ゆるりゆるりと交叉する





店選びは瀬呂がしてくれた。駅で待ち合わせて、案内されたのはお洒落なエスニックレストランだった。入口はわかりにくい所にあったので、入るのに少し勇気がいったが、中に入るとエキゾチックなお香の匂いと、お洒落なインテリアになまえは驚かされた。席はバーカウンター以外は半個室になっており、ひとつひとつの個室が天井から吊るされたカラフルなベールのような薄布で仕切られており、まるで天蓋のようだった。異国情緒漂う雰囲気は、女子が好きそうなものだったので、瀬呂がこの店を選んだのは意外だった。一番奥の席に案内され、ふかふかのソファに腰掛けた。


「雰囲気良いところだね」

「そうなんすよ。リゾートっぽくて、癒されません?」


そう言って安心したように笑う瀬呂は、女子受けを狙ってこの店を選んだ訳ではなさそうだった。手慣れた様子でメニューを手に取りなまえに渡す。オリジナルのカクテルメニューも、トロピカルなフルーツを使ったものが多く、なまえは何を頼むか悩んでしまった。悩んでいる間も瀬呂は文句も言わずになまえに付き合ってくれ、色々とオススメも教えてくれた。ドリンクと適当なフードを頼んでから、灰皿を瀬呂に渡しながらなまえから話題を振った。


「でも、瀬呂くん・・・っていうか、男の人がこういうお店選んだの意外かも。」

「俺、こういうエスニック風なのが好きで。インテリアとかもついつい見ちゃうんすよね。」


そう言って瀬呂は、少しだけ照れ臭そうに笑った。注文していた料理が来て、なまえは生春巻きを、瀬呂はトムヤムクンを取り分けてお互いに渡す。なまえはこういったタイ料理に使われているパクチーやスパイスが嫌いではなかったので、たまに食べる事があるのだが、ここのタイ料理は、一口口に含んで本場のものだと感じた。トムヤムクンを一口飲んで、美味しいと零すと、瀬呂が「良かったぁ〜」と大袈裟に息をついた。そんな瀬呂に、なまえの方が逆に驚いてしまった。


「え、どしたの?」

「いや、ここの料理って、日本人向けのじゃなくて結構本場に近い味付けなんで、もし苦手だったらどうしようかと思ってました。」


瀬呂はそう言って、笑いながらモヒートを煽った。瀬呂のグラスの氷がからん、と音を立てるのが妙に耳についた。何故そんなにこちらの好みを気にするのかなまえには瀬呂の心理がよく分からなかったが、気を遣われているのに逆に申し訳なさを感じてしまった。


「瀬呂くん、事前に聞いといてくれてたじゃん。」

「いやでも、実際食べてみたら駄目って言う人もいるじゃないすか。だから、ちょっと安心しました。」


そう言って笑った瀬呂の顔は、今日見た中で一番年相応に感じた。その後は学生時代の話や仕事の話、上司の愚痴など様々な世間話に花を咲かせた。瀬呂は良くも悪くもあけすけに物を言うので、なまえはそんな瀬呂に変な気を遣わずに話すことが出来た。今の事務所に就職してからと言うもの、愚痴や弱音をほとんど他人に話した事が無かったなまえにとって、瀬呂との時間は良いストレス発散になった。上鳴の事も相談してみようかと思ったが、どこまで話して良いものか分からなかったので、やめておいた。それに、瀬呂から上鳴になまえが話したと伝わってしまっては、かなり気まずい思いをするのは間違いなかった。瀬呂が他人にべらべら話すタイプではないとは思うが、それを差し引いても昨日の事はもっと自分の中で整理してから他人に相談するべきだとなまえは判断した。


店に入ってから2時間半ほど経ち、お腹も膨れてお酒も良い具合に回ってきたので、そろそろお開きにしようかという話になった。瀬呂が店員を呼び、お会計の旨を伝えた。それと同時に別の店員が来て、食後のデザートをサービスしてくれた。店主と知り合いの瀬呂に気を利かせての店からのサービスだった。


「そんなに仲良いんだね。」

「まぁ、俺の家からも近いですし、食事はほとんど外食で済ましちゃうんで。週の半分くらい通ってた時期もありますよ。」


男の人ってそんなもんか、となまえがぼんやり考えていると、先程お会計を伝えた店員がやって来て、瀬呂に伝票を差し出す。瀬呂はさらさらとその伝票に何かを記入した。それを見て、なまえはハッとした。


「いや!瀬呂くん!私も払うよ!!」


瀬呂が記入していたのはクレジットのサインだった。瀬呂は慣れた手つきで店員からカードを受け取って、カードケースに仕舞う。お会計を伝えた際に既にクレジットカードを渡していたようだ。なんたる早業。慌てて財布を取り出すなまえを、瀬呂はやんわりと制した。


「いやいや、俺が誘ったんで。今日は奢らせてください。」

「でも!私の方が先輩だし!」

「じゃあ、次ご飯行く時奢って下さいよ。」


そう言われてしまっては、なまえとしては何にも反論できなくなってしまう。上手いこと次の約束まで取り付けてしまう瀬呂は、要領の良い男だと思った。後輩にここまで手玉に取られるのを悔しく思っていると、顔に出ていたのか、瀬呂が小さく吹き出した。「まあまあ、アイス溶けちゃうんで、早く食べましょ。」なんて言いながら話を逸らす瀬呂は、年下なのにやけに大人びて見えた。


家の方向が一緒だからと、瀬呂はわざわざなまえの家の最寄駅で降りて改札まで送ってくれた。ここまでされればいくらなまえとて、瀬呂が自分の事を悪からず思っている事の想像はつく。だが、昨日の事で関係がややこしくなってしまったが、なまえが上鳴の事を好きだという気持ちは変わりないのだ。瀬呂の気持ちには答えることは出来ない。瀬呂と話すのは心地よかったが、これ以上彼の好意を利用する訳にはいかない。改札で瀬呂に手を振りながら、なまえは、もう瀬呂と飲みに行くのはやめようと心に決めた。





「はぁ〜・・・疲れた」


ため息をついて、上鳴は事務所から駅までの道をとぼとぼと歩いていた。昼からの出勤だったが、夕方から夜にかけて犯罪率が増える傾向がある為、残業になる事も多い。今日も夕方からバタバタと続け様に出動したのだ。放電しすぎでアホになることは少なくなったものの、続けて個性を使うと疲労も蓄積していく。夜勤の先輩ヒーローと交代して、22時ごろに退勤をした。コンビニで何か買って帰ろうかと、事務所の最寄り駅の横のコンビニに入ろうとした時だった。


「・・・なまえさん?」


駅の改札を出ようとするなまえと、それを見送る男の姿を見たのは。どう見てもデートの帰りであるその様子に、上鳴は思わず物陰に隠れてしまう。男の方は長身で帽子とメガネをかけている。仲よさそうに話して、なまえだけが改札を出る。その二人を見比べて、上鳴はもやもやした気持ちがこみ上げてくるのを感じた。あの男ともなまえはしたのだろうか?やっぱりなまえにとって、男と遊ぶのは普通のことなのか?となまえへの疑念がふつふつと湧き上がる。なまえは上鳴に気付くことなく自宅の方へと歩いて行った。そんななまえの後ろ姿を見ながら、上鳴は自分の中にどす黒い感情が渦となって沈んでいくのを感じた。


「何やってんの、上鳴」


なまえをじっと見ていたら、後ろから聞き覚えのある声がした。勢いよく振り返ると、帽子とメガネをかけた瀬呂がいた。


「瀬呂じゃん!久しぶり!・・・てか、その格好・・・え?」


久しぶりに会った高校の同級生を懐かしむように声をあげたが、その風貌が先程なまえと別れた男と全く同じものだったので、上鳴は混乱した。改札から距離があったので先程は気が付かなかったが、なまえが一緒にいた男は、瀬呂だったのだ。


「は?なんで瀬呂がなまえさんと・・・」

「あぁ、最近知り合ってさ。飲みに行ってたんだよ、さっきまで」


飲みに行った、だけなのか。上鳴の中でそんな疑問が湧いたのと、それを口に出すのはほぼ同時だった。


「飲みに行っただけ?」

「・・・?そうだけど?」


瀬呂は訝しげに己を見る上鳴が、何を意図しているのか分からないような怪訝そうな顔で上鳴に答えた。瀬呂の答えに、上鳴はホッとした。だが、そこで自分がなまえと2人で出掛けたことがないと気が付いた。むしろ瀬呂のように2人で飲みに行く方が健全だし、安心するのは違う気がしてきた。そうやってひとりで百面相をする上鳴に、瀬呂はますます訳がわからないという表情を浮かべていた。