乗り気なカルデアはもちろん、このビッグイベントにもノリノリで準備を進めていた。
赤と緑のリボン、大きな鈴、クリスマスツリーなどなど…一体どこにあったんだと思わずにはいられない。
他にもターキーやケーキなど、クリスマスには欠かせない食べ物も用意されている。
…そういえば、御仁の聖誕祭ということで人一倍気合を入れていたライダー・マルタや輪飾りなど細かな装飾を楽しそうに作っていたキャスター・ナーサリー、アサシン・ジャックなどの姿が今日は見当たらない。
他にも姿を見ていないサーヴァントが何人かいる。
また勝手にレイシフトをしているのか、はたまたシュミレーションルームで何かやらかしているのか。恐らくその2択であろう。
これは密室で行われた事件です!と興奮気味に話すマシュに、とりあえず落ち着いてドクターに連絡するよう助言する。
部屋から熱源が出ていった記録は残されていないとマシュは言っていた。
ならば、擬似的なレイシフトに半強制的に巻き込まれたのではないか。
適当にあたりをつけてダヴィンチちゃんの所へ向かった。
「……で、どうして貴方までいるの、セイバー」
「一人でレイシフトなんて、危険だろう」
確かにそうなんだけど…と心の中で呟く。
轟々と雪嵐が吹き荒ぶ中、ダヴィンチちゃん特製の雪山対応スノーモービルを走らせる。
運転はこればかりは譲れないと、セイバーが。騎乗スキルがここにきて輝いている。それにどこかご満悦な様子を隠しきれていない。
後部座席でわたしはどういう体勢をとってよいのやら、なんだかソワソワしてしまう。落ち着かないまま、目の前の彼の肩に手を乗せた。
突然ガクンとモービルが揺れる。
「ひゃっ!」
一瞬宙に浮いた機体に、私の体の重心が大きくブレる。
慌てて彼の肩に力を込めた。
直ぐにスノーモービルは体勢を整えて、また何事もなかったかのように走り出す。
一連の私の様子にセイバーが笑っていることが、肩の震えから伝わってきた。
ついでに風向きが前からなので、声もそれなりに聞こえてくるのだ。
「ちょっとセイバー…!」
「ハハ!ごめんよ、マスター…ふは」
「誠意を感じられない!」
謝りながらもなお噴き出して笑うセイバーの肩をその手で軽く叩いてやる。
態とやったのか…!
見えないことをいい事に、思いっきりその後ろ姿を睨む。
「ほら」
「…え?」
突然彼の手に私の手が引かれる。
それによって私の体も前に―セイバーの背中に密着するように寄りかからされる。
体に直接感じるセイバーの体温に、思考が緊急停止する。
完全に固まってしまった私のことなんて気付いていないのか、セイバーはいつも通りの調子で「さっきみたいな事があったら危ないだろう?」なんて言ってくる。
セイバーの背中ってこんなガッシリしてたっけ、とか
エーテル体でもこんなに暖かくなれるのか、とか
刺すように冷たい風が全然当たらなくなった、とか
そんなどうでもいいことばかり思ってしまって、どうにもならない。
自然とセイバーのお腹に回された自分の腕とか、抱きしめてるみたいな今の状態とか、そんなことはできるだけ認識したくない。
まるで熱に浮かされたようにグルグル空振りする思考に、強く目を瞑る。
耳の奥で鼓動が響いている。
それがどんどん速くなるにつれ、自分の頬も熱を持ち始めて――
いや、いや!
これは違う!これは、私がこんなに異性に密着することがなかったから、ちょっとビックリしているだけ!
誰に向けてか分からない言い訳を心の中で吐く。
暗闇の中で、ひたすらにあらぬ予感を否定し続けた。
「……スター、マスター!」
「ふぁっ…は、はい!なに!?」
「そんなにしがみつかなくても大丈夫だよ。大事なマスターを振り落としはしないさ」
その言葉に、また短く叫び声をあげて腕の力を抜いた。
私の奇天烈すぎる様子にセイバーはまた笑った。
……なんだかとても振り回されている気がする。
悔しいのやらなんやらで悶々としてしまう。
お返しに、最初の頃よりかは慣れた背中を頭突きしてやった。
「あいたっ!?」と驚くセイバーの声にしてやったりと密かに微笑む。
幾分か胸の内がスッキリした。
もう振り回されないという意志を込めて、少々恥ずかしいが彼のお腹にしっかり腕を回す。
それに目を細めて優しく笑うセイバーの微かな吐息は、耳元をとてつもない速さで過ぎていく強風にかき消され、ななしに届くことはなかった。