強さ正しさの模倣 06

切島はすごいものを見たと思った。付き合いは浅いが、クソを下水で煮込んだような性格の爆豪が、緑谷以外の人物ーーそれも女子ーーに、自分から突っかかって行くのをその目で初めて見たからだ。騎馬戦のチーム決めの時も、やたら逹紀に固執しているような気はしたし、もしかしたらとは思っていたが、己の勘はどうやら当たりだったようだ。爆豪の逹紀に対するそれは、まるで小学生が好きな子に構って欲しくてちょっかいを出す態度にしか見えなかった。だが逹紀に関しては、先程のあっけらかんとした態度からして、ほとんど爆豪の事を意識していないように見えた。珍しく落ち着かない様子の逹紀にイライラし始めた隣の不器用な男に、爆豪ドンマイ、と心の中で呟いた。



トーナメントのくじ引きを始めようとするミッドナイトに、尾白が辞退したいと申告する。尾白は先程逹紀に話してくれた事をミッドナイトにも述べ、A組のメンバーの説得にも首を縦に振らなかった。その青臭い姿勢がミッドナイトの好みだったようで、尾白の棄権が認められた。


そんなやりとりを爆豪は興味なさそうに聞いていた。爆豪にとっては誰がトーナメントに出ようが、自分が完膚なきまでの1位になるという目標は変わらないからだ。爆豪にとってはそれよりも、さっきから隣で落ち着きなくソワソワしている逹紀の方が気になっていた。

「おい、猫女・・・さっきからソワソワしてうぜぇんだよ・・・」

爆豪も一応周りを気遣う余裕はあるのか、いつもより声のボリュームを下げて逹紀に食って掛かった。爆豪の視界の隅には表情よりも感情豊かな、逹紀の尻尾が落ち着きなく揺れているのが見えていた。逹紀はそう言われ、僅かだがビクリと肩を跳ねさせた。そして弱々しくごめん、と一言爆豪に謝った。そんな逹紀の態度が珍しかったようで、爆豪は理由を知りたくなった。いつもなら爆豪にどんな事を言われようが、あっけらかんとしているからだ。

「あ?何だっつーんだよ」

グラウンドでは棄権した尾白の代わりに、障害物競争で上位だったB組の塩崎が繰り上がりでトーナメントに出場することになったようで、一位の轟チームからくじを引くようミッドナイトが指示を出している。逹紀は爆豪が理由を聞いてくるとは思っていなかったようで、少し驚いた表情をした。爆豪は普段はあまり感情を表に出さない逹紀が、ころころと表情を変える様子に、誰と比べる訳では無いが何故か優越感を抱いていた。だがそんな爆豪の余裕は、逹紀から発せられた言葉によって呆気なく無くなってしまった。

「・・・いや、このカッコ、ちょっと恥ずかしくて・・・」
「・・・は?」

いや、コスチュームと露出度変わらないだろ、とかそう思うなら初めから着るなよ、とか様々な考えが瞬時に爆豪の頭の中を駆け抜けた。それと同時に、あまりにも逹紀が己の予想外の言葉を発したものだから、ろくな反応を返せなかった。爆豪が固まってしまったので、逹紀はおずおずと爆豪の方へと顔を向ける。その頬はほんのりと赤く染まり、耳は雄弁な尻尾と同じ様にピョコピョコと動き回っている。

ーーそして、逹紀の何処か熱を孕んだ瞳が爆豪を捉えた。


その瞬間、爆豪の中でぶわっと何かがせめぎ合った。それがどういったものなのか爆豪には理解出来なかったが、自分が今まで経験した事の無い感情だったのは確かだった。



「次!爆豪チーム!」



ミッドナイトの声に爆豪はハッとした。轟チームのくじ引きが終わったようだ。急に現実に引き戻され、爆豪は訳も分からず自分のジャージの上着を脱いで、逹紀に投げつけていた。

「これでも着とけや!」

いきなりの事に逹紀はとっさに反応できず、顔面でジャージを受け止めてしまった。爆豪はいつにも増してイライラとした足取りで壇上へと登って行った。2人のやりとりをこっそり爆豪の隣で聞いていた切島も、顔面でジャージを受け止めた逹紀も、あまりにも予想外の爆豪の反応に、ポカンとした顔をしてしまった。

「あー・・・バクゴー、今のはねーわ」
「何なに?ラブ!?」

どうやら同じようにやり取りを聞いていた瀬呂と芦戸が、爆豪に聞こえないようにそう呟き、壇上に上がってゆく。切島も2人が動き出した事で我に返り、急いで壇上へと上がる。そして「爆豪・・・漢らしいぜ!」と爆豪に絡み、舌打ちを返されていた。残された逹紀は、厚意を無下にするのも良くないと思い、投げつけられたジャージを羽織って自分のチームが呼ばれるのを待つ事にした。

以前入試の時、同じように心操にジャージを借りた事があるが、爆豪の方がサイズが大きい。ほんのりとあの甘い汗の匂いと、爆豪自身の匂いが混ざった香りに包まれる。常人よりも鼻のいい逹紀は、匂いもその分強く感じ取ってしまうのだが、この香りは嫌な気分はしなかった。顔に集まった熱は、何故かしばらく引くことはなかった。



全チームのくじ引きが終了し、トーナメントの対戦の組み合わせが発表された。逹紀の1回戦の相手は切島だ。

「お!1回戦の相手地井じゃん!」

すぐ近くに居た切島が身を乗り出して逹紀に話かける。逹紀は人懐こい笑顔を浮かべる切島に対して、「負けないよ」と無意識に好戦的な笑みを浮かべる。逹紀に挑発されるような形になった切島も、その特徴的な鋭利な歯を惜しげもなく見せて笑みを浮かべ、「おう!」と拳を突き出してきた。何の意味があって拳を出しているか逹紀は分からず、その拳と切島の顔を交互に見つめる。

「地井も同じように拳出せよ」

切島は逹紀にそう説明した。言われた通りに逹紀も拳を握って切島に拳を差し出す。切島の大きな拳ががつん、と逹紀の拳に当たる。意識してなかったとはいえ少し痛かった。

「切島くん、"個性"使った?」
「使う訳ねーよ!」

切島が慌てて拳を開いて裏表と逹紀に向かって見せる。確かに"個性"を発動する時のようにガチガチにはなっていない。以前も思ったが、切島の拳は良く鍛えられている。"個性"の特性上、彼が戦う時は素手で戦うことが多いからだろう。鍛えられてゴツゴツしている為、痛く感じたのだ。自分のそれとは違う切島の掌を、逹紀は徐ろに手に取ってまじまじと見る。手を取られた瞬間、切島が息を吸い込んだのだが、逹紀がそれに気付く事は無く、ぺたぺたと切島の手を触り続ける。切島は己の"個性"ではなくガチガチに緊張していたが、ふと後ろから感じる視線に気がつく。チラリと振り返ると鬼の形相をした爆豪と目があった。思わず冷や汗が背中を伝う。それと同時に、切島の手に出来ていた古い豆の跡を逹紀がなぞった。

「ぅうわぁぁ!!」

切島は真っ赤になって握られていた手をバッと振り払った。いきなり叫んで手を振り払われた逹紀は、ひどく驚いた顔をしていた。だがすぐに自分のした事を理解し、切島に謝罪をする。

「あ、ごめん!嫌だったよね!つい夢中になっちゃって・・・」
「いや!俺の方こそ!いきなりビックリしたよな!」

切島も続けて「わりぃな、」と謝る所に、切島の人の良さが滲み出ている。ションボリと耳と尻尾を垂れさせる逹紀に、切島はコッソリと耳打ちをする。

「でも地井、あんまし男にこんな風に近付くの良くないと思うぞ・・・」

「え?」と不思議そうに逹紀は顔を上げて切島を見る。耳打ちしたせいで思ったより距離が近く、切島は収まった顔の熱が再び集まるのを感じる。急いで距離を取り、顔の熱を散らすように首を振りながら付け加えるように言葉を続けた。

「いや!地井が嫌とかじゃなくてな!むしろ逆で・・・」
「おいクソ髪」

背後から聞こえた声にピシリ、と切島は固まってしまった。やばい、爆破されるかと身を固めたが、その衝撃は来ず、爆豪は先ほどの鬼の形相が嘘のように落ち着いた表情で切島の隣に並んだ。全てのチームのくじ引きが終わり、ゾロゾロと生徒が移動し始めていた。爆豪は生徒が移動する方向を顎で指した。行くぞ、という事らしい。

「テメェもあんましベタベタすんな」

爆豪は逹紀にそう言ってサッサと歩き始めてしまった。逹紀は、なぜ爆豪がそんな事を言うのか全く理解出来なかった。だが、以前爆豪に抱き着くような形になってしまって怒られた事があるから、それがよっぽど嫌だったんだろうな、と自己完結した。解釈がズレているのだが、それを訂正する者はいなかった。そして逹紀も移動する生徒に続いてゲートへと向かった。

残された切島は、爆豪を追う事も逹紀を追う事もできずに立ち竦んでしまった。すると後ろからポン、と肩を叩かれた。

「逹紀のアレ、無意識だから怖いよね。切島ドンマイ」
「耳郎・・・」

切島と耳郎は2人してハァ、とため息をついた。この先2人は多いに苦労することになるのだが、この時点で2人はまだその事を知らない。