まぶたに透ける青と永遠 02
冬に逹紀のもとにオールマイトが訪ねてきてから約一年が過ぎ、雄英高校一般入試の日が近付いてきていた。あの日から何回かオールマイトは訪ねてきてくれたが、本当に忙しそうだった。普段のヒーロー活動に加え、後継者を見つけたそうで、そのトレーニングに余念がなかった。逹紀は、ワン・フォー・オールの個性について詳しくは知らなかった為、"後継者"の本当の意味は分からなかったが、オールマイトが全盛期より衰えている事から、次の平和の象徴を任すに足る器の人物が見つかったのだろう、と漠然と感じていた。
その事について逹紀は特に何も感じなかった。両親を亡くして、他に身寄りもなかった自分を保護してくれただけでオールマイトには感謝しきれない恩があるし、ヒーローになると決めたのも自分の意思だった。名義上は保護者であるオールマイトだが、住む場所は別であるし、金銭面も両親が残してくれたものがあるので援助してもらっていないので、本当に形だけだが、それでも時々会いに来てくれるのは有り難い。
両親が亡くなる前まではオールマイトはTVの中のヒーローだったし、両親と仲が良いのは知っていたけれど、両親もオールマイトもトップヒーローだった為、中々プライベートで会う機会は無かった。本当に数回、ちょっと話してサインをもらう程度の付き合いだった。
昔から憧れではあるけれど、だからこそ隣に並べるとは全く思っていないし、ましてや平和の象徴なんて、自分が出来るとは思えない。それに、オールマイトがあんな大怪我を負って、活動時間も限られるような身体になっているのを知っているからこそ、平和の象徴そのものに逹紀は反対だった。
そんな、1人の犠牲の上に成り立っているような平和な社会なんて、いつか成り立たなくなるに決まっている、と。
それはともかく、そういった理由からオールマイトとはほとんどがメールでのやり取りで、入試前日に少し電話で話したくらいだった。その際、この春からオールマイトが雄英の教師になるのは決定したが、今回の入試には関わらないとの事だった。
そう聞いて、逹紀は実技試験で教師による採点形式があるのかな、と非常に勘が鋭いことを考えていた。オールマイトは意外とうっかりしている。
入試当日の朝、試験がんばれといった旨のメールが届いていたので、精一杯がんばります!と返信しておいた。
逹紀はラッシュに巻き込まれないように早めの電車に乗り、試験会場に着いた。早かったせいか、人はまばらだ。実技試験が始めにあるので、校内の案内に従って講堂のような大きな教室に入る。自分の中学校からも何人か受験している筈だが、まだ誰も来ていないようだった。逹紀は午後からの筆記試験に向けて、最後の追い込みでもしようかと、英語の単語帳を開いた。
そうしていると、いつのまにか時間になったようで、プロヒーローのプレゼント・マイクが講堂に入って来て、およそ入試試験とは思えないようなテンションで実技試験の概要の説明を始めた。さすが自由な校風の雄英である。
試験内容は、簡単に言えば一体のお邪魔なギミックを除いて、とにかく仮想敵を倒しまくれ、という事らしい。だが、それだとオールマイトがうっかりこぼした教師による採点方式が成り立たないなと思った。つまり、この試験にはプレゼント・マイクの説明には無かった+αの採点形式が存在するようだ。だがそんな事を考えている暇はなく、説明が終わったらすぐに演習会場に向かわなくてはならないので、とにかく仮想敵を一機でも多く倒そう、と逹紀は気を引き締めた。
男女別の更衣室に入り、持参した服装に着替える。逹紀は素早く準備できるように制服の下にトレーニングウェアを着ている為、着替えはすぐ終わった。制服を脱いで、スポーツブラとハーフパンツ姿になり、グローブと足先のサポーターを付けるだけだ。"個性"の特性上、どうしても露出が多くなってしまうが致し方なかった。演習場は外にあるので、パーカーを羽織ろうか迷っていると、気を抜いていた為か、"尻尾"が隣の人の足に当たってしまった。
「・・・わっ!」
「あ、ごめんなさい。」
「いや、大丈夫。びっくりしただけ。」
そう言った少女の耳たぶはイヤホンジャックのような変わった形状をしていた。逹紀の耳も人間のそれではないので、人の事は言えないのだが。
「・・・ヒョウ?」
「いや、私の"個性"、「チーター」なんだ。」
「なるほどね。だからそんな感じの服装なんだ。」
少女が露出が多い自分の服装のことを指しているとすぐにわかった。逹紀のそれとは反対に、少女は上下長袖のジャージだったからだ。
逹紀の"個性"は「チーター」。普段は尻尾と耳がチーターのそれで、状況に応じて四肢や胴体もチーターに変化させる事が可能だ。なので、"個性"を使う時は変化の妨げにならないように、なるべく軽装を心掛けている為、どうしても露出が多くなってしまうのだ。改めて他人から指摘されるとやはり恥ずかしいものだ。
「ウチの"個性"はこの耳、「イヤホンジャック」。まぁ、見れば分かるか。」
少女はそう言って、特徴的な耳を顔の前でプラプラさせた。操作どころか伸縮も自由自在みたいだ。そうこうしているうちに、更衣室内の人もまばらになってきたので、2人で急いで演習場に向かった。結局パーカーは着てこなかった。どうせ脱いでしまうと思ったからだ。
イヤホンジャックの少女とは演習場が別だったので、お互い頑張ろうと言って更衣室前で別れた。
逹紀が向かった演習場の扉前には、もうかなりの人数が待機していた。逹紀はスタートダッシュがしやすいように、その一団から少し外れた、扉の端で待機することにした。その一団の後ろを通り過ぎる時、下の方から「ケモ耳スレンダー女子・・・まじかよ・・・」とか聞こえた気がしたが、関わると面倒臭そうだと思い、スルーした。
丁度逹紀が扉前に待機した時、スピーカーから『ハイスタートー!』と合図があったので、反射的に地面を蹴ってスタートしてしたが、正解だったようだ。プレゼントマイクが急かす声が聞こえ、後ろの一団が一斉に雪崩れ込んできた。
あの一団と一緒だったら自分の持ち味の加速が出来なかったな、と逹紀はホッとした。目の前に仮想敵が現れたので、スピードに乗せて蹴りを繰り出すと、意外とすんなり壊れてくれた。どうやら1Pの敵だったようだ。
3分程様子を見ながら敵を倒しているが、ポイント数に応じて耐久性がかなり異なるようだ。3Pの敵は逹紀1人で倒すには手間がかかりそうだ。逹紀はスピードや咄嗟の判断力、反射神経に優れている分、一撃の威力が軽いのだ。よって、この試験では高ポイントの敵を倒すよりも、数が多く耐久性が低い1Pや2Pの敵を重点的に狙う方が効率が良いと判断した。
そう考えながら2Pの敵を倒して、次に行こうとしたのだが、少し先で目の前の2Pの敵に気を取られて背後に近づく3Pの敵に気付いていない様子の受験生が目に入った。逹紀が狙うには効率は良くないが、目にした瞬間逹紀は走り出していた。
「危ない!」
3P敵がその受験生に襲いかかる直前、名前の脚が敵に届いた。丁度細くなっている関節部分だったようで、敵の動きが鈍くなった。逹紀の声に受験生も気が付いたようで、すぐに3P敵の方を撃破していた。自身を硬化する"個性"のようだ。腕を硬化して敵に殴りかかっていた。
「わりィ!助かった!ありがとな!」
「どういたしまして。でも、私の救けなんていらなかったかもね。」
彼の強化系"個性"は純粋に攻撃に長けているようで、逹紀が倒すのに時間がかかる3P敵も難なく倒していた。それに、こんな状況なのに、ご丁寧にお礼まで言ってくれたのが好印象だった。
「いや!全然気付いてなかったから、あのままだと負傷してたかもしんねぇ!ほんとありがとな!」
「それは良かった。お互い頑張ろうね。」
そう言って、逹紀が次の敵を探そうとした時だった。ビルの後ろから、とてつもなく大きい仮想敵が現れた。今までの敵とは比にならない大きさに、思わず動きを止めて、見上げてしまった。
それは隣の彼も同じようで、ギザギザの歯のならぶ口をあんぐり開けて、逹紀と同じように巨大敵を見上げていた。
隣で、「おいおい、嘘だろ・・・?」という呟きが聞こえてきて、逹紀は心の中で激しく同感した。実技試験残り時間5分を切ったところだった。
まだまだ試験は終わりそうにない。