Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第16話「青の色」01
*前しおり次#

「――っしゃー到着! やっと到着できたっすよ!」
 元気よく大手を振って喜ぶ千理の隣、更紗がくすくすと笑った後顔を引き締めている。すぐに身を退こうとした彼女の手を握る千理は不服そうだ。
「もう帰るんすか」
「――だって、私は敵だよ?」
「敵だった。でしょ。今日の敵は明日の友って知らないんすか。あ、昨日の友は今日の敵で、明日の友のが正しい?」
「……たとえ友達になったとしても、これ以上私はあなたに関わっちゃいけないから」
「誰もそんな規則ルール作ってないんすけど」
 あまりにもむっとした顔の少年――ではなく青年に、更紗はわずかに目を伏せる。
「私が今作ったの」
「や」
 たった短い音一つ。
 それだけしか言わない千理は、更紗の手を離そうとはしないままで。
「それ、更紗さんのけじめじゃないっしょ。意固地で引け目になってるところ。そんな後悔しまくりな顔で帰られるぐらいなら、無理やりでも引き止めますよ」
「意固地はそっちもじゃない……」
「うん。オレ諦め悪いよ。オレの家族も、家族の大事な人も、辛い顔も苦しい顔もさせたくねーもん。諦め悪くて何が悪いんすか」
 ただ、驚く少女は、ほとほと疲れた顔でしょうがないと溜息をついていて。
 それでもどこか綻ぶ顔に、千理も心から嬉しそうな笑顔だ。げんなり顔で見てくる相次郎に気づいたのがあまりにも遅くなり、「ただいまー」と手を振る千理だが、隻の祖父はただ疲れた溜息。
「ここはてめぇの家かい。――おれも居候いそうろう組だがよ」
「え、家じゃなくても一回帰ってきたら『ただいま』じゃないんすか?」
「てめぇの神経はどこまで図太ずぶてぇんだ……隻たちなら一回向こうに還ったぜ。確認とってからまた戻ってくるとは言ってたが、てめぇは還ってなかったんだな」
 千理が気の抜けた顔で笑う。更紗がこっそり手を解こうとして――がっちりと掴まれすぎて離れず、細い目を彼に向けている。
 それに気づいたのだろう。相次郎は肩を竦めてそっぽを向いた。
「青春ってのを他人が見てると眩しいってのは、本当だなぁ」
「ああ、終わってるだけにですか?」
「ははっ、手厳しいこと言ってくれるじゃねぇか。まあそうだな。こちとら枯れ木の残り枝だ。きつい日差しはたまらねぇなぁ」
「隻さんたちいつ来るんすか?」
「……情緒ねぇなお前さん。場合によっちゃあ長くかかりはするだろうがな――ああ、噂すればの影か」
 更紗の、最後の抵抗の力が抜けた。
 瞬きの後、隻が桜の木陰で眠っていて、結李羽は神社の階段でうたた寝しながらはっと目を覚ました。翅は――
 神社の、何もない砂利の上でうなされながら起きてきた。
「さっきから俺痛いところばっかりで起きてる気がするんだけどなんで――おーい隻ー、おーきーろーせーきさー」
「さんづけっ」
「響基かよ」
 結李羽が微笑ましそうに笑っている。相次郎が生温かい顔で孫の額を軽く叩いた。隻の苛立った顔に、千理の背中が粟立つ。
 思い出した。頭を殴った時に散々殴られ蹴られ、仕返しの域ではなくなった暴力を受けたことを。
「せっ、隻さんのおじいちゃんそれ以上やっちゃだめっすよ!!」
「なんでてめぇにおじいちゃんって言われなきゃいけねぇんだ……」
「お前帰ってきてたのかよ! おそ――」
 隻の言葉が途中で途切れた。
 呆然と更紗を見やる顔は、まさしく「誰?」と尋ねてくるようで。
 翅は時が止まったように少女を見やり、結李羽は目を輝かせている。
「ええっ、もしかして千理くんっ、そんな早過ぎない!?」
「え?」
「あははっ、そんなわけないでしょう、私この子どうでもいいですからっ」
 ビシッと、千理の時だけが止まった。
 相次郎が遠い顔で肩を竦め、見えぬ空を見上げてる。
「ひっでえええええええええっ!!」
 叫び声だけが鮮明に響き渡った。


「なんで感動の対面する前にオレネタにされなきゃいけないんすかマジで!! マジで!! ねえなんで!? まさかのおじいちゃんまでオレと更紗さんそっちだと思ってたんすか突撃インタビュー!!」
「なんだいそりゃ。ってぇかなぁ、年頃の二人が仲良く手ぇ繋いでりゃあ、他に何を想像するってんだ? 今時の連中は恋仲以外でもガキよろしく手ぇ繋げるのかい」
 千理のショックを受けた涙目といったら。それでもいつきの姿がないことを尋ねる千理に、隻は肩を竦めた。
「いつきならドクターストップかかる前に自重した、んでもって仕事入った」
「あー……なる」
 翅はといえば、自分の真上で爆睡していた標をどけた後、更紗を見やって千理へと指差した。
「原因、あれ?」
「なんの話かよくわからないかな……」
 目を逸らす更紗に、翅は「そっか」とだけ返す。返したついでにアヤカリが手にやってきて、即座に柄の長いピコピコハンマーに姿を変えさせて。
「ぎゃっ!?」
「何してくれちゃってんのお前グッジョブ」
「じゃあ殴らないで!?」
『オレが痛いよーっ!!』
 冷めた目で見やるしかない隻である。水のピコピコハンマーの威力はあまりにも凄まじかったようで、千理が頭を押さえて震えている。いつ起きたかもわからない標が目を輝かせているけれど。
 結李羽は更紗のところまで笑顔で駆け寄ろうとして、隻が慌てて止めた。
 記憶違いでないなら、更紗は確か、翅の親友だ。そして――
「あ、そうだ忘れてた。えっと久し振り」
「翅……うん、久し振り。また一段と変わったっていうか……」
 間が挟まれた。その挟まれた間の間に、更紗の目が翅をじっと見やるわけでなく、徐々に逸らされていく。
「……おじさんになって」
「今すぐ謝れ。丁重に謝れ」
「違いますよ、おじさんじゃなくて親父になったんすよ」
「せーんりー集合。てか倒れろ」
「事実でしょ!?」
「まだ二十代だっつの!!」
「いやそっちじゃないだろ、こいつが言いたいの。父親になったって話だろ……」
 遠い顔で補正をかけるのが自分でいいのだろうか。更紗の衝撃が走った顔には色々と申し訳なくなる。
 ついでに結李羽が修羅場を見守るような顔をしているのもどうにかしたい。
「そんな度胸がどこにあったの!?」
「お前さ、マジで一回泣くよ?」
「泣くの?」
「お前が先に泣け」
「え、泣けば?」
「隻!? え、ちょひどくない!?」
 興味心身で聞かれて切り返した傍、冗談が少ない隻のとどめの一撃に本気で愕然とする翅。更紗が生温かい顔でそれを見上げていて。
「本当に変わったね……でも変わってないね、いじられてるの見て安心しちゃった」
「安心するポイント違うだろ。普通元気なところで安心するだろ。何、お前の友達の定義ってどうなの? 人間的にどうなの?」
「友達の定義なんてないよ? 相手が認識してくれたらああそうなんだぐらいだし」
「……更紗も変わってないよな。むしろ変われよ。改心しろよもう」
 千理が相次郎から饅頭をもらって、標と頬張りながらそれを眺めていて。
 やっと口を離した彼は、微妙に開いていた口をほんの少し広げなおした。
「感動の欠片もない再会っすよね。小説で言う感動の名場面オールスルーする勢いで」
「現実にそんなの期待するなよ、世の中占めてるのってシュールだろ」
 隻の疲れた返事に、相次郎が体ごと背いていた。更紗が可哀想なものを見る目で彼を一瞥した。
「――とにかく、私はもう戻るね。再会も済んだことだし」
「え、ギャグやっただけの再会でいいんすか?」
「千理、お前還れ」
「イントネーションが『け』に聞こえたんすけど!? ってか万理と悟子は来ないんすか? んでもってさっきばらばらになった時ありましたけど、大丈夫でした?」
「お前質問多い」
「だって気になったもん!!」
 涙目で叫ぶ少年――ではなく青年。更紗が生温かい顔になりつつも、その千理から饅頭をもらって目が輝いて頬張り……
 翅から疲れた溜息をつかれた。
「空賊型幽霊船と戦いました。雷駆と天理のグリフィンに助けてもらってこっち到着して万理たち見なかったからあっちかなって一回向こうに帰ったよはい終わり!」
「えっ、天兄のグリフィン!? ってか雷駆どこ!? いたの!?」
『一々煩い。少しはつつしみと言うものを持て』
 噂をすれば、だ。枝垂れ桜の葉を見ていたのか、空から降りてくる雷馬の姿に、千理の目が輝いている。気高く降りてくる姿に、隻も翅も思わず姿勢を正してしまった。
「すっげー、雷駆かっけえ!! めっちゃ特典だらけじゃないっすか幻境!! すっげぇあっ、いだあっ!?」
 力の限り手を握る更紗に悲鳴を上げる千理。悲鳴のレベルではない。泣いている。解こうとするも解けない手に、ついに饅頭を落として千理の絶望の顔である。
「ああああああああああ!!」
「はい」
 それはもう、笑顔で手を離す少女は、気分を一新して帰ろうとして、雷駆に呼び止められたではないか。
『そこの少女よ。汝ならば何か知りえぬか。千理の兄と隻、二人に現れている陣のことだ』
「……陣についてはなんとも言えないけど、他のことで一つだけ言えることはあるよ」
 とても言いづらそうに、黒い目を伏せる更紗。翅と顔を見合わせた隻は、怪訝な顔で尋ねるしかできなかった。
「他にまだ、動きがあるのか?」




掲載日 2022/08/10


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