「ユキさん…」
「、はい。」

辺り一面に咲き乱れる桜。それを背景にユキさんに一歩近づく。潤んだ瞳。不安げな表情。そのすべてが俺をそそり、ゴクンと生唾を飲んで腰に手を回した。

「沖田さ…」

心臓がバクバク五月蝿くて、全身の血が沸騰したみたいな感覚。右手で頬をなぞり、そっと顔を近付けたー…



────

「…っ!」

はっと目が覚める。勢いよく体を起こして部屋を見渡した。

「……」

場所を確認してから状況を把握。此処は自室で、俺は今の今まで寝ていて…

「……マジか」

俺としたことがなんつー夢を…。思い出すと再び心臓が激しく動く。手を握ったり開いたりしてから額に当てる。
やけにリアルな夢でさァ。未だに感覚が残ってら。腰や頬、く、くくくくちび…っっ!

「〜〜〜!!」

恥ずかしくなって布団に顔を押し当てて手足をばたつかせた。



今日の朝飯は焼き魚に納豆、味噌汁にご飯。トレーを持って辺りを見渡して空いてるところを目指す。

「あ、隊長おはようございます!」
「おー。」
「おはようございます!」

周りに居た平隊士共が次々と挨拶してくるのに軽く返事をして、自分も席についた。

「んで?」
「あ?あーあー、んで昨日病院に予防接種受けに行ったんだよ。」
「予防接種?」
「そうそう。受けといた方がいいぜー?」
「まあ確かになあ。」
「俺は無理!"チュー"射嫌いだも…」

ブッッ

「ギャァァァア!!何すんですか隊長!!」

不意打ちの言葉に口に含んでいた味噌汁を勢いよく吹き出した。

「テメェの顔に醜いもんが沢山ついてたんでさァ。」
「ギャハハハ!確かに!」
「うっせー!もう、折角今日の髪はき
まってたのに…」
「大丈夫でさァ。」
「何がァァァ!?」

高鳴った心臓を落ち着かせるようにいつも通り言葉を紡ぐ。あーくそ、餓鬼じゃねえんだからあんな言葉に反応すんじゃねえよ俺。湯飲みの熱いお茶をすすって気持ちを静める。

「"チュー"射といえばさぁ、」

ブッッ

「ギャァァァア!またですか隊長ォォ!」
「洗い流してやろうかと思いやして。」

熱くなった顔を隠すように、袖口で口を拭いた。



それからの俺もそりゃ酷いもんで。
"チュー"華料理が食べたいと連呼する隊士やら"チュー"選会実施中ですと叫ぶ町内会のオッサンやらに一々反応を示す身体。チャイナとの戦闘中に刀がすっぽぬけたのは流石に驚いた。その刀はストーカーしていた近藤さんに刺さりかけた。
それもあってか、近藤さんが疲れてるんだろうと午後から休みをくれた。ラッキー。特にすることも無かったが、折角貰った休みだからと着物に着替えて街に出た。
駄菓子屋の前の椅子に座りぼんやりと空を見上げる。

「"チュー"インガム頂戴!」
「はい毎度。」

ゴンッッと隣の電柱に頭をぶつけた。それを不審な目でガキ共が見てくるが、そんなこと今の俺には問題ではなかった。場所を代えようと勢いよく立ち上がる。

「あれ、沖田さん?」

聞こえた声に全身の動きを止めた。そして徐々に動き始める心臓。体温が急上昇して、耳だけは聞き逃すまいと傾けて。
油の切れたからくりの如くゆっくりと顔を向けると、そこにはユキさんが少し首を傾げて立っていて。それに再び体温を上昇させた。

「こんにちは。」
「こ、こんにゃちは!」

いつも以上に回らない舌に後悔。だから今日はユキさんのいる甘味屋に行かなかったのに!意識しちまって話せる筈がないと分かっていたから。

「今日はいい天気ですね。」
「そ、そうですねィ。」
「今日はお休みですか?」
「は、はい…」

自然と口元に視線がいってしまって、慌てて視線をずらす。うわー、俺絶対ェ不審だ。

「私今から其処の公園にお花見に行こうかと思ってるんです。」

そういって手に持った小さなビニール袋を見せてくるユキさん。

「一緒に行きませんか?」

その言葉にノーと言えるはずなんかなく、途中コンビニで飲み物を調達して公園へと向かった。



公園の片隅に数本の桜。近くにもっと大規模な宴会場があるからか、其処には殆んど人が居なかった。甲高い声で遊ぶ子供たちの声を背景に、近くのベンチに腰かけた。
少し離れて座ったユキさんに物悲しさを少し感じながら桜を見上げる。そしてふと、重要な事を思い出した。

…夢と同じ(?)状況じゃねえかァァァァ!!

それを自覚した途端身体が固まり、手をぎゅっと握り締める。ちらほらと散る桜を視界にうつしながらただ正面を見つめる。

「お団子買ってきたんです。沖田さんもどうぞ。」
「あ、りがとうございやす。」

団子に手を伸ばすとほんの少しだけ触れる手と手。それに驚いてパッと手を引くと、ユキさんは不思議そうな顔をして俺を見た後桜を見上げて笑った。

「桜、綺麗ですね。」
「、はい」

ザアッと風が吹く。
ザワザワと揺れる木の葉。ゆっくりと流れる雲。花の、香り。子供の遊ぶ声。そして、隣にはユキさんが居て
言葉の交わさない時間が続いている。それは気まずいモノではなく、先程までの緊張が嘘のような心地のよさ。

先程買った温かいお茶をすすれば身体がポカポカとしてきて。暖かい日差しに誘われて眠気が襲ってくる。
重たい瞼を閉じ思考を闇に沈める直前に聞こえた声に口元を緩めて、眠りについた。

「お疲れ様、沖田さん。」