息が切れる。集中力ももう持たない。
唾を呑んで、辺りを見回し、GPSをつけた。
――この辺りのはずだ。東響から北西……
もし一人だけの行動ならおかしい。彼女がこの世界で生きていけるだけの知識があるとは思えない。メールが来た日付を考えると、
嫌な予感がする。
電話がかかってきて、慌てて画面を見る。けれど悠里からと気づき、拒否ボタンを押して後回しにした。
今連絡を返す余裕は――連絡?
御影のスマホでメールが繋がっているなら、今の悠里からの連絡のように、電話は可能ではないのか?
電話帳から御影のスマホの電話番号を探し出す。頼みの綱とばかりに電話をかけて――
ルルルルル……
繋がった!
ルルルルル……
ルルルルル……ルルルルル……
ルルルルル……ブツッ
目を見開く。慌てて口を開く。
「もしもし御影っ、もしかしてこっちにいるの!?」
『ダメ止めて――!』
激しい音が聞こえてくる。
ガタゴトと揺れ続ける音。微かに響くカポカポという聞き慣れない音。
『やめて、だって? よく言えたなあお
『関係ない人を、巻き込まないでください――あっ……』
恐怖に駆られた悲鳴が。笑い声が。
鏡の肺を潰してくる。体を震わせる。
『ああ、あったぜ、輝石だ。これでまた資金
『おいバカ、音声入ったらどうするんだ?』
笑い声が、笑い声が――
『じゃあ、そういうことだ。このお嬢ちゃんの知り合いさん、悪いな。ちょっとかわいいしすぐ捨てないぜ』
『そーそー。遊んで返すとするさ』
強制的に切られる音。同じ音の連続。連続。
「開け幻門!」
輝石の色がまたくすむ。
術を唱え切り、GPSを頼りに暗くなった森を駆け抜ける。
森の地形までは載っていないその距離はどんどんと縮まっていく。枝葉が顔を掠り、腕に何度も痛みが走る。痛みも途中でなくなった。
木々が開ける。後ろから
街道に出てすぐ見つけた馬車から漏れる明かりにはっとして、足に力を集中させる。
加速。
GPSに表示されたマークと、自分のマークが重なる。スマホとマラカイトを乱暴にポケットにしまった。
足を踏み込む。力強く蹴って飛び上がる。
荷台後部の扉へと突き立てた拳が、簡素な木の扉をバラバラに壊した。
男が二人、何が起こったかさっぱりわからない様子で口をあんぐりと開けている。その奥に見つけた御影の見開かれた目に、乱された服に歯を食いしばる。
「よくも……!」
「な、なんだ一人だけじゃねえか! こいつの輝石も奪っちま――」
一撃。
叩き込んだ拳が
「こ、こいつ格闘家……!?」
「御影から離れて。今すぐに」
「げほっ……開け幻門!」
はっと後ろを振り返る。透き通った黄緑色の石を手に叫ぶ男へと目を見開いた。
「それまさか、御影の――!?」
「我が門は闇!」
違う、その石は間違いなく闇属性ではない。直感でもわかる。
御影が気持ち悪そうに
石が転がり、拾い上げた途端、御影の
細い首元に突きつけられた短剣にぞっとした。
御影は恐怖に震えていて、後ろ手に縛られている。あれでは下手に動けない。
「く、来るなよ……いい子だ、その石を渡せ」
「……!」
渡してしまったら、御影は……
「この石を、どうする気なんですか……」
「な、なんだ輝石を知らねえのか」
油断させるほうが早い。真実も聞き出せるだろうか。
怯えた男が、じりじりと入口へと御影を歩かせようとしている。何をさせても危険だ。冷や汗が頬を伝っていくのに、もどかしい時間が流れていく。
御影がついに、破壊された扉の前まで連れてこられてしまった。
手を伸ばせばすぐにでも届く。けれどそのためには、自分が今握っている御影の輝石を保護しなければ、拍子に壊してしまいかねない。
そんな
どうする……
「早くしろ! 輝石を寄こせ、どうせお前らにはただの石だろ!」
「こ、これを何に使う気なんですか」
「売り払うんだよ、高値で売れるからな!
「……まさか、この近くにいた男の人の石も……」
男の顔が青ざめる。御影へと突きつけ直された短剣を見て拳が固まる。
そういうことだったのか。
輝石を横流しする人々がいて、その人たちに襲われ、輝石を奪われた人々が魔物化していたのだ。輝石は他人に使われることを
「御影を放してください」
「状況がわかってねえのか!」
「わかってないのはあなたのほうです。どうせ石を奪ったら御影をそこから突き落とす気でしょう」
男の顔色が一瞬で変わる。彼が短剣を突きつけ直して、冷や汗が流れる。
もう、交渉材料はこれしかない。
ゆっくりとポケットに手をいれ、男を刺激しないように自分の輝石を取り出す。御影の輝石をこっそり、そのポケットにしまった。
ゆっくりと輝石を男に見せて、鏡は男を見据える。
「だから……持って行くなら、僕の輝石を持っていってください。御影を開放してくれれば何もしません」
「う、嘘じゃないだろうな!!」
「嘘をついたりしませんよ」
このままでは助けられない。それぐらいなら、自分が
どうしてだろう。覚悟はできているのに、こんなに体があつ――
視界がぐにゃりと歪む。
目を見開いたと同時、一気に燃え上がる炎に包まれる。熱さに転がるも炎は消えない。御影が叫ぶ中、男が勝ち誇ったように笑っている。
火が消える。皮膚が突っ張り、針で刺されたような痛みで動けない。男の手が深緑色の石を掴んで持ち上げた。
輝石を取られた。まだ仲間がいたなんて……
「きょ、鏡くん……鏡くん! いやっ、鏡くん!!」
「は、はは、助か――」
馬の
「な、なんだ? おい、何かあったのか――」
御者台へと男が移動しようと、馬車を一度降りた。歩いていく足音に、御影がなんとか上体を起こして近づいてくる。
「鏡くん……! ご、ごめん、なさ……!」
「御影……無事……?」
「私より鏡くんが――!」
男の悲鳴。
びくりと体を震わせる御影。鏡はポケットに手をやり、彼女の輝石を御影の足元に置く。
「これ、取られないように、逃げて」
「え、でも……じゃ、じゃああの男の人に渡した石は、もしかして鏡くんの……!? なんでそんなことしたの!? 大切なものなんでしょ!?」
「おい、大丈夫か!?」
御影が震え上がり、破壊された扉の向こうを見ている。けれど鏡はほっと息をついていた。
助かった……
「悠里……」
「っのバカ、なんて無茶しやがった! 介、頼む!」
「任せてくれ。大丈夫、火傷は全部軽度みたいだ。悠里はその子の縄を解いて、周辺を頼むよ」
「え……ゆうりって……お、お兄ちゃん……?」
介が「まったく」と、疲れたような声音を漏らして、鏡のそばにしゃがみ込んできた。
「こうなる前に、おれたちに知らせて欲しかったな。――よほど大切な人なんだね。なおさら自分も相手も大切にしなきゃいけないよ」
「……お、こって……ないん、ですか?」
「怒ってるよ。どうしてちゃんと言ってくれなかったのか、ね」
輝石を取り出した介に申し訳なかった。
「開け、幻門。我が門は水。ラリマーの輝石を以て、力をここに具現する。親和せよ、生命。戦士の傷つきし体に、治癒の加護を与えよ」
優しい淡い光が全身を取り巻く。
痺れとも針を刺されたとも思える痛みが引いていき、鏡はやっと
まだ微かに
「ごめん、これ以上は……帰りに危険があったらまずい。残りの治癒は自分でできるかい?」
「……あ……それが、その……」
途端に苦い顔になって体を起こす。介が怪訝そうに眉をひそめた直後、悠里がはっと顔を入り口に向ける。