スネイプ先生は地下牢教室から出て、グリフィンドール寮の前に来るまで一言もお話しませんでした。
私も特に言葉を発することはなく、静かにスネイプ先生の半歩後ろを歩いてきました。

次の角を曲がるとグリフィンドール寮の入口である『太った婦人』が見える、というところで、スネイプ先生が足を止めました。合わせて私も思わず足を止めます。

「先生?」

私はスネイプ先生を見上げます。先生は軽く私に振り返って、私を見下ろしていました。
少し黙り込んでいたスネイプ先生は独り言のような言葉を零しました。

「…6年も経てば、変わるものも変わるか…」
「先生…?」

その言葉の意味がよくわからなくて、私は首を傾げます。スネイプ先生はふと、静かに私の頭に手を置きました。困惑と疑問が私の頭を支配します。

「あの、えっと、スネイプ先生?」
「1年の時はこの辺りだった」

スネイプ先生は何時もの声のトーンでそう言うと、私の頭に乗せていた手を離して、私の胸の前辺りの位置で掌を水平にしていました。
その行動の意味に気が付いた私は、ムスと頬を膨らませて頭1つか2つ分くらい離れたスネイプ先生の顔を見上げました。

「…スネイプ先生、もしかしなくても身長のお話をしています?」
「伸びるものだ」

若干楽しそうな、感慨深そうな顔をして、水平にしていた手を上げて再び私の頭の上に手を置く先生。
どうしようもなく、子供扱いされている気がします。というか、子供扱いされているのでしょう。

心底不満げに頬を膨らませていると、スネイプ先生は私から手を離して、そのまま私を見下ろしていました。

「…随分、近くなった」

今日の先生の言葉は私にはとても難しく聞こえました。

私を見下ろす先生。先生を見上げる私。
数秒だったか、数瞬だったか、それとも数分でしょうか。短くも長い時間、見つめ合っていた私ですが、それを先に断ち切ったのはスネイプ先生でした。

「就寝時間はとうに過ぎている。行きたまえ」
「……はい」

足を止めたのは先生だった気がしますが…。私はやっぱり不満顔。

でも、このまま先生と離れるのもなんだか名残惜しくて。
でも、でも。これから、やらなければいけないことがあって。まだまだ時間はあるけれど、それでもすぐに。

「おやすみなさい。スネイプ先生」

言葉をかけてぺこりと頭を下げて。私は寮までの短い距離を少し駆け足で向かいました。

きゅと縮んだかのような胸の痛みに疑問を抱きながら、その疑問がだんだん疑問ではなくなっているのを頭のどこかで理解しながら、私は談話室に1度戻りました。

この時間の談話室には、いつもは殆ど人影がないのですが、今日はロンとハーマイオニー。それにロングボトムくんやジニーちゃんが何やら真剣な表情でお話をしていました。

「ロン、ハーマイオニー」

私から出る声は自分でも驚くくらいに、落ち着いた声でした。
驚いて振り返ったみんなに私は微笑みを向けます。真正面から彼らを見るのは酷く久しぶりのような気がしました。悪い気は決してしませんでした。

私は小さく息を吸います。これからする質問と、その答えによって私の行動が変わるのです。

「…ハリーがどこに行ったか知っていますか?」
「あー、ハリーは…」
「ダンブルドアと一緒にどこかへ出かけていったわ」

一瞬迷ったロンでしたが、代わりにハーマイオニーが答えてくれました。ハーマイオニーの手にはハリーが獲得したフェリックス・フェリシスが握られていました。
ハーマイオニーは真剣な表情をしながら私の手を掴みました。ジニーちゃんが凛々しく私を見ていました。

「ねぇ、リク。私達はこれからマルフォイを見張りに行かなきゃいけないの。
 貴方も一緒に行きましょう。理由は歩きながら話すわ! あまり時間がないの」

ハーマイオニーは私を見つめたまま、私が言葉を発するのを待っているようでした。
ですが、私のするべきことは既に決まっていました。私がしなくてはいけないことは。

その時、女子寮の階段からゴトという音が聞こえてきました。

私達がそちらを見ると、フェインが女子寮の階段を降りてきているのが見えました。

フェインの尾の方には、私がいつも持っている鞄。中にリドルくんが入っているはずの鞄でした。こっそりと中を確かめると、やっぱり目当ての黒い日記が入っていました。
先程の音はフェインが引きずったこの鞄が階段の段差を落ちた音なのでしょう。

重たい荷物を引きずってきたフェインは私を見上げると、鞄を置いて、スルスルと腕を伝って肩に乗りました。

「ありがとうございます。フェイン」

でも、どうして私がリドルくんの日記を取りに来たことがわかったのでしょう。本当にフェインはとっても賢い子ですね。

彼の頭を撫でながら、先程私を誘ってくれたハーマイオニーに向かって優しく微笑みかけました。

「すみません。私は一緒にはいけません。ハーマイオニーとロンはそのまま…、そのまま行動をしてください。
 私は、やらなきゃいけないことがあるんです」
「……それは私達が一緒にすることは出来ないの?」
「そうよ。リク。なんで1人で抱え込むの…?」

聡明なハーマイオニーは私の中に何かを見ているようでした。ジニーちゃんも不安げに私に言葉をかけるのでした。
私は2人の言葉には何も返さず、彼女達に背を向けました。みんなをより深いところに巻き込むわけにはいかないのですから。

そして私は談話室を再び抜けて、きょろきょろと左右を見ます。先程別れたスネイプ先生がいないことを確かめて、私は歩き出します。

肩にはフェイン。いつでも私と一緒にいてくれる大切な友人。
今回も私はフェインに助けてもらうつもりでした。大切な大事な心の支えとして。

彼がいないと恐怖で崩れてしまいそうな弱い心を奮い立たせて。

「どこに行くんだい? リク」

歩いている私の隣にはいつの間にかリドルくんが実体化していました。
私は特に驚くこともなく、リドルくんに弱々しい微笑みを向けて、彼に震える片手を差し出しました。

「リドルくん。今日が物語の山場なんです」

そう言葉をかけると、リドルくんは無言のままに、私が伸ばした手を、お姫様が騎士のエスコートをするかのように揃えた指先で軽く握り返してくれました。

彼と一緒に廊下を歩き、螺旋階段を上がって。たどり着いたのは屋上の、月が綺麗に見えるあの場所でした。そこでは今日も綺麗に月が輝いていました。

ガラスが張られているわけではないこの空間は風通しがよくて、少し肌寒くも感じます。
その窓際に2人で立っていました。私の手を握ったままのリドルくんは眩しそうに空を見上げていました。

「待ちましょう」

言葉は凛とした私の声で紡がれました。


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