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「え…イザナから…?」
イザナから直接電話が来たのは初めてのことで、戸惑うと同時に、得体の知れぬ不安感に襲われた。
なんだろう…兄弟ではなく、私に用事があることって…。
「…もしもし」
「急に悪いな。これから空いてるか?」
予想に反して穏やかな口調でこちらを気遣う台詞を吐くイザナに、思わず少し面食らってしまう。
「え、うん…空いてるけど…。どしたの?」
「話がある。蘭たちには言わずに1人で来てほしい。
場所はメールで送る」
「…わかった、なるはやで行くね」
「あぁ、よろしく」
イザナは今の電話の様子みたくどこか柔らかい雰囲気がするときと、思わず背筋がゾクッとするほど怖い時がある。
どちらも本当のイザナなんだけど…全く違う人みたいで、実はちょっとだけ怖い。
それに、ここ数年は人が変わったように怖い時の方が多いんだ。この前の集会の時だってそうだった。そんな時のイザナは決まって、どこを見ているかわからないんだ。
…いや、違うな。きっと何も映ってないんだ。
あの時のイザナの瞳には、きっと何も映っていない。そこにあるのは、ただの空虚だけなんだ。
だからなのかな。本当に何となくだけど…柔らかい時の彼が、本来のイザナな気がしてしまうのは…。
悶々とした気持ちのまま指定された場所に行くと、そこには私服姿のイザナが1人だけで居た。
…あっ…やっぱり今日は柔らかい方のイザナだ…。
こんなイザナを見るのは、一体いつぶりだろう…。
「…お待たせ。カクちゃんも居ないなんて珍しいね」
「あぁ」
「……で、あの、話って?」
「…深愛、お前にしかできない頼みがある」
「えっ…私にしか…?…な、なに…?」
イザナは柔らかい雰囲気のはずなのに、どうしてこんなにも、得体の知れない不安に絡め取られそうなんだろう。
不安が顔に出ているのはわかっている。イザナにもきっと私の気持ちはバレている。
それでも、まるでそれを無視するように、イザナから薄い封筒を渡される。
「…これ、は…?」
「それは、俺に何かあった時にだけ開けてくれ」
「な、何かっt…」
「いいから最後まで聞け」
「………」
「頼みたいことはもう1つある。
…俺について、徹底的に調べろ」
「……はっ…?」
「…俺を、知っておいてくれ」
「………」
「…そして、知った事は全てお前の中に留めておけ。
絶対に誰にも話すな。蘭たちや、鶴蝶にもだ」
「……っ…」
意味がわからなすぎて言葉を探していると、イザナがすっと近づいてきて、深愛の鎖骨あたりに彫られたタトゥーの文字を指でなぞった。
「…イザ、ナ…?」
「……何があっても、お前はお前でいろ。
…お前は、特別なやつだから」
「…?」
「……もう行け」
くるりと背中を向けて私から遠ざかろうとするイザナ。
どうしてなのかはわからないけど、その姿を呼び止めなければいけない気がした。
「…イ、イザナっ、」
「………」
「……また、ね…」
…何を言ってももう届かない気がして、何を言っても軽い気がして、言葉にすることは憚られてしまった。
…きっと、本当のイザナに会えるのはこれが最後なんだ。
覚悟を決めたイザナが私に何かを託したのなら、私はそれを遂行しよう。それが、天竺の一員として、友達として、私にできることだから。
自宅に帰り、封筒を誰にも見つからないところに隠し、静かにパソコンに向かう。
この日から私は、イザナに言われた通り、様々な手を使いイザナについて徹底的に調べ始めた。
そしてイザナの生い立ち、家族とのこと、佐野真一郎のことも調べて、イザナの真実…その全てを知ってしまった。
こんな、こんなの…あんまりだよ…。イザナの事を考えると、胸が苦しくて、涙が止まらなかった。
イザナが怖いほどに光を失ってしまった理由も、本当のイザナにもう会えない理由も、痛いほどわかってしまった。
…自分は独りなんだと、知ってしまったんだ。
ねぇ…どうして…私に教えたの…?
イザナが鎖骨のタトゥーに触れたことを思い出す。
「Let all that you do be done in love. 」
あなたがする全てのことを、愛をもって行いなさい。
「……この先何があっても、お前はお前でいろ。
…お前は、特別なやつだから」
イザナの言葉が頭をよぎる。私は私でいろ…?兄弟について行く意思を曲げるなって、そう言いたいの?
…イザナが壊れていくのを、みんなが堕ちていくところを、愛をもって黙って見守れって、そう言いたいの…?
そんなの…愛でもなんでもないよ…。
ねぇイザナ、本当は何がしたいの…?
私にはあなたが、弟を潰したいようには見えないよ…。
君に、愛の意味を問おう
(この先何があっても、お前はお前の愛を信じろ)