Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第01話 02
*前しおり次#

「縁道、ヨシ子にはまだ帰ってきてること言わないでね」
「え? あ、言っちゃったかも」
「言ってないっしょ、絶対。今知ったんでしょ。っていうかついさっきですよねやすにいのあの口調的に」
「あーそうなのかも?」
「よし。千理、携帯とメール画面寄越そうか」
「いいっすけど自分の携帯使わないの? あーまだ痛い」
「いい加減その関節痛止まれよ」
 霊薬のせいで遅れに遅れた成長期が今さらやって来たと千理と天理がほざいたのも、半年近く前からだ。天理はにょきにょきと伸びているが、千理は余りにもジリ貧な伸び方で。
 間違いなくもうすぐ止まる。むしろ止まれ。悟子はまだ我慢できそうだし万理は諦めたが、千理だけは自分に届くより五センチ前に止まってしまえ。
 おもむろに、天理が千理へ携帯を返し、満足げに千理に返していた。
「なんか連絡?」
「うん。もう送った。見ていいよ」
 言われて素直に送信メールを開いて固まった千理。既にふすまに手をかけて振り返る天理がどうして笑顔に見えたのだろう。
 いつもの真顔なのに。
「ってわけでみんな、まだヨシ子には言うなよ」
「……ちょ、兄……これ」
「じゃ」
「オレ殺されるからああああああああああっ!!」
 絶叫を上げてスマートフォンと読みかけの小説を落とす千理。兄は表情少なく飄々ひょうひょうと去っていく。
 いったい何を書いたんだろうと、煌々と光り続けるスマホを覗き込んで、隻も翅も視線を逸らした。
『sub:天兄の行方
 京都で情報が入ったので大至急レーデン家に来てください。急いだらまだ間に合いそう!』
「……ヨシ子さん、すっ飛ばしてくるだろ……屋台放り出してまで」
「ううん、タイ姐のあの屋台、収納してくれる幻生いるんで……うわあああオレ会ったらタイ焼きもらえねーじゃん……!」
「そっちかよ」
 突っ伏す千理の隣、彼が読んでいた小説のタイトルが視界に入る。隻は苦い顔で視線を逸らした。
 大ヒットしているとはいえ、なんで死者がよみがえる作品なんて読んでいるのだか。それこそ海理が知ったら千理をどやしかねないだろう。アンデッドとの対峙たいじを専門とした人間なのだから。
 縁道は何を思ったのか、神妙な顔で頷いて立ち上がる。襖をがらりと開け、父親と似ても似つかないゆるい笑顔で隻たちに振り返ってきた。
「よし、会ったらおれも役者頑張ってみるか」
「その役者をどこで頑張るつもりだ?」
「あ」
 父多生に肩をがっしりと掴まれていた。気のせいか、障子越しでも腕が太く見えるような……。
 獣化じゅうかで腕をとらのものに変えていた。
 掴まれていないはずの隻の背のほうが粟立あわだつ。柱にもたれていたばかりに直に見たらしい翅なんて、目をかっ開いて青ざめているではないか。
 縁道が項垂うなだれた。その切なそうな少年の表情のまま、父を見上げて――父の肩に手を置いた。
「見つかったから次、おれが鬼ね?」
「ふざけるな書類をまとめろ!!」
 連行された。ゾンビの棒読み同然の「あー」という声で。笑顔で翅たちに手を振りながら。
 隻、目が据わった。
「……縁道ってなんなんだ」
ぞくに言うモブキャラなんだけど村では目立ってるんだっていう、犯人候補に上げられやすいキャラ?」
 翅の的確な例えに、隻も千理も、はたまた万理や響基まで静かに拍手していた。
 
 
 夕食の席に縁道の姿はなかった。
 多生は既に諦めたのだろう。子供世代が多くつどう広間に向かっていった姿は、言葉に出さずとも疲れきっていた。
 千理がスマートフォンを見やり、「あ、さーせんちょっと抜けるー」と言って出て行く。隻はやや感心した顔でその姿を見送った。
「あいつでもちゃんと食事の時は席立つんだな」
「礼儀は一通り、海理が叩き込んだから。千理でホームラン打ったり、屋根から吊るしたりして。おかげで千理、泣き叫びながら覚えたよ」
 鬼だ。
「普段は勉強とかも見るし、子供の体力に合わせて遊んでたしね」という、今さらすぎるフォローを聞いても耳が受け付けない。響基がこんにゃくを欲しそうにしていたので皿にはしを伸ばしつつ、げんなりする。
虐待ぎゃくたいだろ……」
『耳にタコ作っても覚えなかったあいつがわりー』
「うおっ、あっ!?」
 ぎょっとする隻の手からこんにゃくと箸が落ちた。そのままテーブルをすり抜けて現れた海理の霊体に隠れて見えなくなった食材に、響基が悲鳴を上げた。
「ああああああああああっ!!」
『うげっ、うるせー場所に出ちまった』
「ちょっ、ひどいよ!? 隻が折角取ってくれてたのに!!」
「ああ、海理だ。よっ」
『よー。なんだ、今日はまさいねーのか』
 ……仲の悪い兄弟と聞いていたが、海理と天理の会話は仲がいいと思う。いや、隻自身が極度に不仲だっただけかもしれない。
 手を振るだけの天理に代わり、隻は奥の間を指で示した。
政和まさかずさんなら今日柱人はしらびと役。家の結界やってくれてるよ」
 海理が『ふーん』とあっさり返している。こんにゃくを取り直そうとした隻は、その場からどかない幽霊にやや苛立ちが高まった。
「おい、響基のこんにゃく取らせろ」
「隻……!」
『あ? あーわりー。すぐ帰るから食事終わるまで待ってろ響基』
 響基が隣でさめざめと泣き崩れた。目をわらせる隻は一言。
「塩ぶっかけるぞ」
『料理にぶちまける気か? てめー』
 くそう上手いこと利用しやがって。
 『まあ本題な』と、海理はこんにゃくの皿から体をずらして響基に取らせてやっている。優しいのか悪戯いたずらが過ぎるのか、相変わらずわからないレーデン家長男だ。
『天理、隻。てめーら最近何か変わったことあったか?』
 名指しを受けた隻と天理は、目をまたたかせてたがいを見やる。
 見やって、海理へと視線を戻した。
「……なんでおれたち?」
『お前が戻ってきてから一年経つだろ。あの後変な後遺症があるかどうかの確認だ。経過を政と、多生の親父たちと一緒に見てたんだよ』
 ……。
 そっと上座に目をやる。
 目をやって、今日は多生も正造も子供たちと一緒に別の広間で食べていることを思い出した。
「おじさんがやたらと声をかけてきてたの、過保護になったわけじゃなかったのか」
「多生さんに謝れよ」
『あ? 過保護だろ、ありゃ。じゃなくてだ……おい千理、つら貸せ!』
「いいよー何?」
 戻ってきた。障子が開いて顔を出した千理は、はっとした顔で兄を見ている。
「海兄いつ来たんすか!? あ、おひさー」
『久ー。つっても三日ぶりだろ』
 それ久し振りって言わない。
 響基が、こんにゃくで塞がっている口を切なそうにとがらせた。
『てめー、今さらな成長痛まだひどいんだってな?』
「あーうん。天兄も結構来てるみたいっすよ」
『縮め。そりゃともかくだ。現実的な話、そうなってるってことは霊薬の効果がほぼないに等しくなってるんだろ』
 天理と千理がこくこく頷いている。兄弟らしいそっくりな動きに、海理はしばらく考えた後、『わかった』と一言。
『政にも意見あおぎてーとこだな……それとだ、隻の部隊所属はどうなった?』
 ……。
 全員がびしりと体を硬直させた。
 隻は黙って静かに箸を置く。
「まだ決まってない」
『はあ!? 弱っ』
「るっせえ!! それ言いたいだけならどっか行け!!」
 拳がテーブルを激しく叩き、皿がいくつも宙に浮いてガタガタと音が立つ。響基が青ざめた顔で硬直した。
「か、海理……あ、謝ろうなさすがに……!」
『部隊編成どことも決まってねーんだろ。さすがにそりゃまずいだろって話だよ』
「ならさっきの言葉取り消せ!!」
『取り消せるだけの実力、まだついてねーんだろーが』
 上から目線の言葉に青筋が浮かぶ。翅がカボチャの煮付につけを口に入れながら「あーあ」とぼやいているではないか。
「今のセリフいつきに聞かせてやりたい」
『昔散々言った』
 この自動オート地雷じらい着火装置が!!
『誰かとパーティ組んでんのか?』
「……組んでるって言うほどには、まだ……」
 悔しいが、冷静に事実に返れば海理の言う通りか。この部屋で食事するメンバーのうち、今現在まともに一人で外にも出歩けないのは隻ぐらいなのだから。
 元々この場は、実力がついて外で仕事を任されるようになった幻術使いたち――レーデン家の中でも実力派の若者が多く集う食事の間でもある。
 恋人の結李羽ゆりはが女性陣側で苦笑いした。
「えっと、去年の春頃は、あたしと隻くんと千理くんで依頼を消化してたけど……」
清水きよみず伏見ふしみ稲荷いなりだけな」
 結李羽がぎこちない笑みを頑張っている。海理は黙考した後、千理に目をやった。
『らしいが?』
 めかぶと、野菜の酢味噌すみそえと、マリネを皿に確保した千理がぽかんとした。
「え、オレ単独許されてるじゃん。ピンに戻るよ?」
「は?」


ルビ対応・加筆修正 2022/01/10


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