ふと、以前神野センセーに言ったことについて考えてみた。
『”あの日”の事、忘れないで下さい。あの悔しさを、あの歯がゆさを』
『あれが解るのは、あの時彼らと接触していた真実を知る者だけです。』
私はあの結末を”知っている”からこそ五島を注意すべき人物として考えている。けれど此処で学生生活を数年過ごしてきて、一巳さんの人を見る目や、秀ちゃんのアリスの信憑性を実感していた。ならば何故、五島の正体を見極められなかったのだろうか。
『学園アリス』を最後まで読んでいない私は、洗脳や幻術が出来る初校長側の人物を知らない。けれど、此処に来て現れた”吸魂のアリス”の持ち主。
もしも五島が本当に高校長側の人間だったならば、長年の諜報任務の間に小泉月のアリスに捕らわれる、捕らわれている可能性が高い。ならば。
「ねえ柚香ちゃん。」
「?はい。」
「暫く私と行動しない?」
「え?」
「あ、志貴くんは出来ればそのまま組織に居て欲しいけど。」
今回の体育祭で蜜柑の盗みのアリスに初校長が気がつく。そして蜜柑の捕獲が始まる。
もうあまり時間が無いんだ。ならば早々に初校長側に近い五島を完全に此方に引き込む必要がある。それこそ、私が忍術を使ってでも。
「学園にね、仲間…というか此方側に引き込みたい子が居るんだ。」
「…」
「でも、もしかしたら既に小泉月のアリスに操られているかもしれなくてさ。」
「月が…?」
五島へかけられている(かもしれない)小泉月のアリスを柚香ちゃんに盗んでもらって、ユッキーのアリスで五島への今後のアリス操作を無効化する。私の術はこの世界の術ではないから、ヘタに介入するよりもこの世界の人物に頑張って貰った方が良いに決まってる。
もし私が消えて、私がやったこと全てが無かったことにされても大丈夫なように。
「志貴…」
「まあ、単独で学園に乗り込まれるよりはマシだな。」
「!」
「何を驚いている。行くつもりだったんだろ?」
「…なんで志貴にはバレちゃうのかなぁ。」
柚香ちゃんが少し恥ずかしそうに笑うと、志貴くんは眉を下げて優しい表情をした。その顔に私が居なかった時間の長さを実感して。
「志貴くん」
「?はい。」
「ありがとう。」
柚香ちゃんの側に居てくれて。柚香ちゃんを、守ってくれて。それが例え彼の私利私欲だったとしても、今こうして柚香ちゃんが笑っていられるのは、志貴くんの存在がとても大きい筈だ。
ほんの一瞬目を見開いた彼はそんな私の考えを悟ったようで、静かに目を細めて微笑んだ。その時の表情は、柚香ちゃんに見せた表情とほんの少し似ていた。