まぶたに透ける青と永遠 01
善と悪。それらは必ずしも二極化するものではなく、表裏一体なものである。誰かにとっては善い行いが、他の誰かにとっては悪い行いであるという事例が、世の中には数多く存在している。
そんな中でも善の象徴であるヒーローと、悪の象徴である敵が相対する世の中の風潮はもはや覆すことの出来ない常識となっている。
すなわち、ヒーローの行いは全て善。敵の行いは全て悪である。
これが超常社会において、国家が出した治安を維持していく上での指標である。
いささか乱暴ではあるが、実にわかりやすく、民衆を掌握するには大変効率が良い方法ではあった。それしか方法がなかったと言えばそこまでではあるが。
さて、なぜ善と悪という途方も無く難解かつ哲学的な議題をここで出したのかと言うと、敵を倒すことはそこに私怨があったとしてもヒーロー活動と言えるのだろうか。
その敵が、民衆に害なす存在である事が確実だったとして、そこに感情が入ると復讐となり得るのだろうか。
「・・・君は年の割に随分と回りくどい言い方をするね。」
「答えて下さい。オールマイト。」
少女の目は恐ろしい程真剣だった。
この問いが、言葉遊びなどでは無く、少女が本気で平和の象徴である自分に問いかけているのだと、オールマイトには痛い程分かった。
ここで自分の出す答え次第で、少女の未来を決めてしまうとさえ思った。
だからこそ、慎重に言葉を選ぶべきであるし、答えを誤ってはいけない。だが、言葉を取り繕う事は、逆に少女への冒涜になると確信していた。
「君の言いたい事は分かるよ。オール・フォー・ワンの事だね。」
「・・・」
「・・・確かに、奴に対して一介の敵以上の感情を抱いていることは認めよう。
だが、奴を野放しにしておくことで、どれほどの人が不安に怯えるだろうか。逆にどれほどの人が奴に感化され、敵になってしまうだろうか。奴の存在は現代社会にとって無視できない巨悪の根源だ。
それを考えれば、私の感情など些細なものだよ。
私は奴を倒さねばならない。むしろ、奴を倒せるのは私しかいないと思っている。たとえこの身がどうなってもね。」
それまで大人びて静かに話を聞いていた少女の顔がみるみる曇っていく。
泣くのを堪えるような、悲痛な表情だった。
これで彼女の求める答えになったのかは分からない。だがオールマイトの本心だった。
「自己犠牲です。そんなの。」
「ヒーローとは、そういうお仕事さ。」
「でも、オールマイトも人間です!殴られれば痛いし、心無い言葉を掛けられれば傷付きます!」
はじめて少女が声を荒げる。だが、やっと年相応の表情の変化が表れたとオールマイトはほっとした。
この子は優しいのだ。だからこそ、自分だけでなく、周りに対して色々なことを考えてしまう。他人の感情の機微に敏感なのだ。特に自らが心を許した人間にはそれが顕著だ。
それ故に、国民が心の拠り所として盲信している自分を、心から案じてくれている。彼女はオールマイトのヒーロー活動の限界が、一日約3時間にまで衰えている事を知っている。だからこそ、こんな回りくどい諭し方をしてまで、オールマイトの身を案じてくれているのだ。
「民意を得た復讐は大義になる。口に出したくはないが、それが今の現状だ。
だが、君がそれを憂う必要は無いよ。奴はそれだけ多くの人々を犠牲にして生き永らえているのだから。」
「・・・あなた一人に背負わせるつもりはありません。私もヒーローになって、奴に報いを。」
その青い瞳の奥に宿っているのが使命感なのか、憎悪なのかは、オールマイトには分からなかった。
だが、射抜くような鋭い青い瞳が、眼を閉じてもまぶたの裏に鮮明に焼き付くようだった。自分とはまた違う、深い青の瞳。
「あまりにも強大すぎる敵だ。君のご両親だって・・・」
そこまで言って、オールマイトはハッとした。失言だった。
そう。地井逹紀の両親は、オール・フォー・ワンによって殺されている。彼女がまだ小学生の時だ。
それから彼女の保護者はオールマイトになった。生前にオールマイトと家族ぐるみで仲の良かった両親の遺言だった。
オールマイトはヒーロー活動で全国を回っている為住居は別だが、数ヶ月にに一回はこうして会うようにしている。
ヒーローという職業柄、いつ居なくなっても良いように、両親は娘にはひととおりの生活能力は教育していたのだが、それにしてもあまりにも早すぎる死だった。
逹紀も、頭では分かっていても心が追いつかなかった。両親の生前は笑顔の絶えない明るい子だったが、今はあまり笑わなくなってしまった。笑顔を見せてくれる事はあるが、心から笑えている訳ではないのだ。なので、まだ逹紀に両親の話題を出すのは憚られると思っていた。だが、逹紀はオールマイトが危惧したような表情を見せる事はなく、視線を逸らさずに力強く言い放った。
「両親には出来なかったことを、私がやり遂げます。その為にずっと、トレーニングしてきたんです。」
オールマイトの思い過ごしだったようだ。逹紀は自分なりに、両親の死を乗り越えたようだった。
両親の死後、逹紀は現実から逃げるように、毎日きついトレーニングに励むようになった。あまりにも自分を追い込んで、身体を壊してしまいそうだったので、見かねてオールマイトがスケジュールを組んだのだが。
その成果もあって、逹紀は身体機能も個性の使い方も、そのへんの中学生とは比べ物にならない程上達していた。
「たしかに君はこの数年間で、驚く程強くなった。だが、相手は何人ものプロヒーローが束になっても敵わなかった敵だ。まだまだ強くならなくてはいけない。
私だけで見るのも限界がある。そこでだ、逹紀。雄英高校を受験してみないか?」
「ヒーロー科の名門校ですね。オールマイトの母校。」
「そうだ!今日はその為に来たんだよ。ここだけの話、雄英で教師をやってみないかと声が掛かってね。再来年から教師をやるつもりなんだ。」
逹紀の実力なら、筆記試験も実技試験も問題はないだろう。それに、自分の目の届くところにいてくれた方が、オールマイトとしても安心できる。
「そうですね・・・両親の母校だった士傑にしようかとも思っていたんですが、オールマイトが居るなら、雄英にします。」
「そうだったのか・・・知らなかったよ。」
「あ!いや、進路黙っていたとかではなくてですね・・・。聞かれなかったし、それに、今志望校雄英に変わりましたし!」
逹紀はそう言ってくれたが、やはりまだあまり信頼されていないのかもしれない・・・とオールマイトは落ち込んだ。
連絡は毎日取り合っているが、顔を合わせられるのは数ヶ月に一度なので、会う頻度としては親戚のおじさん程度なのかもしれない。しゅんとしたオールマイトに、申し訳なさそうにフォローを入れる逹紀は先程詰問していた時とは別人のようだ。逹紀に悟られないように、オールマイトはほっと息をついた。
「これからは受験勉強しながらトレーニングになるから、あまり無理しすぎないようにね。家事もあるんだし。」
「はい。あ、お茶のおかわりいりますか?」
「いや、大丈夫だよ。もうそろそろ行かないと。思ったより長居をしてしまったな。」
「いつでも来て下さい。」
逹紀はそう言って、にこりと笑った。オールマイトは名前が自分以外の人間と話しているところを久しく見ていないが、他の人間に対しても笑えているのだろうか。一瞬そう考えて、すぐにその考えを一蹴した。全ての元凶、オール・フォー・ワンを自分が倒せば全て済むことだ。改めて決意を固くした。
「じゃあまた。これから私も雄英に着任の為に色々と準備があるから、忙しくなりそうだ。」
「そうですか。お身体に気を付けて下さいね。」
「ありがとう!また連絡するよ。」
オールマイトはそう言って逹紀の家を出た。外は寒かったが、逹紀はオールマイトが見えなくなるまでドアの外で見送ってくれていた。
これは、平和の象徴が、緑谷出久と出会う数ヶ月前の冬の出来事である。