彼女と王子A
まだ空が暗い早朝。
白龍はぼんやりとした頭のままベッドを抜け出した。思考のままならないまま服を着替え、身嗜みを整える。一応自分は皇子なのだ。いつどこで誰に見られているか分からない。
冷たい水で顔を洗えば自然と冴えてくる頭。短く息を吐いて、厨房へと脚を進めた。今日は不本意ながら、ユキ殿に付いてまわる日だ。昨日のシンドバッドの言葉を思い出して眉間に皺を寄せた。
『ユキの朝は早いからな。取り敢えず朝は日が出る頃から準備している筈だ』
長い廊下は少し冷えていて腕をさする。灯りもない為に暗く、本当にこんな時間にあの人が活動しているのだろうか。
厨房に向かう途中ふと外を見れば、目的である人物が軽く身体を動かしていた。一瞬動きを止めたものの、ぐっと意気込んで声をあげた。
「お、おはようございます!」
「おはようございますぅ。」
昨日の事なんて無かったかのような挨拶に拍子抜けするも、興味がないと言われていたのを思い出し、関係ないんだとほんの少し落胆する。ん、落胆?別に落胆する必要なんて無いはずだ。
「今日一日、ユキ殿について回るよう言われました。宜しくお願いします。」
「シンドバッドさんから聞いてますよぉ。いつも通りで良いと言われてるんで頑張ってついて来て下さいねぇ。」
そう言って準備運動を再開する彼女に、顔をしかめる。俺だって皇子とはいえ男で、武人だ。女子供に負けるような柔な鍛え方はしていないつもりだし、負けるとも思っていない。
…そう思っていた数分前の自分を殴りたいと思った。
じゃあ行きましょうかぁーというのんびりとした合図の次の瞬間、彼女は塀の上から市中へと跳んだ。
「えっ」
思わず身を乗り出して塀に飛び乗ると、既に彼女は豆粒ほどの大きさになっていた。
「え…え!?」
突然の出来事に呆然としていたけれど徐々に小さくなる彼女を見て急いで自身も市中へと駆け出した。
港に着くと早朝だというのに多くの人で市は賑わっていた。つい先ほどまで漁に出ていた人から異国から来た商人まで幅広い種族、年齢層の者が集まっていた。その光景に圧倒されてながらあがった息を整えていると、大きな木箱を頭に乗せた一際目立つ人物が目に入った。
「お、来ましたねぇ。んじゃ終わったんで帰りますよぉ。」
「え!?」
次の瞬間には近くの民家の上に飛び移った彼女。そして俺を見ることなく王宮へと跳んで行ったのだった。
────
王宮に着いてから息も絶え絶えの状態で厨房に向かえば、カチャカチャと忙しない音が響き渡り、むわっとした熱気が俺を襲う。自然と顔をしかめればドンッと誰かにぶつかられて体制を崩す。
「す、すみませ…ってあああああ!?皇子!?も、ももも申し訳ありませんっ!!」
え!?とか皇子!?とか驚く声が厨房に響く。確かに俺がこの時間に此処に居るのはおかしいのだろう。取り敢えずぶつかった相手に詫びなければと視線を戻す。
「此方こそ申し訳無…「おーい其処、沸騰してますよぉ。」」
「わあっすみません!失礼します!!」
慌ただしく火の元へ走っていく彼を見送る。手を止めずに指図したユキ殿はその沸騰した鍋に目をやって一瞬眉をひそめた。
「やり直し。後で使うから、それは鍋のままコッチ置いといて。」
「は、はい!すみません!」
「白龍くーん」
「!はい!」
「ちょっと端に寄ってて貰えますかぁ。」
「は、はい…スミマセン。」
悪いことをしてしまったな。邪魔をするつもりは無いのだけれど。
まだ宮廷内の人物の殆どが寝静まっているだろうこの時間に、既に疲労感が貯まっている自分に今日1日きちんとついていけるのかを不安に思った。
14/14
prev next△