僕ら歩けば運命に出会う


好きな気持ちを止めたい。“やーめた”って言ったら、なくなればいいのに。

こんなこと考えているうちは、気持ちを振り払おうとする努力なんて全く意味がない。

笑顔で手を振りながら『おはよう』というハスキー声が木霊する。夢の中でなら鮮明に幸せな記憶も思い出せる。目覚めたら、絶望しかないのに。

「スングァニヒョン、またミンギュヒョンたちとキャンプしてる」
「……で?」
「ヌナ知らないかなって思って」
「知らないままで大丈夫です」
「はぁ、ほんと素直じゃないんだから」

呆れながら言ってくる大学の後輩のディノ。アイスアメリカーノにガムシロ2個も入れていたくせに、今じゃブラックを普通に飲んでいる。

「今度旅行行くんだって」
「……誰が?」
「スングァニ。日本に旅行行くんだって」
「……で?」

高校からの友達であるバーノン。ことある事に彼の名前を出す。何もかもを見てきたはずなのに、わたしが彼を忘れることに必死になっていることだってわかっているくせに。

「お土産、何がいい?」
「は?」
「名前の分。お土産頼んでおくよ」
「絶対やめて」


***

何がきっかけがこうなったんだろう。思い出せないくらい些細なことで喧嘩をして、引っ込みが付かなくなった。だんだん、連絡しなくなって、会わなくなった。いわば自然消滅。友達が多い彼だから、当てつけのようにSNSに上がってくる飲み会の写真や動画。見るたびもっともっと、心が狭く、締め付けらる。

素直じゃないことは自覚している。喧嘩するたび、いつも彼が折れてくれていた。彼だって折れるのが得意じゃないのに。服の裾を摘んで、ちょっと唇を尖らせてわたしの名前を呼んで、まんまるな瞳はまだ少し拗ねている。

『名前、仲直りしよう』
「…スングァニがごめんって言って」

全部色褪せずに思い出せるのに。

“しょうがないなぁ”って呆れながら、笑ってくれる彼が好きだった。
こんなことばかり繰り返してるから、愛想を尽かされた。

そんなこと、わかってる。


**


春の風がだんだん暑さを蝕んでくる。そろそろ衣替えをしようと、クローゼットを開ける。

ハンガーラックに並ぶジャケット。何度も捨てようとしたけど、捨てられなかった彼のジャケット。袖をそっち持ち上げてみれば、随分経ったのにまだ彼の匂いがした。

“ごめん” って、たったそれだけ。わたしから言えばよかった。

思い出すたびにヒリヒリする。こんな後悔をずっとしている。ジャケットに薄く降り積もる埃。ずっとしずかに降り積もっている埃と同じように、わたいの心に積もっていく。

“もう忘れたよ” と口では言っているけど、周りにはバレバレな嘘だった。心に言い聞かせればいつか、時間が解決してくれると、信じていた。でもどうやらそれは、まやかしに過ぎなかった。
足枷みたいにわたしの歩みを遅くする。振り返る時間が増えていく。夢でもいいから見せてほしいと縋るわたしを、誰にも見られたくない。

何を信じたら楽になれるだろう。今日だって、ふざけて撮った彼の証明写真が出てきた。楽しそうに毎日を過ごしている彼はきっと、わたしのことを思い出す瞬間なんて1秒もないだろうに。わたしはここから1歩も動けずにいる。静かに降り積もる埃を払っても、わたしが動かない限りまた積もっていくだけだ。


***


その日は、特に散々な仕事の忙しさだった。先輩に「ほどほどにしときなよ」と言ってくれたけど、言われなくてもわかってる。と思ってしまうほど、余裕がない日々が続いていた。だから、帰り道に突然現れた彼の姿をみて、ついに幻覚まで見始めたのだと思った。

柱にもたれかかっている、スーツ姿の彼。紙袋をぶら下げてスマホに目を落としている。心臓が痛いくらいに鳴り出した。足が竦んでうまく動けない。

なぜ、ここにいるの。

立ち尽くしていると、ゆっくりと彼の目線がスマホから離れた。スローモーションみたいな感覚だった。泣きぼくろが印象的な、ぱっちり二重のまん丸な瞳で、こちらを見た。


あどうしよう、泣きそうだ。


『…よ、』


気まずそうに笑って、紙袋を持っていない手を緩く挙げた。びっくりしすぎて何も言葉が出てこない。なにか、言わなきゃいけないのにどうしても喉の奥で声が突っかかる。今、言葉を発したら絶対泣いてしまうと思った。

『これ、届けに、きた』

持ってた紙袋を渡してきた。おそらく日本の言葉で書かれているであろうそれを眺めて、そしてゆっくりスングァンに目線を戻した。

『どうしても、日本のお土産を欲しがってるって、聞いたから』
「……誰に?」
『ハンソルから、そう聞いたけど……』

いらない、と伝えたはず。なのにハンソルは逆のことを、彼に伝えたんだろう。ぽかんとするわたしを見て、彼ははめられたと気づいたのか、露骨に顔を顰めた。

あぁ、そうだよね。わたしになんか、会いたくなかったよね。彼にとって、嫌な思い出ばっかりだよね。
彼が好きでいてくれることに安心して、胡座かいてふんぞり返ってたわたしは、彼にとって消したい過去に違いないのに、それなのに。わざわざお土産を渡しにきてくれるなんて、どこまでお人好しで優しいんだろう。悲しくて、苦しくて、どうにかなりそう。

「ごめん」
『え?』
「ぜんぶ、いろいろ、ほんとにごめん。会いたくなかっただろうに、わざわざお土産まで…ありがとう」

会えたら、伝えたかった言葉。ずっと、ずっと謝りたかった。

わたしから謝れなかったことも、ずっと気遣ってもらってばかりだったことも、もう何もかも全てに。
せめて彼に残る最後の記憶くらい、笑っているわたしで終わりたかった。


「お土産、ありがとう!じゃあ…行くね」


勢いよく俯いて歩き出そうとした時、ぐっと腕を掴まれた。後ろに引っ張られる力が大きくて、強制的に彼の方を向かされた。

至近距離に彼がいる。使ってる香水、変わってないんだ


『会いたくない、なんて誰が言った?』
「……っ」

不機嫌そうな表情とは裏腹に、掴まれている手はすごく優しかった。それが離されると、わたしの袖を掴む。それは、わたしたちの仲直りの合図だった。弾かれるようにスングァンを見る。

『名前、仲直りしよう』
「……え」
『ごめん、だけ言って離れていかないでよ…ずっと、ずっと会いたかった…そんな泣きそうな顔して離れていくくらいなら、手の届くところにいてよ…』
「わ、わたし…スングァナ…」
『あぁ、もう、ほら、結局泣く…』

あの時と同じ、呆れ半分愛しさ半分の笑顔。そっと頬に触れて涙を拭ってくれる。その優しい手つきに余計に涙が溢れてくる。

「意地、張ってばかりで、ごめん…」
『ううん、僕もごめん。会いにくるのにこんなに時間かかって…』
「ずっと、会いたかった…」
「うん、僕も、会いたかったよ。また、一緒にいてくれる?」
「…ずっと、一緒に、いたい…!」
『……よかった』


***

「ほんっと、このお騒がせカップルが!」
「チャニは別に何もしていないじゃん」
「しましたよ!!」
「実際はぜんぶ俺のおかげだろ」
『その節はほんとに…』
「ハンソルありがとう」


@yk71_ky icca. - 僕ら歩けば運命に出会う


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