first kiss

私がマネージャーをつとめる部には不思議ちゃんと呼ばれる自由人がいる。
彼はかなりの頻度で遅刻していて単位も危ういんじゃないか、なんて頭を抱える。

もちろん今日もそう。
何回注意すれば気が済むんだろう。

『真波くん。』
自転車に跨ったままこちらを振り向く彼はまるで広告のようで一瞬流されてしまいそうになる。

「わー怖い顔ー」
私の顔を見てヘラヘラと笑う彼に一発手刀を入れる。

『あのねぇ、何回言ったらいいの!何回遅刻するの!荒北さんまた怒ってたよ』
はぁとため息をつくが内心クラスが違う彼と話せるタイミングがあるなんて、と浮かれる心を鎮める。

「だって苗字さんとお話出来るから」
そう爽やかに笑う彼は策士だろう。
こちらの気も知らずに随分とふざけたことを言う。

『はいはい。嬉しいです。冗談はそこまでにして、もう東堂さん達も出ちゃったし早く行って。』
熱くなる頬を見られまいと彼に背を向けて投げ捨てられたタオルを拾う。

「冗談じゃないのになぁ」
その言葉が風に乗って耳に届く。
振り向くと彼はもう居なくてどうやら彼に振り回されまくっているらしい。
後でもう1発食らわしてやろう、そう心に決めてマネージャー業務をこなした。

朝部活終わりに心に決めた通りもう1発軽く手刀を決めて授業へ向かった私は、なんて可愛くないんだろうと悶々としたまま昼休みを迎えていた。

友達と机を合わせてお弁当を広げたタイミングで友達の視線が私の後ろに集まり振り向こうとした瞬間に後ろから重圧がかかる。

『ちょ、だれ』
「わー美味しそー」
後ろからハグするような状態で私のお弁当を覗く人が声だけですぐ分かり顔が熱くなる。

『ちょ、真波くん何してんの』
目の前に座る友達は私の顔を見てニヤニヤしてる。
あーもう最悪、好きな人なんて居ないって散々言ってたのにバレたわコレ。

「お弁当忘れちゃって、名前ちゃんならくれるかなぁって」
私の右肩から私の顔を覗く彼は心底意地が悪い。
こんな至近距離で顔を近づけられて、しかも好きな人になんて。

『もう全部あげるから自分の教室戻って!』
そう言って広げたお弁当を無造作に仕舞う。

「わーい!じゃあまた後でね」
彼は私の後ろから離れずにそれを受け取りそう言い残すと共に本当にハグして自分のクラスへ戻って行った。
あぁ、やっと一難去ったと思ったら次は目の前の友達が目を輝かすので面倒なことになったと落胆した。


結局その日の昼は帰り道につまむ予定だった新作のパンを食べて友達からの質問攻めをどうにか凌ぎ放課後を迎えた。

部室に行くと珍しく真波くんの姿が目に入る。
褒めてあげようと思ったけどそれよりも昼間のことを思い出して声をかけるのを躊躇う。

どうしようかと悩んでいると先に彼が気が付き私に近づいてくる。

「名前ちゃんお弁当美味しかったよ。ありがとう」
そう言って彼は部室を出ていく。
と同時に視線が集まっていることに気がつき周りを見るとまぁ三年生の痛い視線。

「どういうことだ!真波と付き合ってるのか!」
一番に騒ぎだしたのは東堂先輩。
周りはあちゃーなんて顔をして東堂先輩の腕を引く。

「部活内恋愛禁止なんて規約ねーだろ。」
「若い者同士良いじゃないか。」
私に噛み付くように騒ぐ東堂先輩を荒北先輩と新開先輩が連れ去っていく。

「俺は認めんぞ!名前は俺のファンなのだからな!」
引きずられながらも元気な東堂先輩に苦笑いをして朝と同じようにサポート業務をこなす。

バタバタと動いているうちに外は真っ暗でチラホラと先に帰る部員も出てきた。
今日はテスト前ということもありそんなに本格的な練習はなく自分で決めたノルマを達成したらみんな帰宅していた。
マネージャーの私にはそんなことは関係なく追加される洗い物やボトルを片付ける。

帰る最後の最後までうるさかった東堂先輩を明日からどうあしらうかなんて考え事に耽ける。

活動報告の日誌を書き終えたところで静まり返った部室に気づき自分も帰り支度を始める。

と同時にガラガラっと部室の扉が開く。
顧問かなと振り向くとそこには今一番、割と会いたくない人がいて目をそらす。

「わー名前ちゃん待っててくれたの?」
彼は嬉しそうに私の方へと足を向ける。

『もう帰るの。真波くんのタオルとか洗って干すから貸しっ』
て、と最後まで言えなかったのは思ったより彼が近かったから。
顔を上げると昼よりは遠いが確実にパーソナルスペースぶっ壊れてるだろって距離に顔があって思わず後ずさりする。

「はい、あ、あと」
私にタオルを手渡した後思い出したようにサイジャを脱ぎ始める真波くん。
いやいやちょっと待て。

『ちょっ、ちょちょ、まって』
途中までジッパーを下げたところで彼は首を傾げる。

「なんで?」
あたかも当然のように脱ごうとする姿に、私が意識しすぎなのか、と誤った判断を下しそうになった。

『外、いるから!着替え終わったら渡して!』
私がそう言って外に足を向けようとするも彼は退く気が無いらしく私の前から動こうとしない。

『真波く』
「ん?」
退いて、と肩を押そうにも彼の方が力が強く顔の近さも相まってまた後ずさりしてしまう。

『ね、真波くん近い、』
顔を背けながら後退する。
がコツンと上履きがロッカーに当たり逃げ場がないことを思い知らされる。

『真波くん、』
私が顔を上げると同時に彼は私の顔の横に手をつく。
あぁ、これが噂の壁ドンかなんて呑気なことを考えている余裕なんてなくてあまりにも近い距離で私を見下ろす真波くんに退いてと抗議するのが精一杯だった。

「名前ちゃん、それ逆効果だよ」
真波くんはそう笑いながら空いた手で私の顎をつかむので思わず顔を背けようとする。
がその願いも虚しく真波くんの顔の方へと向けられる。

『真波くん、何が、したいの』
私が声を振り絞って聞けば彼は無言のままで、二人きりの部室に私の心臓の音が響いてないかなんて考えてしまう。

何秒経ったのだろう、息もまともにできない状態で私からしたら何時間も経過しているように思えた。

もう無理、と彼の目を見ると彼はそのまま顔を近づけて、ちゅ、と触れるだけのキスをした。
いきなりで開いたままの目が離れていく真波くんの目と合う。
彼はまた意地悪な顔をして笑う。

「ちょっとは意識してくれた?」
そう言って私から離れて行く彼に思わず受け取ったタオルを投げ付ける。

意識なんてとっくの昔にしている。

『真波くんのバカ!』
「でも嫌じゃなかった、でしょ?」
投げつけられたタオルを拾いながらそう笑う彼。
彼ばっかりが余裕で腹が立つ。

『嫌に決まって、』
「そんな顔で言われても説得力ないよ」
まるで子供をあやす様に私の頭を撫でる彼。

あぁ、ムカつく。
一応ファーストキスだったのに、なんて好きな人とキスできただけ良いだろうと怒られそうだ。



「あ、そうだ。」
大人しく私の背後で着替え始めた彼が声を上げたので何かと思い振り向くとまた至近距離にいてまた私は固まる。



今日から君は僕のだからね。


そう言って彼はまた私にキスをした。
(ちょっ、)
(ダメだった?)
(ダメだって、)
(好きだよ名前ちゃん)
(...私も好き)
(明日は朝からデートしようね)
(いや、明日も学校あるから!)