まぶたに透ける青と永遠 03

実技試験も終盤に差し掛かりそうな頃、どこからともなく巨大な0P敵が現れた。周りのビルと同じかそれより大きいくらいで、あの下敷きになったら死ぬんじゃないか、と逹紀が敵の足元にふと目をやった時。

巨大敵の足元に小さな人影が見えた。
何故かその場から動かない。否、動けないのだとしたら・・・

「・・・あっ!おい!!正気か!?」

逹紀がいきなり0P敵に向かっていったので、先程救けられた彼はかなり驚いた様子で声をあげた。だがその声に反応する余裕など、逹紀には無かった。
逹紀が居たところから敵までは約200m。トップスピードに乗って約7秒。それまでに、間に合うか?間に合ったとして、どうやって救ける?色々な事は考えたが、とにかく、早く、

あと数mに近づいた時、蹲っていた人が振り向いた。隈がひどい目を大きく見開いて、こちらを見ていた。紫色の髪の毛の男の子だった。
逹紀は走って来た勢いそのままに、彼と0P敵との間に滑り込み、声をかけた。

「大丈夫?立てる?」
「は?いや、アンタ、・・・」
「いいから。早く」
「・・・足を挫いた上に瓦礫に挟まっちまって・・・。クソッ抜けね・・・」

逹紀は0P敵から視線を外さずに話しかけた。はじめは驚いた様子だったが、すぐ質問に返答してくれた。彼が冷静で助かった。0P敵は、図体のせいか、動くスピードはかなり鈍かった。まだ距離はあったが、ゆっくりしている暇はないと判断し、チラリと彼の足の様子を見る。瓦礫で見えないが、挫いた上に下敷きにされているのだから、彼ひとりでは歩けそうにないだろう。となると、歩く補助が必要なはず。自分一人で負傷者を敵から守りながら、安全な場所まで連れて行く・・・難易度がいきなりはね上がったが、試験とはいえ目の前に敵が迫っている以上、やるしかなかった。

「とりあえず、瓦礫退かすね。足の感覚はある?」
「ああ。足先は動かせるから、足首が引っかかってるんだと思う。」
「分かった。痛かったり、違和感があったら言って。」

逹紀は変化を解いて、人間の姿になった。その方が細かい作業が出来ると思ったからだ。隣の彼が息を呑んだ気がしたが、とにかく時間が無かったので逹紀は気にせず瓦礫を退かす作業に専念した。チーターになっている時は、獣が服を着ているような姿なので、特に気にならないが、変化を解いて人間の姿になると途端に露出が多い格好になってしまうのだ。逹紀は肌を晒して申し訳ないくらいにしか思っていないのだが、思春期真っ最中の中学男子には些か刺激が強いものだろう。救けられている彼もそれは例外ではなく、不自然に逹紀から視線を外した。

瓦礫は足の自由を奪ってはいたが、ひとつひとつはそれほど大きくなく、重さも逹紀が持てるくらいだったので、撤去はすぐに終わった。0P敵は現れた所からほとんど移動せずに、その場で暴れ回っている。初動の時が一番町の損壊が大きかったようだ。現れた地点から近くに居た彼が巻き込まれたのは、運が悪かったとしか言いようが無かった。
足首は腫れていたが、出血などもしていなかったし、本人も大丈夫と言ったので、逹紀は肩を貸して立ち上がろうとした時。

「おーい!大丈夫かー?」

先程逹紀が救けた「硬化」の彼がこちらに向かってきていた。彼も0P敵が出現した地点から大して動かずに暴れ回っているのだと気付いたようだった。大声を出した事で群がってきた仮想敵を倒しながら向かってくるのは、流石といえる。

「わざわざありがとう。ちょっと私一人だと変に体重かけちゃうかなって思ってて。」
「気にすんな!あそこで見てるだけなんて、漢らしくないからな!」

そう言って、逹紀が支える反対側を支えてくれた。なんて良い人だ、と逹紀は感動した。そうして0P敵からある程度距離が開いた所で彼を下ろした。本当は入口までと思ったが、救けられた彼が、まだ試験時間も残っているし、申し訳ないとのことで、試験場内で一旦座っていてもらうことになった。
その時点で残り時間は1分半くらいだったので、彼の周りに敵が寄ってこないようにしつつ敵を倒してポイントを稼いだ。

『終 了 〜 !!!!』

最後に2P敵を倒したところで、試験終了のアナウンスが大音量で鳴り響いた。逹紀の耳はチーターのそれなので、小さな音でも拾ってしまう。このような大音量だと尚更である。キーンとする耳を手で押さえながら、怪我をした彼の元へ向かう。途中から何Pか数えるのを忘れていたが、逹紀にとっては悔いのない試験だった。怪我人を救うことも出来たからだ。

「足、大丈夫?保健室いこ?」

俯いている紫色の頭に声を掛ける。逹紀の声に、バッと音でも聞こえてきそうなくらい勢い良く顔が上がった。隈がかかった目が大きく見開いていた。今度は口もぽかんと開いていて、ひどく驚いているようだ。

男子に話しかけられて驚かれたり、無視されたりするのには慣れていた。逹紀が学校で話しかけると、男子はほとんどがそうだったからだ。女子もあからさまに無視されたり、話しかけると赤くなられて会話にならなかったりがほとんどだったので、友達と言える人もいなかった。小学校ではそんな事なかったのだが、中学入学直前に急に身長が伸びて、肉付きもよくなってからだった気がする。その時期は逹紀も両親を亡くした後で、正直他人と関わる余裕も無かったので好都合と言えばそうだった。別にいじめられている訳でも無かったし、二人一組とかグループ作りの時はむしろ率先して声を掛けられたので、不都合は無かった。
そんな事があったから、また無視されるかな、と思ったが、彼は視線を外しながらだが無視はしなかった。

「アンタ、なんで試験なのに人の世話焼いてんだよ」

彼は顔を歪めながら、ポツリと呟いた。その表情からはどこか卑屈そうな、何かを諦めているような、そんな風に逹紀には感じられた。まるで両親が死んだ直後の自分を見ているようだった。

「これはある人からの受け売りなんだけどね、」

座り込んでいる彼と目線を合わせるように、逹紀もしゃがみこんで声をかけた。
自分がどうしようもなくなって、この世界に一人取り残されたような気分になった時、かけてもらった言葉。それでどれだけ救われたか。

「余計なお世話は、ヒーローの本質なんだって。」

ゆっくりと彼が顔を上げる。その目にはもう卑屈さは浮かんでいなかった。あるのはただ、熱を孕んだ決意の瞳だった。その瞳が眩しいものを見るかの様に緩く細められた。

「・・・は、アンタ、どうかしてるな。」

言葉は揶揄するものだったが、表情や声色からは全く悪意は感じられなかった。彼なりの照れ隠しの様なものなのかもしれない。幾分緊張が和らいだような彼に、逹紀もひと安心した。
すると、遠くから今までに聞かなかった声が聞こえた。逹紀の耳がピクリと反応する。妙齢の女性のようだ。怪我した者はいないか尋ねている。

「保健室まで行かなくて良かったみたい。治療してくれるって。」
「は?そんな事、どこから・・・?」
「私の"この耳"動物並みに音を拾えるの。ホラ、肩貸すから行こ。」

逹紀が肩を担ごうとすると、何故か制されてしまった。訝しげに彼を見ると、申し訳なさそうな顔を背けながら言った。

「いや、有り難いんだけど・・・ちょっとさ、これ着てもらえないか?」

そう言って、彼が羽織っていたジャージのパーカーを渡された。その頬は心なしか少し赤い気がする。それを見て、逹紀も少し恥ずかしくなった。自分の露出の事を思うと、肩を貸すと確かに肌が触れ合いすぎるのかもしれない。配慮が足りなかったことへの申し訳なさと、今更ながら自分がそういう格好をしている事の気恥ずかしさを感じた。

「あ・・・、ごめん。気をつけます。ありがとう。」
「いや、むしろ悪いな。こっちの問題だから・・・」

なんとなく気まずくなってしまったが、先程声がした方より近い所で、再び怪我人はいないか尋ねる声がしたので、向かう事にした。彼をリカバリーガールの元に送り届けると、無傷なら早く着替えてきな、と言われたのでそうする事にした。

「これ、ありがとう。返すね。」
「あ、おう。・・・あのさ、ありがとう。本当に。」

ジャージを脱いで返すと、今度はしっかり目を合わせてお礼を言ってくれた。逹紀は嬉しくなって、思わず笑顔をこぼした。すると彼の顔がみるみる耳まで真っ赤になっていった。逹紀は熱があるかも見てもらった方が良いんじゃないか?と思ったが、それを口に出すより早く、彼の方が口を開いた。

「俺!心操人使!お互い、受かるといいな。」
「私、地井逹紀。そうだね。筆記も頑張ろうね。」

そうして、心操とはそこで別れた。そういえば自己紹介してなかったな、と向こうから言われて初めて気が付いた。逹紀は勘は鋭いが、変な所で抜けているのだ。オールマイト以外の人間とここまで長く話して行動を共にしたのは久しぶりだった。



足早に更衣室に向かうと、人はまばらだった。隣のロッカーを使っていたイヤホンジャックの子も、もう着替え終わったようで、ロッカーは空だった。逹紀も午後からの筆記試験に備えようと、そそくさと着替え始めた。