sketchbook

彼女はいつも部室の近くに座っていた。
声をかけるでもなく、こちらを見るわけでもなく。
ただ座って何かを描いていて時折田所さんに声をかけられて笑っていた。
1年生の頃からずっとだ。

彼女が同い年だと知ったのはつい最近。
2年に上がってクラスが同じになってからだ。
クラスで特に話すわけでもなく、俺はいつものメンバーと喋り彼女もまた仲のいい女子たちと話していた。

だから何も変わらず今日も終わる、と思っていたら普段あまり人とは話さないはずの青八木が彼女に声をかけていた。
驚いた俺は二度見、もちろん鳴子も驚いていた。

ほんの数分会話して戻ってきた青八木はいつもと変わらない様子だった。

その後また田所さんに話しかけられていつも開いているスケッチブックを見せていた。

体の大きい田所さんの横に並ぶ彼女はとても小さく見える。
笑いあっている最中に彼女の目線がこちらに向く。
ほんの一瞬目が合った。
見ていなきゃ気づけないほど一瞬で、彼女は目が合ったことに驚きすぐに目を逸らした。

何を話しているのか気になった。
何を描いているのか気になった。

ただそれだけだ。

次の日委員会が長引いて部活に行くのに遅れた。
急いで部室に向かうとこちらに背を向けていつものスケッチブックを開いている彼女が目に入る。

ほんの出来心、静かに歩み寄って後ろからそれを覗く。

「えっ」
驚きの声を上げた俺に気づき彼女は飛び上がるように立ち上がりスケッチブックを抱きしめたまま尻もちをつく。

『て、手嶋くん、なんで』
彼女は目を丸くして驚いたまま顔を真っ赤にさせている。

「あっ、いや、何描いてるのか…気になって…」
きっと俺も彼女に負けないくらい顔が真っ赤なんだろう。
まだ運動してもないのに顔が熱い。

『ごっ、ごめんね!そのっ、綺麗だったから!』
そう必死に謝ってもう来ないからと立ち去ろうとする彼女の腕を掴む。

「待って、俺別に嫌なんて言ってない」
掴まれた反動でこちらを向く彼女と目が合って思わず口から言葉が出る。

「これからも、来ていいから」
思ったより声が上ずって恥ずかしくなる。
なんだこれ、まるで告白してるみたいじゃないか。
そんな雰囲気が漂って端の方で見えてる冷やかすような鳴子たちまで気が回らない。

『ほんと?』
今にも泣き出しそうな彼女は俺の言葉を聞いてフワッと笑った。
まるで花が咲くように。

その瞬間、自分の中で歯車が噛み合ったような気がした。
そして何かに落ちるような音がした。

これはきっと…。




恋したスケッチブック


(俺が背中押してやらなくても良さそうだな)
(なんやおっさん知ってたんですか)
(手嶋以外は気づいてるだろうな)
(いつも、純太のこと見てた)

(スケッチブックには俺ばっかりで、まるでそんなの好きと言われているようで)
(綺麗だと言った彼女はまるで恋をしているようで)
(こんなの勘違いしてしまうだろう、なんて)