after school

静かな教室。
聞こえるのはホチキスと紙を擦り合わせる音。
遠くの方で部活動の声も聞こえてくるが正直そんなのは耳に入ってこない。

遡ること三十分前。
今日提出予定だった担任の教科のノートをみんなから回収して職員室に向かう途中。
重いな、なんて悪態つきながら運んでいると不意に軽くなる。
私の腕に収まっていたノートが半分以上誰かに取られたようで思わずその主を見る。

「俺も運ぶ」

口数の少ない彼の久しぶりの声に、ありがとうと掠れた声しか出なかった。
彼を好きになったのもこういう優しいところだった。

彼の隣は歩けない。
彼の斜め後ろを歩く。

開いた窓から吹く風に揺れる彼の綺麗な髪に見惚れているうちに職員室に着いたようでさっさと提出して彼を部活に行かせてあげないと、なんて思ってもないことを気にしてるようにする。

「あ、ちょっと待って!これ明日みんなに渡す予定なんだけどこれから職員会議でさ。やっといてくんない?」
そう渡されたのは結構な枚数のプリント。
私はあって無いような文芸部なので快諾してそれを受け取る。
とまた彼は私から半分以上取って先を歩いていく。

教室に戻った頃には誰もおらず、二人きりの空間に擽ったくなってお礼を言って彼からプリントを奪う。

『青八木くん部活行って大丈夫だよ。私部活なんて無いようなもんだから。』
そう言うと彼はフルフルと首を横に振った。

「純太には遅れるって連絡してある。」
そう言ってプリントを置いた私の席の前の席へ座る。

そして冒頭に戻る訳だが…

付いてしまいそうな膝が恥ずかしくて足が落ち着かない。
横の席に座ればいいのに、なんで目の前に座るんだろう。
そう思って彼を見ると彼もまた私を見ていて目が合う。

ほんの数秒。
時が止まった気がした。
息を吸うのも忘れて彼と見つめ合う。

あぁ、このまま彼を独り占め出来たら、なんて。

『好き』

そう思った時には口から言葉が出ていて彼の驚いた表情が目に入る。

『あっ、えっと…』

誤魔化そうにも言葉が出てこない。

『私ちょっと部室行ってくるから、青八木くん部活行っていいよ、あとは一人でやるから』
そう言って教室を出ようとすると腕を掴まれる。

「さっきの」
腕を掴んだまま彼は続ける。
私は彼の方を向けなくて掴まれた腕をどうにか離せないかと必死に考える。

『お願い、忘れて』
私がそう言うと彼の腕を掴む力が少し強くなる。

「無理だ」
『お願いだから忘れて』
拒否する彼に泣きそうになりながらもそう言うと彼はさらに腕を引く。
反動で彼の方を向かされてしまい泣きそうな顔を見られてしまう。

『ごめ、言うつもりじゃなかったの』
「何で、謝る」
彼の目は綺麗だ。綺麗だけど何もかも見透かされているようで今は少し見たくない。
少し目線を下げて彼の足元を見つめる。
身長だってそんなに変わらないのに足大きいな、なんて現実逃避をする。

「俺は…嬉しい」
彼の言葉に顔を上げると彼は笑っていてそれだけで留まっていた雫が落ちる。

「俺も苗字さんのこと好きだ」
彼はそう言うと私の腕を離す。
少しだけ強く掴まれた腕がこれは現実だと示してくれている。

これは現実、そう心の中で唱えるより早く彼の肩が顔にあたる。

『青八木くん、』
抱きしめられているのだとそう気づいた時には私も彼の背中に腕を回していて世界一幸せな時間を噛み締める。

これがもし夢で覚めてしまっても、後悔のないように。

彼とゼロ距離になり聞こえる彼の鼓動の音。
私と同じくらい速くて頬が緩む。

この幸せが夢じゃないように、そう思って腕の力を強めると彼もまた強くして幸せだと言うように息が漏れる。

あの担任、時には役に立つじゃない、なんて頼み事を押し付けてばかりの担任に少し感謝をした。




君と教室で


(青八木ー?)
(じゅ、純太…)
(どうした顔真っ赤だけど…あれ苗字さん?)
(手嶋くん、青八木くん連れてって大丈夫だよ。)
(悪いな。青八木からよく話聞いてるぜ。)
(えっ?)
(純太!)