拙者、イデア・シュラウド。イグニハイド寮所属のNRC3年生也。
 趣味、PCゲー。ジャンルは問わない。そんなPCゲーで大丈夫か? 大丈夫だ問題ない。最近の沼は、マスターがサーバントと契約してニコイチで戦うゲーム。フヒヒ、これがなかなか面白いんですわ。背を任せて戦う系ってやっぱり王道で、よきですな。あ、このゲーム裏切られとかあったわ。


「おにーちゃん!」


 そういえば、ボキュに、妹ができました。

――――





「あ! 兄さん今日は授業でるの?」
「うん、今日はそういう気分ですな。オルトもいく?」
「今日はいいやー。行ってらっしゃい兄さん」

 錬金術は嫌いじゃない。野外にでる必要がないからだ。たまーにごくごくたまーになら、気分転換に部屋から出るのもオツですかな。錬金術ですしお寿司。イデアはホクホクとした顔で、部屋を出た。ロッカーに行き、いつものジャージを脱ぐ。ちょっとくたびれ始めた実験着に袖を通して、髪をまとめた。

 3年生にもなれば、実践授業のレベルも段違いだ。名門校も名ばかりではない。扱う素材や薬品は希少なものになる。イデアは錬金術が嫌いではない、むしろ好きなのでわりと授業を楽しみにしている。担当教員のことは、そんなに、いやだいぶ、苦手だが。犬派とは相容れねえわ。……ごめん、うちのケルベロスは犬だから、わりと好き。

 錬金術の授業は、1年生は必ずペアで作業しなければならない。ペアワーク。特殊な作業に慣れるために、お互いを補佐しながら課題物を作成する勉強スタイル。イデアは ”大の苦手授業” にカテゴライズしていた。”わりと好き” に変化したのは、ここ最近だ。学年があがるにつれて作業難易度もあがり、おしゃべりは自然と減る。失敗すれば大怪我だってするような課題物もあるからだ。もちろんペアワークも任意になる。


 かつてイデアが1年生だったころ……。今でも思い出すだけでも身の毛がよだつ。マジで消滅するかと思った。ココロと連動して髪の炎が小さくなる。そう、かつてイデアが1年生だったころ。マジカメ映えばえのケイトと組んだことがある。圧倒的な陽キャオーラにあてられて、イデアは消火しかけた。 タブレットの導入もなかったため、どもって仕方ない震える声を出せば「え? どうかした? なに??」ですよねーー。ハイハイ、知ってました。陰の者の声が届くわけありませんでした。会話するのやめよう。筆談に切り替えてみても「ねーねー、その髪マジもんの炎?」「現在進行形で、燃えてるってこと?」まって、はなしきい「やば、映えじゃん!! マジカメにあげていい?」なぜ勝手に話を進める?? ドッジボールかな??? 結果、無駄に構われた。あんな苦しい思いをするくらいならもう行くもんかと、イデアは心に決めたのだった。


 苦々しい過去を思い出しているイデアの隣では、きゃいきゃいとペアで作業している同級生たち。ちらりと隣の大釜を見るに、まったく作業が進んでいないようだった。錬金術の微妙な科学と、創意工夫が反映される芸術じみたところをイデアは気に入っていた。この学問の見事な均衡をわからぬとは、愚かなり。魂からやり直せと、イデアはなぜか強気だった。これだから陽キャは、イデアがしけた目で同級生をみる。視線の先では、ふらふらと身体を遊ばせて、へらへら楽しそうにする同級生の姿。思ったよりも近くにあった。

「あ、わりぃ」
「あ」

 イデアが苦労して粉末状にした、貴重なユニコーンの角が大釜の中へ。そして、ぶつかった反動で、机に出していた呪われし人形から滲み出た鉱石がコロリと中へ。
 さらに、ぶつかってきた陽キャA氏の、……それは、なんだ!!!! おまっ、なんで課題物作成に不必要すぎる、SSR素材を手にしている??? そしてなんで落とした??? まじでこれだから陽キャはさァ!!!! どこからその行動力と自信がでてくるの??? マヂムリ. カエリタイ. 現実逃避を図るも、目の前の大釜はぶくぶくと膨れ上がっていく。そして————

ボンッッッツ!!!!!

「うわあああああああああ」

 大爆音に、一同悲鳴をあげる。
 ゲッフ、ゴボゴホ。視界を煙が覆い隠す。クルーウェルのガチギレした声が煙と一緒に渦巻いている。サァアアとイデアの青白い顔に絶望のフィルターがかかる。煙先輩、晴れないで!!!! イデアは強く願った。煙が目にしみたのか別の理由か、イデアの瞳はうっすら膜を張っていた。

「けほけほ」

 オイオイオイオイ、だれですか、くそかわ CV で咳き込んでるやつ。可愛く咳き込んでも許さねぇからな。イデアはその賢い頭で、このあとクルーウェルにこってり絞られる未来ルートを算出していた。どうあがいても詰みルートだった。彼の目は死んだ生魚のようだった。

「けほ……」

「え?ン”?」

「……いちゃん」

 大釜がなにを融合したかわからない。しみる目を凝らせば、人影らしき姿を確認する。未知の小型生命体は、タックルしてきた。確実にイデアを狙って。反動でイデアは尻餅をつく。

「ヒッ、ひゃああゎあああ!!!!」

 比較的未知の生命体は、イデアの瞳を捉える。間違えなんてあるもんかという声色で、呼んだ。

「おにいちゃん」
「ヒュッ」


ててててーてーてーてっててーん♪

 昔やり込んだRPGゲームのBGM音が、頭に鳴り響いている。
 イデア・シュラウド(18) に、新たに"おにいちゃん属性"が付与された瞬間だった。


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