「この度は…」

入れ代わり立ち代わり、挨拶に来る人達に頭を下げて挨拶を返す。
先日、祖母が亡くなった。
幼い頃、事故で死んだ両親の代わりに私を引き取り育ててくれた祖母。
こんな田舎は嫌だと反抗期には散々迷惑をかけた。
そんな私の唯一の肉親である祖母が亡くなった。

正直、まだ受け入れられてはいない。

葬儀や集まりも終わり、騒がしかった家もしんと静まり返る。

仏間でただぼうっと並べられた遺影を眺める。

『こんな広い家、私一人じゃ掃除出来ないよ。』

そんな悪態をつけば頭を撫でるようなそんな風が吹いた。

にゃあと小さい鳴き声がして振り返れば、祖母がよく世話をしていた野良猫が仏間に上がってきていて、この子もまた祖母との別れを惜しむように仏壇に体を擦り付ける。

『おばあちゃん死んじゃったんだ。今度から餌は私があげるからね。』

そう言って撫でれば心地良さそうに喉を鳴らす。
猫が姿勢を変えると仏壇の下の小さな引き出しが少し開く。

『あ…』

そう言えば祖母はよくここに何かを入れていたっけ。
内緒と言って見せてくれなかったけど。
ふと思い出してその引き出しを開けると小さな鍵がひとつ。
それを取ると猫は私の足に体を擦り寄せてどこかへ向かう。

『この鍵、どこのか知ってるの?』

私がそう聞くと猫はまたにゃあと静かに鳴いて先へ進む。
仕方なく追うと着いたのは祖母が使っていた部屋。
カリカリと押し入れの戸を引っ掻くので、仕方なくそこを開けると見覚えのある鍵付きの箱。
小学生の頃に一度、この箱を開ける姿を見かけて聞いてみたけどはぐらかされたんだっけ。

まだ私の足に擦り寄る猫はこれを開けろと言っているような気がして、先程見つけた鍵を差し込むとカチリと音を立てて開いた。

『これは…』

そこに入っていたのはただのノート。
だけどどれも黄ばんでいて、かなり前の物もありそうだった。

祖母の机の上に箱を移して座りノートを開く。

ノートに書かれていたのは日付けとその日のこと。
所謂日記だろう。
この日は嵐だったとかこの日はお友達とどこに行ったとか、そんなことが書かれていて昔の祖母を想像して頬が緩んだ。

笑いながらも次へ次へと捲ると目に入ったのは"神隠し"の文字。


――――
 五月十日
 神隠しかもしれない。
 寺にいたはずなのに、ここはどこだろう。
 あの巫女が導いたのか。
 これからどうやって過ごせばいいのか。


――――
 五月十二日
 山の中を彷徨っていたら青年と出会った。
 まるで忍びのような、時代劇で見るような格好をしていた。
 彼のおかげで助かった。


――――
 五月十五日
 彼に小袖を見繕ってもらった。
 ワンピースでは目立つようだ。やはりここは時代が違うのか。
 彼は優しい。
 だけど、このまま世話になっても良いのだろうか。
 彼の優しさに甘えても良いのだろうか。


パラパラ、と捲る度に信じられないような内容が私の頭に入ってくる。
神隠しなんて、そんなものあるはずがないと。
所謂創作物だろうと読み進める。


――――
 十一月六日
 もうここへ来て半年も経った。
 父と母は元気だろうか。
 私が居なくなって心配してないだろうか。
 帰りたいと思っていたのに、私は彼の傍に居たいとも願ってしまう。
 強欲なのだろうか。

――――
 十一月八日
 彼が帰ってこない。
 何かあったのだろうか。

――――
 十一月十日
 彼に会いたい。

――――
 五月十一日
 どうやらこちらでは日が経っていないようだ。
 彼にはもう会えないのか。
 慕っていると伝えることも出来なかった。
 どうかもう一度会わせて。



十一月まで進んだはずの日記は唐突に五月に戻っていた。所々に滲んだ跡があり、これを書いている時の祖母が容易に想像できた。
これが、本当に創作物かなんて祖母が亡くなった今聞くことは出来ない。

神隠し、本当にあるのだろうか。私がもしそこへ行けたら、祖母が伝えられなかった思いをその人に伝えることが出来るのだろうか。

『はは、なんてね。』

日記を閉じて箱にしまう。
見なかったことにすればいい。私も幼い頃は小説家になる、なんて夢見ていた時期もあった。
そういうものだろう、と笑って箱を押し入れに戻し襖を閉めた。