『本日の選択を記入してください』
堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
目の前に浮かんだのは二つの単語だった。またこの部屋に来たのかと、もう嫌だと言いたくなる。
これまでだって沢山捨ててきた。他にもう何もいらないとも確かに言ってきた。だけど捨てれば捨てるほど苦しくなる。取り戻そうとするとまたあの面倒な世界に放り込まれる。
『趣味』
『寿命』
そんなの趣味に決まってる。今まで何を犠牲にしてきたのか、この部屋はわかっていない。
これまでつぎ込んできた額を知らないんだろう、仕事を
わかるか、愛しているんだ。
これまで注ぎこんできた●●●●万が消えうせるなんて、許されない。
寿命を捨てた。
『本日の選択を記入してください』
堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
目の前に浮かんだのは二つの単語だった。また今日も一日が来るのか。
『家』
『趣味』
そりゃ、趣味を残すに決まっている。
家は小さくなっても構わない。グッズを飾れて電気を得られる屋根があればいい。
通路へと出た。スマートフォンを握り、部屋へと出て目を見開いた。
グッズがどこにもなかった。それどころか部屋には何もない。スマートフォンを握った手はカサカサになり、端子から
人が入ってくる。さっさと出ろと追い立ててくる。
冷たい人の目を受けて、家を追い出された。
いつの間にか両親は死んでいた。随分と会話もしていなかったから全く気づかなかった。手元にリュックすらもなかった。
そもそもどうしてゲームの
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
だってあれだけ愛を
終了するなんて誰が許すんだ。まだここにやっている奴がいるんだぞ、金を返せ。お前の会社に存在価値は他になかったんだぞ!
もう金は全部注ぎ切った。これ以上どこから何が出る。何をすればあのゲームが戻ってくる。
ゲームにもう一度ログインしようとした。画面は真っ暗なまま、映像が輝くこともない。
ただの箱に吠えた。
『本日の選択を記入してください』
堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
目の前に浮かんだのは二つの単語だった。いや、別に選択肢として与えられたものではなかった。
『現実』
『現実』
ああ、そういうことか。
もう手足は動かせない。細りきった手足には熱さしか感じない。寒さが来ることもあった。
川のほとりで眠る回数も増えた。それでもスマートフォンは手放さなかった。
それももう、ついにできなくなったということか。趣味は切った覚えがないのに、いつの間にか選択肢にも浮かばなくなっていたのだろうか。
『本日の選択を記入してください』
堅い音声がもう一度投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。さもここがゴミ箱ですと言わんばかりに。
皮肉すぎて、
別にいい。ゲームだってもうできないんだ。スマートフォンの電源が入る方法をずっと探していたが、ショップに行っても追い出される。公共の充電の場所に行っても目をつけられる。雨に
別にいい。後悔なんて……
外から音が聞こえる。聞き覚えのある音楽だ。いや、それに音声も混じっている。この声優を知っている。
思わず顔を上げた。このゲーム、もしかしなくとも自分がやっていたあのタイトルではないのか。
新作の単語が聞こえた。まさか、まさか。
『本日の選択を記入してください』
堅い音声で音楽がかき消される。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。さもここがゴミ箱ですと言わんばかりに。
いやそんなことはどうでもいい。ここから出せ、またゲームが始まるんだ。自分が今まで注ぎ込んできた金がやっと実ったんだ、ここから出せ、ゲームをしたいんだ!
『本日の選択を記入してください』
そんなこと知るか、自分はこの時のためにここまで身を削ったんだ、やる権利がある、選択など知ったことか!
ここから出せ!
『本日の選択を記入してください』
『本日の選択を記入してください』
『本日の選択を記入してください』
『本日の』
『現実』が、強制的に捨てられた。
エブリスタ投稿作品
平成30年9月 完結