俺がこれほど積極的になるとは思わなかった。週に最低でも2日、面倒臭がりの俺が甘味処に通っているんだから、彼女の存在は俺にとってそれほどまでに大きかったという事だろう。しかしまあ、特に話し掛けたりはしないけど(しても注文)。

想像以上に居心地の良い落ち着いた雰囲気の店内。既に指定席となりつつある席に座ると、彼女はお茶を持ってきてくれる。特に甘味が好きなわけでもないので甘くない団子を一本だけ頼んで、熱いお茶を啜る。ぺこりと頭を下げて戻っていく彼女にチラリと視線を移しながら巻物を広げる。
あーくそ、心臓がうるせえ。気を紛らわすようにお茶を啜って視線を落として巻物に目を通す。
意識が巻物に完全に移り始めた頃、コトリと置かれる団子。はっとして視線だけあげると彼女と目が合って途端にうるさくなる鼓動。

「…ども。」

もっと話したいことは沢山あるのに、出てくるのはこんな素っ気ない言葉だけで。けれどこんな俺の一言に彼女は綻ぶような笑みを見せてくれるから、何度でも会いたくなっちまうんだ。

こうして通い始めてひと月がたった頃。常連となりつつある俺はいつもと同じ席に座って、いつも通りに巻物を読んでいた。しかし今の俺はすげぇ険しい顔をしている。何故なら、彼女の目の前に 顔を赤らめた男がいるからだ。…気に食わねぇ。

「あっ、あのっ!」
「はい。」
「こ、これ!読んで下さいっっ!」
「え。」
「それだけなんで!じゃ、じゃあっあのっ…俺はコレで!!」
「え?あ、ちょっ…!」

手紙を一方的に押し付けて走っていく男に、焦ったように手を伸ばす彼女。眉間に皺が寄るのを自覚しながら巻物を片付ける。

「…はぁ。」

客は珍しく少なくて、俺以外には黙々と書き物をしている奴が居るだけだった。立ち上がって溜め息を吐く彼女に近寄って声をかけた。

「あの…」
「へ?あ、はい!」

声をかければパッと振り向く彼女に気分が少しだけ上昇。そのまま言葉を続ける。

「今の…」
「あ、すみません!うるさくしてしまって…」
「あーそれは大丈夫なんすけど。困ってたみたいなんで。」
「えぇっと…」

やべ。馴れ馴れし過ぎただろうか。彼女にとって俺は最近来るようになったただの客なのに。けれど俺の心配とは裏腹に、彼女は眉を下げて笑った。

「お恥ずかしい話なんですが、字が読めなくて。」
「へ?」
「ええっと、住んでいた所と字の書き方が違いまして。」
「へぇ…」

へへ、と笑う彼女。そんな所あるんだ。まぁ知らない土地もまだまだ多いしな。

「…文字、教えましょうか?」
「へ?」

それは、ほんの少しの好奇心と下心。そりゃ、これの目的があの男の恋文を読むっつーことなのは気に食わねぇ。

「その手紙、他人が読むのも微妙でしょう。」
「え、ええ、まぁそうですね?」

それでも、少しでも彼女の事が知りたくて、近付きたくて。
若干強引に押し切った形になったが、困りながらも笑ってくれた彼女に再び鼓動がうるさくなって。誤魔化すように自身の頭に手を置いた。