張り詰めた空気が無くなって、無意識に止めていた息を吐く。暫く息をしていなかったようで自然と息が荒くなる。
息を整えながら吉田さんを見上げる。彼女は暫く男を見下していたけれど、そのまま静かに男を片手で持ち上げて一カ所に積み始めた。ちょ、適当やな。そして何かを呟いた後、黙々と乱れた服を整えてからペタンと座り込み、震えながら泣きそうな顔でこっちを見てきた。

「キャッ、怖かったぁっ。」

思わず反射的に転ける。や、やりおるでこの子!!この緊迫した空気を一瞬で霧散させおった!!

「や、やるな吉田さん…!!跡部!さっきのは転けるとこやで!」
「はあ?何とぼけた事言ってやがる。俺が転ぶ訳ねーだろ。」
「ちゃう!ちゃうで跡部!転ぶんやない、転けるんや!渾身のボケに反応せえへんでどないするんや!」
「…」

何言ってんだコイツ…って目が言っとる。アカン!コイツボケ殺しや!!頭を抱えていると、笑い声が部屋に小さく響いた。

「ははっ、いいねぇ流石は大阪人。」

床に落ちていた金物…ナイフ…やない、クナイやっけ?を持って近付けてくる吉田さん。目の前にしゃがみ足の縄を切り、後ろに回って手の縄を切ってくれた。解放感に感動しながら手を開いたり閉じたりしてみる。

「…、おおきに。」
「助かった。」

続いて跡部とジローの縄も切られた。つーかジロー寝たまんまやないか。

「…お前、一体”何”だ?」
「跡部、」
「お前だって分かってるはずだ。普通の人間が、あんな殺気なんて出せるはずがねえ。」

それは、そうやけど。立ち上がって俺の近くまで歩いて来た跡部に目を向ける。

「んー?何?何って、何?」
「あーん?」
「じゃあ逆に聞くけど跡部くんて何?」
「…」

言葉に詰まる跡部。そりゃそうや。俺だって何って聞かれたら困る。

「私から言わせれば、テニスでの君達の技は人間業じゃないよ。」

あんなん殺人テニスじゃん。キャラキャラと笑う吉田さんに目を見張る。あぁ、こんな風に笑うんや、なんて場違いなことを考えたりして。

「なんて事ない、ちょーっと強い氷帝学園高等部一年A組の吉田ユキだよ。」

ニッコリと笑った吉田さんに何も言えなくなった跡部と俺。
すると思い付いたような顔で吉田さんが話し始めた。

「ねえ。ひとりのか弱〜い女の子が、跡部様、忍足くん、芥川くんと一緒に誘拐されたなんてファンクラブのお姉様方が知ったら、どういう反応すると思う?」

か弱いって強調した。無理、無理やで今更。

「そりゃ…仕組んだのはその子って思うんやない?それか付きまとっていたんでしょ!とか?」
「ああ、まあ良い印象ではないだろう。同情よりも嫉妬のほうが大きいだろうな。」
「やっぱり?私ファンクラブの子と揉める気は更々無いんだよね。」

どーしよっかなー、なんて顔をポリポリと掻きながら思案顔をする吉田さん。どうする?どうするってなんや?

「別にこのまま此処にいて、『怖かった…っ』てやるのも有りかな、って思ってたんだけど。」

途中要らん演技入ったで!?思わず、うっ…とたじろいでしまう所やったわ。

「事情聴取とか面倒臭そうだから、私帰るね。」
「「は?」」

帰る?は?帰る? 扉に近付く吉田さんに疑問が浮かぶ。彼女が扉の横に立った時を見計らったかのように扉が蹴破られ、拳銃を構えた警察がなだれ込んできた。そして、いつの間にか吉田さんはいなくなってしもたんや。

さっきまでのは夢やったんやろか、とも思えるくらいあっさりと消えてしもた吉田さん。けれど、不自然に積み重なって気絶している犯人たちと、壁を殴った時に出来たひび割れ。どんな力で殴ったんや。コンクリートやで?…この二つが夢やないと証明していて。

警察やら親やら岳人やらに色々聞かれたが、何故か吉田さんのことを話す気にはなれへんかった。信じてもらえへん、っていうのもあったんやろうけどそんなんやなくて、なんとなく、なんとなく話したくなかったんや。