その時、フェインが鋭く鳴き声を上げました。バッとフェインに振り返ったドラコくんが驚きの表情を浮かべます。
フェインが扉の上に身体を下ろし、扉を抑えているように見えました。ですが、フェインだけの力では扉を閉じることは出来ません。

バンッと大きな音がして勢いよく扉が開かれます。その衝撃でフェインが空中に飛ばされました。フェインの身体が床に叩きつけられます。
僅かに下がっていたドラコくんの杖は、一連の流れの間に、またダンブルドア校長先生の心臓あたりを狙っていました。

開かれた扉からは4人の死喰い人が流れるように入ってきました。間に合わなかったのです。

私は階下から杖を構えます。隣のハリーも杖を出していましたが、ハリーが何か行動を起こさないように、私は視線で彼を制しました。

「ダンブルドアを追い詰めたぞ!!」
「ダンブルドアは1人だ! よくやったドラコ!」

兄妹と思わしき死喰い人が楽しげな声を上げました。その中にいた人物に私は嫌悪の視線を向けます。
人混みの中には狼人間のグレイバックがいました。リーマスさんを狼人間にした張本人です。

ドラコくんのすぐ側に大柄な男の死喰い人が近寄りました。

「さぁ、早くやれ、ドラコ。
 お前がやらねばならない。我々は命令を受けているんだ」

囁きは真っ黒いタールのように。ドラコくんの表情は一層怯えたものになっていました。
ドラコくんが人を殺す? そんな、そんなことはさせてはいけないのです。それをしてしまったらドラコくんは。

そこでまた足音が響き、誰かが扉から飛び出してきました。

死喰い人達は騎士団のメンバーが上がってきたのかと身構えますが、入ってきたのは杖を握ったままのスネイプ先生でした。

この空間に入ってきたスネイプ先生は酷く怖い顔をしていました。
先生の視線が床で伸びているフェインに映り、更に視線を動かすのが下から見えました。

上の階と下の階で、スネイプ先生と私の視線がぴったりとかち合います。私の存在に気付いたスネイプ先生はほんのわずかな恐怖を目に宿したかように見えました。
ですが、それは気のせいかと思わせる程あっという間になくなります。スネイプ先生はいつもよりも怖いオーラを出しながら凛とダンブルドア校長先生を見つめていました。

「スネイプ、困ったことになった。
 この坊主には出来そうにない」

ずんぐりとした死喰い人が呆れたようにそう言いました。
スネイプ先生は恐ろしい表情のまま、ドラコくんを押しのけて、ダンブルドア校長先生の前、数メートル離れた場所で立ち止まりました。

そして、そこで声が聞こえました。

「セブルス……頼む……」

ダンブルドア校長先生の声でした。校長先生の声は懇願しているようでした。
私は唇を噛み締め、思わず視線を逸らします。隣でその光景をハリーが呆然と見ていました。

スネイプ先生の上げた杖が真っ直ぐに校長先生を狙いました。

「『アバタ・ケタブラ』!」

緑の閃光がダンブルドア校長先生を貫きました。

ダンブルドア校長先生は屋上の防御壁を越えて、そのまま真っ直ぐに落ちていきました。

――落ちて、落ちて。落ちていきました。

私はそれと同時にハリーに向かって杖を向け、小声でハリーに硬直呪文を掛けました。
ハリーの驚いた表情がそのまま固まります。それと同時に私のすぐ側に現れるリドルくんが、固まったハリーを無言で見つめていました。

リドルくんの手を再び掴みながら、私は空を、上で騒ぐように喜んでいる死喰い人達を睨み付けます。

ダンブルドア校長先生は、死んでしまったのです。

そう思った瞬間、私の足が震えだします。
でも、ここで怖がっているだけではいけないのです。私は、私が選んだ道を全うしなくてはいけないのです。

「ここから出るのだ。早く」

1人、険しい顔で立っていたスネイプ先生がドラコくんを引き連れて、真っ先に扉を抜けていくのが見えました。
そのあとを楽しげな死喰い人の面々がついていきます。死喰い人の全員がいなくなった時に、リドルくんが私よりも一足先に階段を上がり、校長先生が落ちていった窓を覗き込んでいました。

そこからは落ちていったダンブルドア校長先生の姿が見えるはずです。リドルくんがずっと嫌っていた校長先生の死体が見えるはずです。
ですが、リドルくんは何を言うこともなく、視線を逸らして、床に転がったままのフェインを掴みあげました。

「リク、もういいよ。上がっておいで。
 この蛇はどうする?」
「フェインは大丈夫ですか?」

私は階下から声を掛けました。リドルくんも、隙間から私を見ながら答えます。

「うん。もう少ししたら起きるんじゃあないかな」
「では、ここでお留守番をしていてもらいましょう」
「……連れて行かないのかい?」
「ハリーがいますから」

短く答えた私は固まったままのハリーに振り返りました。
未だ固まっているハリーのすぐ側に膝を付きます。

そして、密かに決意を固めた私は静かにその言葉を零しました。

「……ごめんなさい、ハリー」

心からの謝罪を。自分勝手な行動をする私が少しでも満足出来るように、心からの謝罪をハリーへと送りました。

私は気絶したままのフェインにキスを落とし、固まっているハリーの傍に置いて、死喰い人が去っていった扉に駆け寄りました。
先程拾った杖を構えているリドルくんが私の背中を守ってくれていました。

長い螺旋階段を駆け抜けるように降り、私は階下で繰り広げられていた戦いの中に飛び出しました。

舞い上がる煙によって誰と誰が戦っているのか全くわかりません。
でも、その方が私にとっては都合が良いのかもしれません。今、誰かに、リーマスさんにでも会ってしまったら、せっかくの決意も揺らいでしまうのでしょうから。

時折私の方に飛んでくる呪文は全てリドルくんが弾いてくれていました。

「終わった。行くぞ!」

声は私が望んでいる声でした。その声が聞こえる方へ走ります。時折飛んでくる緑の閃光を躱し、私は真っ直ぐに外に向かいます。

玄関を飛び出した辺りで、リドルくんの姿が再び霞となって消えていきました。
どうして急に戻ってしまったのかを問う間もなく、私は駆け抜けます。

そして、遠くに見えた死喰い人の一団に、私は走るスピートを僅かばかりに上げました。

私が走ってくるのに気が付いたのか、スネイプ先生が私に振り返りました。
スネイプ先生のすぐ横にいるドラコくんが驚いた表情で私を見ていました。

死喰い人の中の何人かも私に気付きました。ですが、スネイプ先生は死喰い人の方々に短く命令をし、ドラコくんの背を押すと、遠く、私と向き合いました。

「ドラコ、先に行くんだ」

死喰い人の一団がドラコくんを連れて、森の方へと走っていきます。
その途中にはハグリッドさんの小屋があります。ですが、死喰い人の誰かが放った呪文がその小屋を燃やしていました。

爆発音とがらがらと崩れ落ちる小屋の音。


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