そんな効果音を背景にして、私はやっとスネイプ先生のすぐ側まで追いつきました。
戦っている音が遠く響く中、この瞬間だけは私とスネイプ先生しかいないような錯覚を感じていました。

さっきも、グリフィンドールの談話室前に送っていただいた時と同じ2人。
あれからまだ数時間とたっていない筈なのに、すっかり変わってしまった背景。怪我などしていない筈なのにガンガンと痛みを訴える身体。異常。異常。異常。

私は溢れそうになる涙を堪え、スネイプ先生の胸元にすがりつきます。
ぎゅうと抱きしめるように握り締める黒いローブ。香る薬品の匂い。スネイプ先生を見上げて、私は声を押し殺しつつも、言葉を紡ぎました。

「スネイプ先生、私、私は…!」
「……ルーピンも来ている。早く城に戻るんだ。ルーピンの側にいろ。離れるな。
 最早、ホグワーツですら安全ではない」

スネイプ先生は小声でそう囁くと、ローブを掴む私の手を包みました。
嫌々と首を左右に振った私は遮られた言葉を紡ぎ直しました。紡ぎ直そうとしました。

「『ステューピファイ(麻痺せよ)』!」

突然、飛んできた呪文を、スネイプ先生が無言呪文で弾きます。私達の視線の先にはいつの間にかハリーが追いついてきていました。
私の慣れない硬直呪文ではそう長く拘束することが出来なかったのでしょう。
ハリーは憎しみの篭った瞳でスネイプ先生を睨んでいます。先生は何本も飛んでくる呪文を全て無言呪文で蹴散らしながら、私の身体を突き放しました。
勢い余って転んでしまった私は近くの草むらに倒れつつも、ハリーとスネイプ先生を見ます。

スネイプ先生は決して本気ではありません。それでもハリーの攻撃は全てスネイプ先生に届く前に弾かれてしまいます。

「戦え! 戦え、臆病者!!」

何度か呪文が防がれたあとにハリーが吠えるように叫びました。
臆病者と言われたスネイプ先生の表情がまた変わりました。

「臆病者? ポッター、お前の父親は4対1でなければ、決して我輩を攻撃しなかったものだ。そういう父親を、一体どう呼ぶのかね?」

4人という言葉に、リーマスさんも含まれているというのを知っている私は横にいながら僅かに怯みます。
その時、『セクタムセンプラ』を唱えようとしたハリーを、スネイプ先生が弾き飛ばしました。

先生は怒りと憎しみを半々に秘め、怒鳴るように言葉を続けました。

「我輩の呪文を本人にかけるとはどういう神経だ?
 我輩の発明したものを、汚わしいお前の父親と同じにこの我輩に向けようというのか? そんなことはさせん……許さん!!」

先生の怒りと、ハリーの怒りがこの場に溢れているようでした。その空気に怯んでしまっている私は動くことができません。

「それなら、殺せ! 先生を殺したように僕も殺せ!!」
「スネイプ先生にそんなことを言わないでください!!」

殺せと叫んだハリーに、私は思わず叫び返していました。ハリーはまだ知らないのです。
スネイプ先生がどんな状況で、どんな心境でここにいるのかを、ハリーはまだ知らないのです。

スネイプ先生の無言呪文で吹き飛ばされたハリーは仰向けに倒れながら、疑問の視線を私に向けていました。
私はぼたぼたと涙を零しながら、杖をハリーに向けていました。

「――、よせ!」

スネイプ先生の静止の声が掛かる中、倒れながらでも先生に杖を向けているハリーに、私は呪文をかけて再び吹き飛ばしました。
飛ばされ、思い切り地面に叩きつけられたハリーは今まで握っていた杖を手放し、動かなくなってしまいました。

胸が上下していることから、息はしているのでしょうが、危険な事に変わりはありません。

先生が草むらにいる私に視線を向けていました。私は呆然と倒れたハリーを見つめています。
先生が何かを言おうとした瞬間に、大きな何かがスネイプ先生に襲いかかるのが見えました。ハグリッドさんの所にいたバックビークです。

バックビークはその鋭い鉤爪でスネイプ先生を切り裂こうとしています。
私は思わず『インセンディオ(燃えよ)』の呪文をバックビークに向かって唱えてしまいました。

炎を避けるように動いたバックビークが、今度は私に向かって爪を振り上げます。

以前、私に擦り寄ってきた時の様子は全くありません。バックビークから感じるのは殺気と嫌悪感だけでした。

よろめいたスネイプ先生は痛いくらいに私の手首を握り締め、走り出しました。怒り狂っているバックビークが逃げる私達を追いかけてきます。

それでも必死に校門の外に出て、姿くらましが出来る境界線を越え、バンッと大きな音を立てて、付き添い姿くらましをしました。
目の前で消えるバックビークの姿。スネイプ先生の黒いローブだけが私の視界に映っていました。


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