そして、その時は来ました。来てしまいました。

扉を壊す勢いで入ってきたその男の人が、空を見上げていた私達を見て、素早く杖を構えました。
私はゆっくりと振り返ってその人を見ます。リドルくんも興味なさげにその男の人を見ました。

その男の人は私も見たことがありました。新聞で見かけた死食い人です。いつの間にか死食い人がホグワーツ校内に侵入していたのです。

その男の人はここに生徒がいるとは思っていなかったのでしょう。驚いた表情をしつつも呪文を唱えようと口を開きました。

「アバタ・――」
「私を殺さない方がいいと思います」

死の呪文がすぐにでも飛んできそうだというのに、私の声は酷く落ち着いていました。
肩に乗ったフェインが威嚇するようにシューシューと鳴いていました。

「その蛇…。闇の帝王のお気に入りか。
 確かにお前に何かあれば、殺されるのは俺の方だろうな」

私よりも、フェインに見覚えがあったのか、その男の人は私に向けていた杖を下ろしました。
忌々しそうな表情をして、さらにはリドルくんがヴォルデモートさんの過去の姿だということは気が付いていないのか、勇敢なことにリドルくんにも面倒くさそうな視線を向け、私達のいる窓際まで寄ってきました。

私はちらりとリドルくんを見ます。リドルくんは死喰い人を見つめていました。
彼は口元に笑みを描いていましたが、その赤い目は全く笑っていませんでした。

………怖いです。とっても怖いです!
今、もし私の前にボガードがいたら今のリドルくんの姿になるでしょう!

それぐらい怖い表情をしているリドルくん。
殺気というものが出ていないだけあって余計に怖いです。

男の人はそんなリドルくんには気付いていないようでした。男の人は私を押しのけるように窓際に進み、空に向かって杖を上げました。
そして、私の知らない呪文を唱えると、まるで花火のように、でも禍々しく…闇の印がホグワーツの上空に打ち上がりました。

これで、遠く離れた場所からでもホグワーツに異常があったことが伝わるでしょう。
ホグワーツの異常を、早く魔法省が勘付いて下さればいいんですが…。
闇の印は私では打ち上げることが出来ませんし、リドルくんにお願いをしても良かったのですが、校内にいる死喰い人に怪しまれてしまうことは確実ですしね。

そう思いつつ、私は後ろ手に持っていた杖を握り締めました。
この死喰い人は校内に戻って、ホグワーツ内にいる人を傷つけてしまうのでしょう。それならばこの死喰い人を校内に戻す訳にはいきません。

ここで私がこの人を引き止めないと。

相手は私がヴォルデモートさんの『お気に入り』だということを知っています。
男の人から攻撃はして来ないでしょうが、私が呪文を使ったら即座に反撃をしてくるでしょう。チャンスは1度と考えたほうが正しいのです。

そう考えると杖を握る手が自然と汗ばんでしまいます。

その時、私の手に触れた感覚に、思わず上げそうになった悲鳴を押し殺しました。
隣に立っていたリドルくんが私の手に触れたのです。リドルくんは私の握った杖を奪ってしまうと、男の人に聞こえないぐらいに小さな声で短く囁きました。

「僕がやる。いいね?」

有無を言わせさせない声でした。リドルくんは怪しげな微笑みを浮かべたまま、極々自然に私から離れてしまいます。

一瞬困った私でしたが、そのまま言葉を紡ぎ続けました。

「結局、死食い人は何人来たんです?」
「計画を知っているのか?」
「少しだけなら。
 ほら、お気に入りですから」

答えると、嘲笑うような短い笑い声が私にかけられました。
実際は計画そのものを知っているわけではありません。ですが、はったりをかます程度には十分な情報が私の頭の中にありました。

「人数はそう多くはないが、十分だ。…ただ、中に騎士団の連中がいやがった」
「え?」

騎士団の、ということはきっとリーマスさんもいるのでしょう。大好きなリーマスさんが。
リーマスさんが怪我をしないといいんですけれど…。

深く黙り込んだ私を怪訝そうに見たあと、男の人は今来た道を戻るために私達に背を向けました。

「俺も早く戻って騎士団の連中を殺していかねぇと、ベラトリックスに全部取られちまう」

玩具を取られてしまうのが惜しいとでもかのように、男の人はそう軽く言います。
人を殺すことに何の抵抗もないのでしょうか。そんな、簡単に。

そう思っている私のすぐ横でリドルくんが素早く杖を振り上げました。

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

男の人が声を上げる暇もなく吹き飛んで壁に激突しました。
驚きに肩が跳ね上がりますが、自分で両腕をさするように抱き寄せ、じぃと気絶した男の人を見つめました。

ゆっくりと杖を降ろしたリドルくんが、私の頬の辺りに手を伸ばして、髪をかきあげるように撫でてくれます。その仕草は私を慰めてくれるようでした。

動かなくなった男の人。死んでしまったわけではありません。
気絶をしているだけですが、倒れているその人を見ていると、罪悪感が湧いてくる私がいました。私が行動をおこしているというのに。

なんて図々しい話。

「リドルくんは」
「ん?」

私の杖を握っているリドルくんは優しい声で聞き返しました。私は微笑みを浮かべているリドルくんを見つめました。

「リドルくんは人を殺したことがあります?」

将来、闇の帝王と呼ばれるリドルくんに自分でも変な質問をしているとは思いましたが、私はそう質問していました。
微笑みを浮かべていたリドルくんも、どう答えようか困っているのが目に見えて伝わってきました。

リドルくんは暫く黙っていました。私は苦笑を浮かべて、静かに首を左右に振りました。リドルくんが言葉を零しました。

「………ごめんね」

小さな声で謝ったリドルくんはまた何時もの微笑みを浮かべました。私も笑みを浮かべました。

「リドルくんが謝るだなんて珍しいですね」
「それだけリクが特別ってことさ」
「ふふ。それはとっても嬉しいです」

私は微笑んだまま、足元に転がっている男の人を見ます。リドルくんが再度杖を振ると、杖の先から飛び出して、気絶した男の人を縛り上げました。

男の人の杖はリドルくんが拾い上げ、品定めをするように見つめてから静かに握りこんでいました。
そうしてから、リドルくんが私の杖を返してくれます。彼は不満げに言葉を零しました。

「僕も僕専用の杖が欲しい頃合かな。でも『奴』に頼むのは絶対に嫌だし」
「オリバンダーさんも未だに見つかっていませんしね」
「まぁ、僕とリクの杖の相性がいいみたいで助かるよ」
「そうなんですか?」
「そうじゃなきゃ、こう何度も呪文を使うことなんて出来ないよ。
 この杖もないよりはマシといったところかな。使えなくなったらそれまでさ」

リドルくんはそう言うと、突然空を見つめて言葉を控えました。私は首を傾げてリドルくんが見ていた方向を見ます。

すると、遠く遠い方で箒に乗った人影が2つありました。きっと、ダンブルドア校長先生とハリーの2人でしょう。

「リク、任せるよ」

そう言葉を残したリドルくんの姿が一瞬にして霞となって消えます。日記の中に戻ってしまったのでしょう。
流石に学生姿のリドルくんをダンブルドア校長先生と会わせるわけにはいきませんからね。

ダンブルドア校長先生が箒に乗って、空を見上げていた私の目の前に降り立ちました。
酷く衰弱した様子のダンブルドア校長先生でしたが、その目には鋭い光が宿っていました。

ダンブルドア校長先生は部屋の端で気絶して縛られている男の人を見ると、次に私に視線を向けました。

「何が起きているのじゃ」

私はやけにはっきりとした声で、校内で起きている状況を説明しました。

「死喰い人がホグワーツ内にいます。少人数ではありますが、中にレストレンジさんがいるみたいです。
 騎士団の方々が対抗してくださっているようですが、いつここまで上がってくるかわかりません。
 校長先生は早くこの場から離れないと…」
「それはならぬ」

校長先生の声は凛としていて、目の前にいた私は思わず息を止めました。

「まだ生徒が残っているというのに。わしだけが逃げることは出来ぬ」

校長先生は何時だって生徒のことを真っ先に考える、そんな偉大な人です。
私はそのことを知っているだけに、それ以上強く言うことが出来ませんでした。

ですが、このままでは。

私が『知っている』場所は、確実に『ここ』なのです。

三日月が明るく輝いているこの場所で。


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