「いった……!」
最近いつもだ。耳鳴りが頭に過ぎる。
キンと、金属をぶつけたような。それでいて刺すような、頭痛にも似た耳鳴り。
けれど周囲にそれらしい音がないことは、自分と同じ駅前の往来を見れば一目
つり気味の黒の目を細めて、
この音と付き合うようになって早二週間。日に日に一日の中で聞こえる回数が増えているし、音がはっきりとしてきている。
最近異常な姿をした生物が、そして奇妙な力を振るうようになった人間が報道されるようになって、こういった違和感にはみな敏感だった。
不死者アンデッド。喋る猫ケット・シー。蛇女ことラミア。空を駆る天馬ヒポグリフ。水や風などの自然エネルギーだけが浮遊する精霊体――。
伝説上の生物たちが、力を振るい始めた人々の周囲から湧き出す
彼らは自分たちのことをゲートと呼んでいたけれど、その意味は憶測ばかりだ。まさかそれに関することではないだろう。
鏡は
「あれ……なんだろ、これ……」
青緑色の模様が混じり込んだ、深緑色の丸い石が手の平の上で転がる。何かの鉱石だろうが、こんなものが紛れ込むようなこと、今までにしていただろうか。
――いや、ない。
ざわりとした違和感を覚え、手はそのままスマホへと伸びる。けれど誰に連絡を取ろう……だめだ、連絡先を眺めるだけで時間ばかり経つ。
拭えない不安の中、手の中のスマホが突然震えて目を見開く。
「うわっ!? え――
そうだ、駅に来た理由をうっかり忘れるところだった。今度、二学期に転編入してくる、幼馴染の少女を迎えに行くからではないか。
一学年上だから少しの間だけしか一緒に通えないけれど、心踊るのは数少ない友達だからで。
電話の応答ボタンをいそいそと押して出た鏡は、『あ』というややおっとりした声に思わず吹き出して笑った。
「もしもし、到着したの?」
『うんっ! 今から東口に出るよ』
「え、ちょ、東口って沢山あるよ!? しかももう新幹線の改札口出たの!? 出口の番号わかる?」
『えーっと……あ、十七番』
……十七?
嫌な予感がする。近くの構内案内掲示板を確認して、鏡は生暖かい顔になった。
ちょうど左手には新幹線の改札口。まっすぐ進んだ先はメインの出口、東側に出る十六番出口だ。
右側、十七番出口。
絶対目の前か後ろを通り過ぎていたに違いなかった。
「わかった。お願いだから十七番出口のそばから動かないで、僕そっちに行くから!」
『え? あ、うん』
スマホを握り締めたまま、右に左に幼馴染の姿を探す。十七番出口方面を探すもそれらしい人が見当たらない。そも、幼少期に引っ越していった彼女の大きくなった姿など、点で想像がつかないのだ。ならばとキャリーケースか大きな荷物を持っている女性を探す。
なぜ今日に限ってそういう人ばかりいるんだろう――なんて、今日が金曜だからに決まっている。三連休が憎い。
数日前、彼女が独りで先にやってくると聞いた時、電話先でも相変わらずずれた行動をする御影に不安が過ぎっていたが、案の定だ。
出口の番号を確認する少女を見つけて、目を丸くした。
黒髪に黒目。おっとりと垂れた丸い目に見覚えがある。荷物は少ないが、もしかして――
「――御影!?」
少女が驚いて振り返った。走る自分の顔を見てか、彼女の表情が明るく晴れていく。
「鏡くん!? わあっ、久しぶり!」
「よかった、やっぱり御影だ。久しぶり、元気そうだね」
「うん! 鏡くんも元気そうでよかったあ」
ふにゃりと柔らかく笑む少女に思わずどきりとする。それ以上に立つのは、昔と変わらない優しい性格の御影への安堵だった。
昔はワンピースが多く、かわいらしい人形のようだった。今日はロングカーディガンに丈がやや短いシャツ、ショートパンツ、ニーハイソックス。動きを妨げない服装なのは、中学でバレーボールをやっていたという話からも頷けた。
――なんだか、無難にパーカーとシャツ、ジーンズという組み合わせをしている自分とは大違いだ。来年専門学校に入ることを見据えていると、服装もこんなに違うのだろうか。
ふと、御影が不思議そうに首を傾げていて、鏡はやっと穴が空くほど彼女を眺めていたと気づいて顔に朱が昇る。
「鏡くん……?」
「あ、ご、ごめんっ! ってそういえば御影、荷物は?」
「あ、うん。今日家に届くって聞いてたから、大丈夫。夜頃だからまだ時間あるの。ねえ、こっちの観光名所、よかったら教えて? 鏡くんの話、いっぱい聞きたいっ」
「もちろん。じゃあ行こうか」
嬉しそうに笑う顔が、十年近く前の彼女の面影そのままで、鏡は照れ笑いを浮かべていた。
楽しかった。夜まで時間を忘れて、二人であちこち巡れた。
引っ越し先の家に独りで留守番は危ないと、御影を自分の家に呼んで正解だったようだ。今は両親と彼女が久方ぶりの再会に
その間に自室に戻った鏡は、鞄から取り出そうとした参考資料の隣に、硬質な輝きを見つけて目を見張る。
「あ……忘れてた」
鞄に入ったままだった深緑色の石を摘んで、どうしたものかと眉をしかめる。
どう見てもそこらに落ちていそうな石ではない。指の太さほどには大きく、磨かれたように丸みがある。学校の女子たちがよく言っていたパワーストーンの類ではないだろうか。
そんなものが鞄に入るようなこと、何かあっただろうか。――ない。
けた――
「いっつ――!?」
ズキンと走る痛みに思わず
なんだ今の痛みは。最近の耳鳴りが悪化したのだろうか。それらしい症状はいくつか頭に浮かぶけれど……
なんだろう、何か違う気がする。
「……はしゃぎ過ぎた、かな……御影ももう寝るだろう、し……声かけて……」
声を出して気づいた。
自分の呼吸が浅くなっていた。慌てて深く深呼吸するも、目が
おかしい。こんなに疲れるほど街を練り歩いていない。自分より体力がないだろう御影が疲れないように、ペースだってしっかりと考えていたから――
一歩、足を動かそうとして
まずい、誰か呼ばないと。いくらなんでも変だ。
父を呼ぶべきか、それとも母か――?
カタン
暗くなる視野の中。スマホは、力なく床を滑っていた。