見初めるぼく
『スングァナってさ、可愛いよね』
暑すぎるからと急遽入ったカフェでアイスコーヒーを飲みながら、わたしは向かい合わせに座るスングァンに向かってそう言った。彼はわたしの発言に眉を寄せて、訝しげにこちらを見つめた。
「僕、可愛いよりカッコイイって言われたいんだけど」
『うん、そういう所が可愛い』
確かに男性はカッコイイって言われたいんだろうけど、彼はどちらかと言うと可愛い部類に入ると思う。丸顔で目はパッチリとしていて、頬もぷっくりしていて唇もぷるぷる。おまけに表情豊かで、直ぐにこうやって拗ねるところだとか、一人称が"僕"なところとか、全てが可愛いのだ。
彼は氷が入ったままのグラスをストローでグルグルと掻き回す。その度にカラカラ、と涼やかな音が鳴って、私はふと風鈴みたいだと思った。わたしはそれを聞きながら、ただ彼の事を見つめた。
「……何考えてんの」
『……スングァナ可愛いね?』
「そうじゃなくてさ」と、彼は不満そうに口を窄めながら、アイスコーヒーを一口飲む。そんなに怒っている風ではないけど、拗ねているということは理解できる。
「やっぱり早いうちに"おれ"にするべきだったか……」
『……何の話?』
「何でもない」
スングァンは誤魔化すように、ミルクが並々と入ったアイスコーヒーを口に含んだ。ゴクン、と喉が動くのを見つめながら、わたしはふとある事を思い出した。
『そう言えばこの前、急に自分のこと"おれ"って言い出してたよね』
わたしがそう言うと、彼はゴホッゴホッと噎せ出した。胸元をどんどんと叩いて、目を潤ませながら苦しそうに息を漏らしている。わたしは急いで立ち上がり、テーブルに置かれていたお手拭きを彼に渡してから背中を摩ってあげた。 暫くして落ち着いた彼は、こちらを見上げながら「ありがとう」と弱々しく呟いた。
『それにしても、なんで急に"おれ"なんて言おうと思ったの?』と問うと、スングァンは目を泳がせながらゴニョゴニョと口籠る。辛抱強く答えるのを待っていると、やがて観念したようにため息をついてから口を開いた。
「……えっ、と」
『うん』
「……好きな人に、少しでもカッコイイって、思われたくて。振り向いて貰いたくて」
彼は恥ずかしそうに俯いて、小さく頷いた。その頬はほんのりと赤く染まっている。そんなスングァンの話を聞いた途端に何だか心臓を鷲掴みされたような気分になった。
『そっか〜。スングァナ、好きな人出来たんだね〜』
上手く笑えているだろうか。喉が締まって、苦しい。そっか〜、とまた返して、わたしは目を伏せる。それ以上は何も言えなかった。彼はその人の事が好きなのだ。その人にカッコイイと思われたくて一人称を"おれ"に変える程に。その事実がわたしの心に重くのしかかって、何も言えなかった。
「なんで落ち込んでるの?」
『え、あ、いや、その』
「……ダメだ、勘違いしそう」
『へ……』
彼は顔を真っ赤に染めたまま、前髪をクルクルと弄り出す。長い睫毛を忙しなく上下させながら、彼の目線は私を通り抜けてどこか遠くを見つめていた。
「自分のこと"おれ"って言ったの、苗字にだけなんだけど」
『えっ!?』
わたしはそこでやっと理解した。そうか、そういうことだったのか。つまり彼は、わたしにアピールしてたんだ。言葉足らず過ぎるけど、要するにそういうことだろう。勘違いしそうになる、と彼は言った。それはこっちの台詞だ。わたしはもう一度、手に持ったアイスコーヒーをゆっくりと飲み始める。氷がカラン、と心地の良い音を立てた。
『あのね、スングァナ』
わたしはゴクン、と残りを飲み干してから彼に言葉を放った。
『好き、です。でもわたし、"僕"派です!』
「その一言いる!?」
スングァンは眉を寄せて、けれど可笑しそうにケラケラと笑う。わたしも一緒になって、くつくつと笑った。
「……ん、僕も、好き」
一頻り笑い合い、暫くしてからポツリと零すようにスングァンがそう言った。そしてわたしの手からグラスを取り上げると、テーブルの隅に置いた。空いた手は繋がれて、指を絡められる。触れている部分がじんわりと熱を持ち、互いの体温で溶け合って、まるでひとつになったみたいだった。
@men_ma77 icca. - 落ちると満ちる