早朝に駆り出された任務。欠伸を隠すことなくしながらまだ人通りの少ない道を歩く。

「おはようさん。」
「あ、おはよう、ございます。」
「はは、兄ちゃんも仕事頑張りや。」
「はあ、ども。」

朝は不思議だ。普段はただ通り過ぎていくだけの人達が軽く挨拶を交わす。いい天気だなとか今日も頑張ろうなとか。ほんの一言を、通り過ぎる一瞬に名前も知らない人と交わす。
この挨拶も、何事もないようにやり過ごせば良いだけだったのに。

「おはようございます。」

フワッと微笑んだ彼女に思考が停止する。容姿はどこにでもいる感じの女。箒を持っている所を見ると、この辺りの掃除をしているのだろうと頭の片隅で考える。けれど頭の大半は働いていなくて、ただ挨拶を返せばいいだけだ。それだけ、なのに。

「…お、はようござい、ます。」

漸く絞り出したその言葉は何処か掠れていて。そんな俺に彼女は首を傾げた。

「時間、大丈夫ですか?」
「え?…あ、いけねっ!!」
「ふふ、いってらっしゃい。」

”いってらっしゃい”
駆け出した背中にかけられた言葉に胸が詰まる。暫く走ってから振り返ると、彼女は掃除を再開していて。
前を向いて少しだけ速度をあげる。見上げれば雲が少なく、青く澄んでいる空が広がっていて。

「めんどくせー…」

柄にもなく上がった心拍数を自覚して、自嘲気味に笑った。
この俺が、一目惚れなんて。