Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第15話 02
*前しおり次#

「――翅、どうしてる?」
 千理が成月に外傷がないか確かめてほっとしていた傍、ふとした小さな声に、彼は気の抜けた顔で笑っている。
「元気っちゃあ元気。ってとこ。宵に入って、響基たちと一緒に頑張ってるんすよ。最近『ニートになりたい』宣言減ったのがでかい進歩?」
「ニートって……そっか。そんな風に変わったんだ」
 生温かく笑う更紗に千理は重々しく頷く。
 初対面の隻相手にすら、「ニートになりたい」と散々言って彼を吠えさせていたのは、何度も見聞きしているから。
「ちゃんと自分らしく生きれてるなら、よかった……」
「あー……うん。随分マイペースになって、オレのもずくと唐揚げとレモンいっつも取っていってますよ」
 ぷっと吹き出す少女。千理の「くっそう今日こそは唐揚げ十個強奪」という小さな宣言すら笑っている。
 成月を手に、後ろ手を組んで頭を支える千理は思い出したように苦笑している。
「あ、それとね。天兄見つかりましたよ。その時も、翅たちが助けてくれたんすよ」
「――じゃあ、こっちでまた感動の再会ができるといいね」
「師匠のこと知ってたんすか?」
 更紗の足が止まった。そしてすぐに歩き出す少女は苦笑している。
「知ってはいるけど、そっちじゃないかな」
「へ? ――じゃあ、常磐ときわおじさん? あ、えっと青慈兄ちゃんの親父さん?」
「そっちでもないけど……」
「えー……青慈兄ちゃんも海兄ももう会ってるしよく遊びに来てるし……他いましたっけ? どうせ親父、顔見せてくれる気ないでしょ――更紗さん?」
 上の空で前方を見やっていた千理は、いつの間にか足音が一つ減っていたとようやっと気づいた。
 振り返ると同時、更紗の驚愕の顔と目が合う。
「――どうしたんすか?」
「……まさか、まだいるの? 霊園にずっと?」
「そりゃいますよ、なんで成仏できないんだーって、ずっとぎゃんぎゃん吠えてますけど。主に海兄が。――って、そっか。青慈兄ちゃんのことあの時知ってましたもんね。海兄にも会ってたんすか?」
 納得して笑うも、どんどんと顔に影を落とす更紗に笑顔が止まってしまう。
 むしろ、千理の表情まで剥がれ落ちていくようで。
「それがどうしたんすか? ってか、大丈夫?」
「――あのね、本当は……」
 言葉を詰まらせてうつむく更紗。しばらく黙って、千理は心配そうに覗き込んだ。
「何かあったんすか? ――七年前海兄に何かされた?」
「それは……なんでもない」
 すぐに首を振る少女。千理は苦い顔になり、「すいません」としか謝れない。
「海兄、変に怒ったら男女見境なく暴言吐くから……酷い時手も出るし。もしそっちだったらすいません」
 更紗のぽかんとした後の、気まずそうに視線を逸らす姿に、千理は確信を得たのであった。
 その後土下座してまで謝ろうとした彼に、「そこまでしたら気持ち悪いんだけど」と、とどめを刺す更紗である。


「せぇーいっ。とうちゃ――くじゃねえしーっ!!」
 盛大に吠えた。石造りの門になっていた出口≠ゥら外に出た千理の苛立った声に、更紗がくすくすと笑いながら「違ったね」とやはり五寸釘。むっとした顔の千理は日本風のちた宮跡に苦い顔になっている。
「嫌なとこ来ましたね、これまた」
「うん。廃墟跡を好む子たちって、性質が悪いもんね」
「いやそれだけじゃないんすけど……厄介な知り合いに会ったら泣けるなーとか」
「ああ、朱鬼さんか……」
 千理がぶはっと吹き出し、慌てて口を押さえているではないか。ぎょっとした顔で振り返る千理に、更紗は生温かい顔。
「縁があってお友達だったんだけど。――千理くんも見たはずじゃなかったかなぁ」
「さーっぱり覚えがないんすけど!! あんさんと会ったのって二回でしょ――もしかしてあんさんが攻撃してきてた時オレ押さえつけて『宮』がどうの言ってた奴!?」
 うんそう。
 更紗の素直な供述に、千理はがっくり項垂うなだれた。
 殺されかけていた七年前に、既にレーデン家因縁の鬼と対面していただなんて。顔が全く見えなかったとはいえ、なんだか……間抜け。誰がと言えば、自分が。
雅殺之朱鬼みやあやめのしゅきさんは今、ここにはいないみたいだね」
「げっ、じゃあここあいつの住処なんすか!?」
「ううん。京都風な街並みの幻実に家があったはずだよ。――変だね、ここ、幻生たちからも捨てられてる幻実みたい」
 怪訝な顔になり、辺りを見回した。
 生活の跡は――ないわけではない。それでも朽ちた建物の奥に差し込む光の筋と、周辺や見える限りの屋内に茂る植物たちが、鬱蒼とした廃墟を作り上げているだけだ。
 植物以外の生き物の姿は、見る限り見えなかった。同時に幽霊のようなアンデッド系も近くにいる様子がない。
 風もない、ただ廃屋だけがある幻実。緑と朽ちた色しかないフィールドは、笑えるほどの沈黙だけが覆っている。
 木の葉も揺れない。千理たちがほんの少し歩くだけで立つ、わずかな草木の揺れる音と、体に触れ流れる風以外、何もない。
「――幻生たちも、住む場所捨てたりするんすか?」
「うん。土地がせたり、使えなくなったら。でもその後しばらくしたら、別の幻生たちの住処になるんだけど……どの住人からも見捨てられるなんて、可哀想かわいそうだね」
「植物は幻生には含まないんすか……」
「うん。この世界じゃ、普通の植物たちは飾りみたいなものなんだよ」
 よくよく見れば、現実世界にもある植物でしか構成されていない自然界だ。動く植物や、奇妙な姿をしているものなど一切ない。
 ――だとしたら、余計変だ。
 一瞬で感じる違和感に、千理は渋面を作った。
 たとえものであっても、植物は一部の幻生にとっては大切な食物のはず。それをみすみす放置するなんておかしい。何か原因があってこの姿になっているならば、他の幻生がまだ手を付けにこない段階で、原因はまだここにあるはずなのだ。
 それが一切、見られない。植物以外の生き物の姿もない、幽霊や悪魔と言ったものの姿もない。
 ただ廃墟と植物だけしかない味気なさ過ぎる幻実にどうして自分たちが辿り着く必要があったのだろう
 幻実はランダムに飛ばされてしまうが、強い意思さえ持って出口≠ノ向かえば、きちんとその幻実に迎えるはずなのに。
「そういえば、皆とは合流地点決めてるの?」
「いんや、全く。でも最初に集まった場所は一緒だったんで、皆のことですしそこに集まると思って。それにそこだったら、連絡も確実に取れる気がするんすよ」
「風景は覚えてる?」
「ははっ、オレのもの覚えのよさは人一倍っすよ。ぐるっと見渡したしきちんと覚えてますって」
 笑いはするものの、目は笑えない。
 生き物がいない場所だなんて、速く抜けるに越したことはない。廃墟を前にしていい思い出なんて、去年から見てもないに等し――
 え?
 来た道を戻ろうとしていた千理の足が、止まった。
 更紗がきょとんとする中、千理は慌てて振り返る。
 廃墟。自然しかない中で、朽ちた建物があって――
「……なんで……?」
 おかしい。来た覚えがないはずなのに、なんでこんなに覚えがある?
 瞳が揺れる中、脳裏を過ぎる凄まじい黒い感情に背筋が粟立ち、舌を強く噛んで平常心を戻した。
 なんだ
 なんだ、この――変なもの
 どこかで見た気がする。そこに、何かがいた気がする。
 見たはずなのに出てこない何かが、くすくすと笑ってくる。
 なんで――
「千理くん?」
「――あ、いや……さーせん、思い過ごしだったっぽい」
「……考えすぎちゃダメだよ。もし何か引っかかるなら皆といる時に考えて。危ないから」
 喉が持ち上がる。
 持ち上がるけれど、それでも唾を飲み込んで抑えた千理は、更紗へと顔を戻して、俯いた。
「そう……っすね……」
 くすくす
 更紗のほうへと戻りながら、出口≠ノ向かいながら。
 くすくす、くすくす
 千理の耳元でただ笑い続ける、誰とも知れない声に、成月を握る手に自然力がこもっていた。

 気をつけなさい

 永咲の――師匠の声が。
 違う人に向けたはずの警告を、何故か千理にも突きつけていていた。



ルビ対応・加筆修正 2022/04/18


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