貼り付けて


「おはよーさん。」

朝から胡散臭い笑顔を貼り付けて挨拶をしているクラスメイト、忍足侑士を眺める。
高校でもテニス部に入り、一年ながら見事レギュラーを勝ち取った強者である。テニス部といえば中学の頃からファンクラブがあるほど人気があった。テニスが強いだけでなく、レギュラー陣が揃って美形だったのだ。忍足くんも例外ではなく、教室に入れば女子が群がり、廊下を歩けば女子が道を塞ぐ。それが氷帝学園では当たり前となったものであった。
いつもの光景に飽きて目を瞑る。ほんの少し開いた窓から風が入り、優しく頬を撫でる。もうすぐ夏だなぁ、なんてぼんやりと考えながら、私の意識は沈んでいった。



「吉田さん、吉田さん」

不意に聞こえた低めの声に、背筋がぞわっとして目が覚めた。体を勢い良く起こして声の主を見る。

「やっと起きた、おはよーさん。」
「え?あ、…え?」

忍足くんだ。え?なんで忍足くん?周りを見渡すと誰も居なかった。

「移動教室やで。というてもとっくに授業始まっとるけどな。」
「えぇ?!」

どうやら友人に置いていかれたらしい。チクショウなんて薄情なんだ。てかこの人は何で此処に居るんだろう。相当不思議な顔をしていたらしく、忍足くんは笑って応えてくれた。

「あぁ、俺はサボリや。」

サボリ?忍足くんが?へー。忍足くんて授業サボったりするんだ。クラスが一緒になったのは初めてだから知らなかったなー。

「言うとくけど俺サボったん初めてやで?」
「あ、そうなの。」

というかさっきから顔近い。徐々に体を傾けているが直ぐにでも椅子ごと倒れそうだ。

「なぁ、なんでそないに離れてくん?」
「え、いやむしろ何で近づいてくるの。」
「そんなん、もっと吉田さんと話したいからや。」
「そんなに近付かなくても話は出来ると思うなー。」

近い。とにかく近い。鼻が触りそう。

一つ言っておこう。彼、忍足侑士はイケメンなのだ。大人っぽいのだ。色気が半端ないのだ。なので、特別彼に恋とかしてる訳じゃない私でも赤面するのはしょうがないと思う。
椅子に忍足くんが片足を乗せているお陰で、椅子ごと転けることはないが、私だけ落ちそうだ。

「わっ!」
「っと、危ない。」

ずるっとお尻が滑った。それを忍足くんが支えてくれる。忍足くんの手が背中に周り、抱き合ってるみたいに密着してる。心臓が煩い。顔に熱が溜まる。思わず目を強く瞑った。

「大丈夫やった?」

耳元で囁かれた言葉にゾクリとして肩がはねる。すると忍足くんは可笑しそうに笑い、一言。

「やっぱオモロいわ吉田さん。」

からかうにしても方法があるだろう。恥ずかしさが最高潮に達した私が忍足くんの鳩尾にパンチを決めたのは仕方のない事だと思う。
笑った忍足くんの笑みが本当の笑顔みたいで鼓動が高鳴ったのも仕方のない事だと思う。