Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第17話「Laden」01
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 扉を開けた。開けてすぐ、波が作楽呑の貝殻に当たったのか、目の前で白い飛沫がどこぞのドラマの如く散ったではないか。
 その出口で佇む万理の顔は、白けている。
 なんていうかもう、色々と疲れたんだけど。
 前方で待ち構えるのは巨大なタコ。
 タコである。
 大きすぎるが作楽呑より十数パーセント大きいかどうかだ。作楽呑が貝を閉じて本気で守りに入れば、タコの腕による締めつけなど恐らく効かないのではないだろうか。
 しかしでかい。吸盤が。
 そしてひたすら小さい。タコの上で鎮座している武者鎧が。
 あれを自分の一番上の兄が装備して、この巨大タコの上に乗っていたかと思うと――
 シュール。
『貴様レーデンのなんだ。何故ここに現れた』
 いきなりの鎧の質問に、万理は眉をひそめる。悟子が待っている奥のほうへと一度視線をやり、すぐに前に戻した。
 自分の兄のことだ。悟子は、兄たちのことで頼るわけにはいかない。……去年まで一切不干渉だったけれど。
「それを尋ねられる前に、どうして僕らのところにいらっしゃったのか、お尋ねしてもよろしいですか」
『――ほう、礼儀は備えておるか』
 むしろ不躾なのはそちらなんですけど。
 武者鎧がおもむろに頷き、仁王立ちになった。手に持つ刀には見覚えがある。荒波の紋を描かれたそれは間違いなく兄の武器だ。
 頭を抱えそうになって、心の中だけに留める万理である。
『我は武討たけうち。我が主君の命により、この大海を放浪し、治安を見守る者なり』
 海上自衛隊ですか。
『我はレーデンと深い関わりを持つ者を守護する命をも担っておる。そなたがレーデンの何であるかにより、我はそちらへの対処を考える。レーデンの血を継ぐ者よ、何故この幻の世界に踏み入った』
 万理はしばらく押し黙り、一度だけ視線を泳がせた。
 なんていうかもう、このやり取り面倒くさいというか……。
「あなたの創造主の弟です。本人から数えて四番目の」
 鎧がった。危うくタコの上から落ちかけて踏みとどまった。
『なんと……!? 莫迦ばかな、あの者はまだ歩いて間もないはず』
「一体いつから召喚されてないんですか。海理兄さんが死んだ時には既に六歳です歩いてましたよ!!」
『莫迦な、私が最後に召喚されたのは主が十六の』
「思いっきり歩いてましたよ!! ひらがなだって書けてたのにっ、バカにしないで下さい!!」
『なんだと!? あの三男はひらがなどころか六歳の頃ですら片言であったというのに』
「っああもう煩いな一緒にするな!!」
「ば、万理さん……?」
 はっとした。
 はっとして後ろを向けなくて、万理は思わず固まってしまって……。
「……あ、あの、お邪魔しましたすみません、どうぞ続けてください」
「……う、うんごめん……」
 悟子へと目を向けたが、思いっきりそらされた。
 万理、心がえぐれた。
『そなた、随分と気性が荒いな』
「もうなんでもいいから用件言ってください、今のでわかったでしょう」
 顔に手を当てるしかできない万理に、武討と名乗る鎧が頷いた。そのままタコが水面に目を出して、万理を見てくる。
 意外と大きく、作楽呑より弱そうだと思っていた万理は一瞬で尻込みしてしまった。
『ねえこいつ食える? 食っていい?』
『何を言っている。主の弟君を食すなど何事だ、タコ刺しにするぞ』
 本気で頬を引きらせた万理の手前、海理の刀、海浪月を手にした武討が威嚇の一言だ。余りにも酷い言いように、むしろ悟子とともに納得してしまう。
 やはり、海理の鎧だった。


『お邪魔致す。ほう、随分と洋風なたたずまいを……』
 改めて武討を招き入れた。巨大タコは作楽呑の近辺で追従してくれるそうだ。
 武討はおもむろに海浪月を傘立てに突っ込み、万理と悟子が目を覆う羽目になった。
 武者が命を預ける刀をそんな粗末にしてどうする。
「それで、僕になんの用ですか……」
『この地にレーデンの者が踏み入るとは我らも予想しておらなかったこと。それも主と深い関わりの血筋である者が現れるなど思わなかったのだ。よって確かめたかった以外は、特にはない』
 ああもう帰れよ。
 万理の頬に青筋が浮かびかける始末である。
 悟子が不思議そうに武討をまじまじと見やっているではないか。
「どうしてこの辺りの警護をしてるんですか? 海理さん、今現実あっちにいるのに」
『何を言うておる。我が主は死してもなお、我ら幻生と主の兄弟たちを案じて平穏に尽くしておられるのだ。この間も横暴な怒鳴りを食らいはしたが――ぅおっほん! 最近は過去想像された末に分裂しすぎた幻生の暴徒が増えておる。よって我らが見回りをしておるのだ。たまに他の幻実に入り込んで死にそうになったが』
 悟子の生温かい視線には気づいていないのだろうか。万理はただ生返事を返すだけ。
「ですから、それと僕にどう関係があるんですか。一切繋がっていませんが」
「万理さん……」
 辛辣しんらつに言い過ぎたようだ。気を取り直した悟子がさらに怪訝な顔をしている。
「それ、おかしくないですか? 海理さんこっちには来れないんじゃ……成仏するのと同じなはずじゃ」
『成仏も何も、それができなかったのは元はと言えばあの憎き悪魔のせいよ』
 耳を疑う万理と悟子。武討の篭手が拳を握るように固められていく。
『主の自我の還るべきからだを乗っ取り、挙句死に追いやりおって……! そなたがその歳ということは十一年もの歳月、主の人としての人生を奪いおったか! まこと許せぬ!!』
「ちょっ、待ってください、兄は今幽霊ゴーストとして現実に……!」
『何を言うておる』
 武討の言葉に、万理は目を見開いた。
 冷や汗が……止まらない。
『主は今、もう一つのレーデンの気配を追って他の幻実に向かっておられるが、そちら側へのご帰還は一度たりとて叶っておらぬ』
 じゃあ
『それも元はと言えば、人の過去を読み取り、真似、嘲笑あざわらうあの悪魔のせいよ』
 それじゃあ
『奴が主の体を奪い、記憶も盗みおったせいで、我らはいまだに奴の傀儡かいらいにされておる! 腹立たしいことこの上ないわ!!』
 じゃあ、あの海理は――
 
 
 
 誰?
 
 
 


掲載日 2022/08/10


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