漢字ふりがなある日の昼過ぎ。ジャーファルが一枚の書類を苦い顔で読み上げた。シンドバッドは一瞬動きを止め、ペンを置いて顔をあげた。

「奴隷商人?」
「ええ。表向きは極普通の商人なんですけど、どうやら街では何人も行方不明者が出ているらしく。」
「それはいつ頃の話なのだ?」
「二日ほど前ですね。」
「ならば既にシンドリアを出て行ってしまっている可能性のほうが高いな。」
「ええ。一応交易船全ての経路を辿り、ピスティに頼んで匂いでも探ってもらってはいるのですが…」

状況は思わしくないらしい。
渡された書類に目を通し、被害者に注目する。

「狙われているのはやはり女子供、か。…」

思わず舌打ちをする。女や子供、奴隷だった人達のように世間的に弱いといわれている人間達に、平和に、幸せに過ごして欲しいからこの国を作ったのに。
俺の力不足のせいで国民を不安にさせてしまっている。

「あのー…」
「どうしたマスルール。」
「最近、というか二日前からユキさんを見てません。」
「「…」」

まさか…。思わずジャーファルと顔を見合わせる。

「いやでも、ユキの事ですから何処かで昼寝してるのでは?」
「あ、ああそうだな。ユキは何処でも寝れるからな。」
「でも、仕事にも来てないらしいんス。俺も探したんスけど、何処にも見当たらなくて…」

仕事にも?面倒だなんだといっても、ユキが仕事を投げ出した事はない。するとしても誰かに一言くらい言う筈だ。

「ヤムライハに捕まったんじゃないか?ずっと逃げていただろう!」

ヤムライハと出会ってからずっと何かと理由を付けて逃げているらしい。ヤムライハにとって興味深い対象であるからなユキは。そのくせ徹夜明けのヤムライハにハーブティーと呼ばれる茶を持って行ったりして優しくするから、ヤムライハがなかなか憎めないと言っていた。

「…私昨日ヤムライハを訪ねたんですが、いつも通りでした。」
「…」
「…」
「「まさか…」」
「…ス。」


捕まったんじゃないだろうな…

──…ユキ!!

「…ぐーぐー」
「おねえちゃん」
「ぐーぐぴー…」
「おねえちゃんっ」
「……ん?」
「あっ起きた!」
「大丈夫?ずーっと寝てたよ?」
「…ん?んー…はぁい。……何処ですかぁ此処。」

ユキは周りを見渡すが、見覚えがない人が沢山いて首を傾げる。薄暗い室内に土の臭い。後ろには檻があって、手足には枷が着けられていた。

「ん?」
「あぁユキさんじゃないの!貴女も捕まってしまったのね?」
「あれぇ、市場の…」

声をかけてくれたのは市場の厳ついおっちゃんの美人な奥さんだった。美女と野獣だから覚えていた。

「ええそう。私たちは奴隷商人に捕まってしまったのよ。」
「奴隷商人ー?まじですかぁ。」
「シンドリアは安全だったから皆安心していたのね。きっと王様の事だから、助けてくれるのだろうけど…」
「「うわぁぁぁぁんっ!」」
「…不安は、不安…よね。」

そっと目を伏せる彼女にユキは息を吐いた。別に自分が此処で出しゃばらなくてもシンさんが動くだろうし。ジャラジャラと拘束の為の鎖はウザったいけれど、仕方がないかと頭の後ろで腕を組み、檻に背を預けた。
数分が経った頃。階段を降りてくる気配に意識を浮上させ、ガツンと檻を蹴られた事でユキは目を開けた。

「これが今回の成果か?」
「へ、へい!」
「へえ、よくシンドリアから連れて来れたなぁ。お前ら褒美だ。一人貸してやろう。傷は付けるんじゃねえぞ。」
「へいっ!ありがとうございます!」

ユキ以外の捕まった人たちの身体が強張る。女は震えながら身近な子供を抱え込み、子供は涙を浮かべながら顔を隠した。檻の入口から下っ端が三人入ってくる。頭らしき人物はニヤニヤしながら女子供を眺めていた。

「へへっ何奴にするかな。」
「あの女なんていいんじゃねえか?勝ち気な女を屈伏させるのは面白ぇぜ。」
「まあそれもいいんすけど、おいら子供が好きなんすよ。」
「へぇ、随分鬼畜な野郎だ。」

楽しそうに笑う奴らに眉をしかめた。面倒だと言っても、此処で見てみぬ振りをするほど人間腐ってはいないつもりだ。

「お。コイツにするか。」

男は気持ち悪い笑みを浮かべ、縮こまる子供に手を伸ばした。

パシッ

「あ?んだテメェは。」
「止めて下さいよぉ。皆怖がってるじゃないですかぁ。」
「怖がってる?ははっなに言ってんだコイツ!ソレがいいんじゃねえか!」
「大体なぁ、テメェらはもう奴隷なんだよ!」
「奴隷っつう身分、分かってねえみたいだなぁ。分からせてやらぁっ!!」

そう言って、男は腕を振り上げた。



────

ピィーッ
鳥に乗って空を旋回しながらピスティが叫んだ。

「王様、こちらピスティ!聞こえる?」
「『あぁ聞こえるぞ!』」

ヤムライハが開発した通信装置。相手は城で待機中のシンドバッドだ。

「漸く見つけたよ!大人数だったから大型船当たってたんだけど、ハズレだったみたい!」
「『なに?』」
「小型船で数回に分けて運んでたみたいなの!シンドリアから北西に3キロ、大きな岩場、そこにアジトがあるよ!」
「『そうか!御苦労だったなピスティ!俺達が直ぐに向かおう!』」
「はーい!なら私は城に戻ります!」
「『ああ、頼んだ!』」

ぷつりと切れた通信にひとまず息を吐く。王様達が向かうなら大丈夫だよね。もう一度岩場を見下ろして、シンドリアへと向かった。



────

振り上げられた手。
縮こまる身体。
腕の中で涙を浮かべた女の子。
悲鳴も出せずに声を押し殺す女性。
ユキには全てがスローに見え、冷静に、冷静に足に力を入れて地面を蹴った。
邪魔な鎖を力で千切り、そのままチャクラを溜めた拳を叩きつけた。

ドゴォォォォオオッ!!!

「聞こえませんでしたぁ?止めろっつったんだよ。」
「ひっ!」

地面にめり込んだ男を軽々と引きずり出し、そのままズルズルと引き摺って残りの二人に近付く。
腰が抜けた男を足蹴にすると、情けない声を出しながら檻の外へと逃げ出した。
ガシャンという音と共に閉められた檻。

「ふ、ふはははははは!少し腕に自信があったようだが残念だったな!この檻はファナリスでも壊せねえ特注品だぁ!」
「は、はははは!」
「ざまぁみろ!」

下品な声を出しながら高笑いする頭+下っ端二人に少しだけ思案する。ファナリスで無理ならワザワザ力勝負する必要はないかな、と。手に持っていた男を無造作に落として(ゴツンと良い音がした)周りに下がるように言った。

「くくっ何する気だぁ?」
「あんまり得意じゃないんですよねぇコノ術。」

檻は金属製。金属は、熱に弱い。
久し振りの術にえーっと、と言いながら印を組んだ。

「『火遁、豪火球の術』!」

ボワッと凄い火力の炎が現れる。炎が通った場所の檻は見事に溶け、丸く檻に穴が開いた。

「おぉ、出た出た。」

ユキはのんびりとした口調て言いながらその穴を通って檻を抜け出した。奴隷商人達は突然の炎に腰を抜かし、地面に座り込んでいた。

「うーん、親に習いませんでしたかねぇ。人の嫌がる事はしてはいけませんよってぇ。」
「ヒィッ」
「習っていないなら今教えてあげますねぇ。人の嫌がる事はしてはいけませんよぉ。」

地面に座り込んだまま後ろに下がる姿はとても醜く、さっきまでの威厳はまるで無い。

「少しは人の痛みも知るべきですねぇ。ほら、」

頭の腰から短剣を抜く。それを目の前に見せ付けるように光らせてニコリと笑った。

「こうすると怖いでしょう?」

ペトリと冷たい短剣の峰を頬に触れた。頭の男は泡を吹いて意識を飛ばし、残りの下っ端二人は床を這いつくばって外へと逃げ出した。
興味を無くし、ユキはカランと短剣を放った。その瞬間、檻の中で女子供が歓声をあげた。

「な、なんだ!?どうした!皆無事か!?」
「シン!コッチは捕まえました!」

勢い良く洞窟内に走り込んできたシンドバッドは、先程逃げ出した男を片手に驚く。ジャーファルも何事だろうと首を傾げた。
中を見渡すと、檻から続々と捕まっていた人達が抜け出しているではないか。

「あ、シンドバッドさーん。」
「ユキ!?やはり捕まっていたのか!」
「はいぃ。昼寝してたら捕まったみたいですねぇ。」
「ですねぇって…」
「王様!彼女のお陰で私達助かったんです!」
「ユキさーん!」
「ありがとうおねえちゃんっ!」

盛り上がる国民にそっと息を吐く。良かった、皆無事みたいだ。

「そうか。皆無事で良かった!すまなかったな、今回は俺の力不足だ!」

シンドバッドの良いところは自分の非を認める事が出来るところだな、とユキは思う。
金や名誉を手に入れると、どうしても天狗になる。それは周りが持ち上げるからそうなるのかもしれないし、本人の奥底に眠っている本能なのかもしれない。
今まで幾人もの腐った奴らを見てきたし、寧ろそれが当たり前だった。木の葉はそうでもなかったが、上層部の人間はそんな奴らばかりだった。
だから、シンドバッドは面白い。天狗になる間もなく、更に貪欲に力を求めているのだから。
帰り道の船の上で、ジャーファルの説教を右から左に聞き流しながらぼんやりとそう思った。

「ったく、聞いてますかユキ!」
「はぁい。」
「まあまあそのくらいにしておけジャーファル。ユキ、コイツはその位心配してたんだよ。」
「なっ…シン!?」
「勿論俺もな。」