Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第01話「善は急ぎましょう」01
*前しおり次#

 何があったかって、嫌というほど色々とあった。
 まず京都に帰ってきて、一週間経った頃の夕食の場でのことだ。
 いつもの凄惨せいさんな食事戦争の最中、つばさが「多生タオさーん」と、次期当主に声をかけたことから全てのコマ取りが始まった気がする。
「俺未來みらいと結婚しまーす」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 全員の手が止まった。
 ふすまを開けた本日の夕飯当番が、本気で困惑した。
「私は認めん!!」
「わしゃ認めん!!」
「あれ!?」
 まだおうかがいを立てていない当主の正造しょうぞうまで反応して、娘をやらない父二人の図が、レーデン家で一ヶ月ほど事あるごとに絶えなかった。
 そして翅の選手宣誓は、多生の悪乗り――いや、八割ほどの本気によって流れかけたものの、正式に認められた。
 結婚式までの三ヶ月の間に、多生が正式に当主を継いだ。
 次期当主の座に着くべき人間が一切決まっておらず、家のほとんどの人間が不安を覚えた様子だった。
 そういう騒動が昔あったことを知っていた隻は、素朴な疑問を口に出す。
「多生の息子さんは?」
 全員が口を重く閉ざしたことで察した。
 千理せんりたちのくなった兄海理かいりがちょくちょく顔を出すようになった。同じく幽霊仲間の青慈せいじの顔も、二日に一度の割合で見かけるようになった。
 霊園が拠点きょてんのはずの幽霊二人は、最早こちらが本拠地かもしれない。
 万理ばんりは全く問題なく進級した。
 悟子さとしの入試は不合格だった。
 合格圏内だと担任の先生から押された太鼓判たいこばんも相まってか。「テスト」だの「入学」だの「卒業」だのと口に出そうものなら、悟子が黒い感情と共に歯を食いしばる音を響かせた。
 おかげで男子棟は少々ノイローゼになっていた。その気持ちがわかる人間はしばらく付き合い、経験のない人間はそっと見守ることとなった。
 見守る頭のない者には容赦のない鉄拳が海理から下っていた。
 多生が当主になってからというもの、家の雰囲気は穏やかさと機微きびそなえたメリハリのついた雰囲気ふんいきができつつある。
 正造が当主であった頃に慣れきっていた翅と、今年二十三になる沙谷見さやみせきは、チェスをしながら語った。
「……レーデンって感じするのに、なんか違うよな」
「なー。チェック」
「あっ!!」
「あ、ごめん違った。チェックメイト」
「はあっ!?」
 隻、惨敗ざんぱいした。
 そして京都に帰ってきてから半年以上経った、新たな春の風の中。
「そういえば去年の秋と今年入って……だっけ? タイねえまだこっち来てないっすよね。冬前にはいつも来てたんに」
「あー……」
 天理が何を思ったのか、顔を上に上げていて。
 多目的室と化した男子棟の空き部屋にて、隻は「たい焼き屋のあの人か?」と千理にたずねた。こっくり頷き返される。
「情報集めのスペシャリストで、オレもかなりお世話になってるんすよ。んで」
「忘れてた……帰ってきてたこと全っ然連絡してなかったな……」
 ……。
 千理がまず耳を疑った。
 縁側の障子を開け放した柱にもたれたまま、翅がジュースを片手に口をぽっかりと開けた。ストローが、カランと向こうに逃げても気づかなかった。
「……はい?」
「それなら教えたら喜ぶんじゃないか?」
「まあ――ああ、隻と翅には教えてなかったっけ。ヨシ子っていうんだけど、そのタイ姐がおれの幼馴染。で、彼女」
 …………。
 翅がしばらく微動だにしなかった。隻は読んでいた本をパタンと閉じた。
 しおりの挟み忘れにも気づかず、脇に置く。
「言えよ教えてやれよ!? 何『今日の宿題忘れてたけど明日に回そう』みたいなノリで暢気のんきくつろいでるんだよお前!!」
「今日できることは明日に回しても大丈夫かなって」
「急がば回ってどうする、こういう時はむしろ急げ!!」
縁道やすのりいいいいいいいっ!!」
 ずどん。
 声だけで壁や天井が揺れた。いや、今日は……あの虎に変貌する豪腕が揺らしたのだろうか。毎度のことだが、あの大声でどうしてタオの声帯は無事なのだろう。
 ……千理と天理と、翅が遠い顔で「ああまたか」の一言だ。
 隻はすっと顔を逸らした。
「多生さんはあれだけ、真面目なのにな……」
「ほんとあの息子どこで道間違えたんだろうなあ」
「……てんにい。やっぱり当主になって本家うち支えたげて? ね、それでいいでしょ?」
「おれに次期当主? えー」
「えーってなんで!?」
「海理が生きてたらあいつに責任押しつけて、下で遊びながら気まぐれに手伝う気だったんだけど……おれだったら下手なことできないだろ」
 ふぅ。
 誰の口からその溜息が漏れていいと思っているのか。隻も翅も天理の顔に拳を向けたくなったものの、重くのしかかる不安に諦めた。
 この家本気で大丈夫か。大問題だ。
 翅が投げやりな顔で「一週間近く旅行しに行ってこようかな」とぼやいたものの、がらりと障子が開けられ、やあと手を上げられる。
 言わずもがな、現当主多生に怒られた張本人の放蕩ほうとう息子。エンドウじゃなかった縁道やすのりだ。
「あ、本当だ帰ってきてたーお帰り」
「あーただいまー。何ヶ月ぶりに帰ってきたの、お前」
「え? かれこれ……ああ、もう五ヶ月か。あ、隻さんだっけ初めましてー」
「……どうも」
 もう驚くまい。
 養子に入って四年目だというのに、渡り鳥気質の縁道と初めて会ったって動じるものか。多生が事あるごとに「あの放蕩息子は」と呟く様から想像していたが、やはりレーデンの血だ。
 想像の最上位ラインからさらに三十ライン超えられていた。バスケのフリースローでゴールスローを決めたはずなのに、ゴールポストが勝手に上昇して外された気分だ。
阿苑あぞのには顔出した?」
「いつき兄さんに会いに行ったら門前払い食らったんよ」
 そりゃそうだ。
響基ひびきには?」
「え? ……あれ、まだいるの?」
「いや……え? 縁道さん、何年会ってない?」
「翅に初めて会ってからずっとやねー」
「……泣くよあいつ。け金百円」
 あの耳ならこの会話までつつ抜けだろう。既に泣いているほうに五百円。
「隻さん、お時間だ――」
 廊下から襖をがらりと開けた万理が、部屋の中央にいそいそと移動した縁道を見て固まった。くるりと振り返った縁道はまるで我が部屋のようなくつろぎっぷりだ。
「あ、久し振り。えっと……ごめん誰?」
「……万理です。縁道兄さんですよね……?」
「えーでかくなったんやねー久し振り。よく気づいたな」
「以前おじさんに怒鳴られながら廊下を逃走しているところを、何度も拝見してましたので……」
 どこかで聞き覚えがありすぎる内容だ。隻は溜息をつく。
「縁道さ」
「呼び捨てでよかよ、隻さんのほうが微妙に年上って聞いた」
 よかよ、なんて九州の方言じゃなかったか。意図は汲めたので、隻は「そうかわかった」と固い表情のまま返す。
「お前なんでここまで逃げてきたんだ」
 同い年ということは知っていてももう突っ込むまい。縁道がへらへら笑っているのにももう何も言うまい。
「そりゃあ親父がやたらと怒鳴り散らしてきたけんねー。七年前の千理の逃亡劇の時に」
「あー、あー、あーっ!! っだ」
「千理うるさい!! あ、縁道久し振り」
「やあ響基久し振り。でね」
「切り替え早!?」
「もちろん。千理の逃亡劇の時に、東京行って念のために生存確認して来いって頼まれたから一応遠目で見に行ったんやけどね。見つからなくって秋葉行ってそのまま観光して帰って」
 ちょっと待て。
「報告文書は郵送しておけって仲間に念を押されて、仕方ないから『千理いないけど一応生きてると思います。敬具。追伸、秋葉はやっぱり怖い町だった』って書いて出したら電話でどやされて」
 おい。
「で、帰ってくる度に上手いこと親父をいていたもんだから。『今までの報告文書について話し合うぞ』って言われちゃったら面倒くさくって……ね?」
 ね? じゃないよね?
 天理の「相変わらずの自由人だなぁ」という他人事ひとごと過ぎる呟きにもツッコミが必要か。隻より関西人歴が長いのはここの全員じゃなかったのか。
 もう何も言葉が出ない。出るものも出す気力が湧かない。
「んでね。今日もそうして撒いてきたんよ。で、いつも通り二日間滞在してその後は鏡家で仲間拾って外に帰る予定だったのに」
「外に帰るってどういう日本語だ」
「外が家。なのに、牡丹ぼたんは『友人見つけたからちょっくらあばよ』って言うし、残りじゃみんなぼんくらで話にもならんしで」
 牡丹は確か、悟子のたくさんいる姉の一人だ。
 ぼんくら扱いされる他の仲間に同情が湧いて仕方ない。最大のぼんくらかつ放蕩でものぐさなのは縁道ではないだろうか。
「あ、そうだ」と、天理が気にした様子もなく話を変えていた。


ルビ対応・加筆修正 2022/01/10


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