sunset

彼との会話はいつもほんの少しだけ。

部活中の挨拶、少しの相槌、まともに会話したことがない。
避けられてるわけでも避けてる訳でもない。
ただ、言葉数が少ない彼とこれだけでも会話出来ていること自体奇跡なのだ。

「苗字」
『ひゃっ、ひゃいっ』
だからこういきなり話しかけられるとかなり驚いてしまうし、今みたいに噛んだりする。

「悪い…その、タオルを」
『へ、あ!ごめんね!はい!』
私が返事をすると彼はいつも困ったような顔をする。
それが何故だかはわからない。
嫌われているかもしれないし、ただ単に私を苦手だと思っているのかもしれない。
その真偽は定かでは無いが確かに言えるのは彼と私は仲が良くならないという事だ。

約2年も一緒にいたのになんでこんなに距離が縮まらないのだろうか。
恋人なんて厚かましいことは言わない。
友達として1歩でも近づけたら、と思うのもワガママなのだろうか。

思わず涙が出そうになり下を向く。
そのタイミングで頭に重さを感じ顔を上げると私が羨ましくてたまらない立ち位置の同級生。

「まーた泣きそうになってんのかよ。さっさと告っちまえって言ってんのに。」
ヘラッと笑う手嶋に腹が立ち横っ腹を軽く殴る。

『告ったら今より話せなくなるでしょうが。自転車以外は馬鹿なの?』
「あーはいはい。俺はどうせバカですよー」
そう笑って私の頭を2度叩いて去っていく手嶋。
彼なりの励ましだってことは分かっている。
でもその大きな一歩まであと何百歩、何千歩、何万歩あると思っているんだ。

少し乱された髪を直して彼の姿を探すと彼もまたこちらを見ていて目が合う。

『えっ』
思わず声を上げた私に彼は驚いたように目線をそらし練習に戻っていった。

なんで?なんで、私を見ていたの?
いや、自意識過剰か。
彼は手嶋を見ていただけ。
そう、手嶋とあまり仲良くするなってことだろう。
あーこれじゃまるで嫌われているみたいだ。
これで手嶋は告れなんて言うんだから本当に酷いやつだ。
そう思い後でもう1発殴っとこう、と心に決める。



お疲れーという声と共に解散する面々。

『手嶋』
「純太」
先程の怒りをぶつけようと手嶋に駆け寄ると同じタイミングで彼もまた手嶋に近づいていた。
声を出したタイミングも同じで私は彼を見てまた彼も私を見た。

『あ、青八木くんどうぞ。私そんなに大した用じゃないから…』
そう言って踵を返そうとすると腕を掴まれる。
え、青八木くんに触れられたと思って振り返るとそこには手嶋。
いや今はお前じゃない。と睨みつける。

またヘラッと笑った彼はいたずらっ子のような顔になる。

「青八木!ちょっと頼まれ事してくんね?こいつと」
『は?!ちょっ何言って』

すぐそばに居た彼はまた私を割と鋭い目付きで睨んでいた。
やっぱり私邪魔なんじゃん。
空気読めないのか読まないのか分からない手嶋は私たち2人を部室に残して消えた。
1年生に渡すようの冊子だとか言っていたがこれはこの前寒咲さんと済ませたはずだ。

静まり返る部室に耐えられずなんの意味もない冊子を仕上げていく。

30分くらい経過しただろうか、外で騒がしかった部活動の声が段々と小さくなっていく。

「すまない」
静かな空間で先に口を開いたのは彼の方だった。

『えっと…』
「純太との時間を邪魔した…」
急に謝られて戸惑っていると的外れもいいところ、彼は眉を下げて困ったような顔をしながらそう言った。

『手嶋との時間?』
私がそう言うと彼は首を傾げる。

「純太のこと好きなんだろう…」
そう静かに呟く彼に思わずガタンと音を立てて立ち上がる。

『手嶋のこと?!なんで、』
「見てればわかる。純太もきっと同じ、だから。」
大丈夫、なんて続ける彼にあぁ望みなんて最初からなかったんだ、と笑ってしまう。

『バカみたい。』
「あ…えっと」
苦しくなってやっと絞り出した言葉はそんなものだった。
こんなんだから好きな人に好かれない、そんなの当たり前だよ。

自分が情けなくなり視界がボケやける。

『手嶋も、青八木くんも適当なこと言っちゃってさ…私がどんな気持ちかも知らないで…』
自分でもわかる。
今すっごいブサイクだ。
涙を堪えながら頑張って話している。
結局届かないのなら、玉砕覚悟で言ってしまえ。
そしたらもう吹っ切って応援だけに専念する。
彼らを支えるだけの存在で、それだけでいいんだ。

『私はっ…私が好きなのはっ…』
そこまで言って彼と目が合う。
彼はまた困った顔をしていた。
玉砕覚悟だったのに、彼の顔を見てしまうと言えなくなってしまう。

ここまで言ったんだから褒めてくれ、と手嶋に念を送って部室のドアに手をかける。
この空間から逃げてしまいたい、それは青八木くんによって阻まれてしまう。

「そんな顔、しないでくれ」
ドアにかけた手は青八木くんに掴まれていてすぐ後ろで声がする。
彼の手も、彼の声も震えている。
逃げようとした私に怒っているのだろうか、そんな考えは振り向いた時には消え去っていた。

『青八木、くん…』
「俺は…苗字が笑顔でいてくれたらって…」
重なった手が熱くてそこにばかり意識がいってしまう。

「そんな顔されたら…期待する…」
『へ、』
青八木くんは顔を逸らして聞こえないような声でそう呟く。
でも私にはちゃんと聞こえていた。

『期待って…』
彼の髪の隙間から見える耳は赤く染っていて、これじゃまるで…

まるで…

『青八木くん、あの』
私の事好きなの?なんて都合のいい妄想が口から出る前に彼はこちらを向く。
至近距離で目があって思わず息を飲む。

「好きだ」
これが夢なら覚めないで、なんて思いも彼の手の熱で現実だと思い知らされる。

「苗字のこと、ずっと前から。出会った頃から、好きだ。」
真っ直ぐ私を見つめる彼にまた視界がぼやけてしまう。

ああ、こんなに素敵な彼を見逃したくない、止まってくれ、そう思っても目の前を遮る水は止まらなくて、空いている手で目元を拭う。

『私も…青八木くんの事が好き。ずっと、前から。最初から好き。』

私がそう言うと彼はまた困ったように笑って私の涙を拭う。

「もう泣かせないから。」
そう笑う彼はいつもよりも一段と綺麗で、かっこよくて私はまたこれが夢なんじゃないかとそう思ってしまった。




夕陽が美しいある日のこと。


(手嶋さーん!何やっとるんですか?)
(シッ!今いい所だから!)
(そろそろ着替えて帰りたいんですけど…)
(邪魔するなお前ら!)
(てか青八木さんは?)
(だから静かにしろっ、うぉっ)

(純太…)
(げっ、バレた…)
(手嶋サイテー!)
(お前ら俺が協力してたこと忘れなんよ!)