あれから一時間と少し。
彼女の仕事が終わる前に彼女に会計をしてもらい、店先で待ってるとひとこと言ってから店を出た。
ライターで煙草に火をつける。肺一杯に吸い込んだソレをフーッと吐き出せば、空へと煙が立ち上る。はやる気持ちを抑えるようにその煙を目で追い、空を見上げて再び煙草に口をつけた。

「あ…」

どれだけぼんやりしていたのか定かではないが、最近漸く聞き慣れてきた声が小さく聞こえた。振り返れば其処には予想通り彼女が居て。一瞬悲しげに目を細めた彼女に疑問を感じたが、それを追求することなく煙草の火を消した。

「お疲れ様っす。」
「え、あ、いえ…ありがとうございます。お待たせしました。」
「…俺が勝手にしてる事ですから。それじゃあ行きましょうか。」
「は、はい。」

一歩足を進めれば、それを見た彼女が俺を追いかけるように動き始める。半歩後ろを歩く彼女に口元が緩みそうになるのを、手を当てる事で隠す。彼女が俺と一緒に居るってだけで嬉しい出来事なのに、半歩後ろを歩くだなんて男をたてるような仕草をするものだからこう…むず痒いというか。(同期の女子では有り得ないからな)
だけどその微妙に離れた距離を埋めたいと思ったのも事実で。俺がほぼ無理矢理で押し切ったこの勉強会でなにか変われば。

「この先にある店なんですけど。あそこなら長居しても平気だし、夕飯も兼ねて行きませんか?」
「あ、はい。」

小さく頷いた彼女から顔を背ける。あー、こんな些細な事で動揺してたらキリがねぇぞ俺。

店に着いてから飯にはまだ早い時間なので、取り敢えず互いに飲み物を注文する。妙に喉が渇くので水を一口含んだ。いつまでも無言でいても仕方がないし、俺が誘ったのだから彼女に気を使わせる訳にもいかないので、声が裏返らないように気をつけながら口を開いた。

「えっと、今日は突然でスミマセン。」
「い、いえ、私がお世話になる身ですから。」

俺が無理矢理誘ったんだから、彼女が申し訳無く思う必要はないのだが、この控えめな所とかもなんだか新鮮で。

「あーっと…今更なんすけど、俺は奈良シカマルっていいます。名前、聞いてもいいですか?」

既にチョウジから聞いて知っているのだが、それでも本人から名前を聞きたいと思って尋ねた。すると軽く目を見開いた彼女は、その後少し困ったように微笑んだ。

「吉田です。吉田ユキ。」
「吉田、ユキさん…」

ユキさん、ユキさんか…。木の葉や砂の国では聞き慣れない名前の響きに、彼女が以前言っていた文字の違いも納得してしまう。

「俺は見ての通り木の葉の忍で、一応上忍やってます。」
「上忍…」

額当てを見せるようにして身分をあかせば、ユキさんは確認するように小さく呟く。その様子に弱冠の疑問を感じながら、持ってきた白紙の紙や携帯用の筆を取り出す。

「あの、先ずは吉田さんが使ってるっていう文字で何か書いて貰ってもいいっすか?似た感じなのか全く違うのか知りたいんです。簡単な文章でいいんで。」
「あ、はい。」

少し戸惑うように筆を持ったユキさん。その様子に、筆自体に慣れてないのではと仮定をたてる。
書かれた文字を見ると使い慣れていないからか、線の太さにバラつきがあるものの、見慣れた文字に似た文字が並んでいた。

「全く違う訳では無いみたいっすね。」
「そう…ですね。文章になると崩した字になりますよね?そうすると読めなくなってしまって。」

彼女の文字に並べて同じ文章を書き連ねていく。決して綺麗とは思えない自分の字だが、ユキさんが俺の字を真似るということは自然と俺の字に似た字になるということで。緩みそうになる口元を隠すように手を添えれば、店員がドリンクを運んでくる。一時的に会話が途切れるが、店員に小さくお礼を言ってる彼女に知らずに笑みが浮かぶ。
そんな俺の感情を知らねえだろう彼女は、戸惑いつつもグッと意気込むように声を出した。

「あの…」
「!はい。」
「先日お客様から戴いた手紙なんですけど」
「あぁ…」

そういえば名前も知らない男からの恋文を読む名目だったな。二人きりで会えるっつー事実に浮かれて忘れてたけど。

「元々、あの手紙にどんな素敵な事が書いてあっても、断るつもりでいたんです。」
「そう、なんすか。」
「はい。」

安堵で緩む唇。だけどその後に続くであろう言葉が嫌でも想像出来てしまう。

「なので、」
「なら、そんなに急いでやる必要は無いってことっすよね。」
「え…」

少し強引だろうと思わないでもないが、そんな事で折角取り付けたこの約束を無碍にはしたくない。極度の面倒臭がりである俺が頑張ってんな、なんて他人事のように思って。

「ああいった手紙って似たような文章が多いので、そういった文章を幾つか考えてたんですけど、一般的に使われる文字からやっていった方が良さそうですね。」
「あの…、お忙しいでしょう?御迷惑じゃないですか…?」
「んなことありません。俺がやりたくてやってるんですから。」
「そう…ですか…。」

少し悲しげに微笑んだ彼女に目を細める。

「そんじゃ、一つだけお願いしてもいいっすか?」
「!…はい。」

一気に身を固めて緊張する彼女。一体どんな無理難題を押し付けると思われてんだ俺は。今まで全てが押し付ける形だったから仕方がないか。まあ、このお願いも俺の得にしかなんねぇんだけど。

「こうやって、一緒に飯食ってくれませんか?」
「…え?」
「一人暮らしなんですけど、やっぱり一人じゃ味気ないって思う事もあって」
「は、はい。そんな事で良ければ…」
「ありがとうございます。」

口角をあげれば、緊張が解けたのかホッと小さく息を吐く彼女。その様子にただ断れないだけではないんじゃないか、と疑問を感じてしまうのは職業病だなと心の中で苦笑した。