次に私達の視界に入ったのは、暗い暗い森の中でした。

ここには以前来たことがあります。確か、この先にはヴォルデモートさんが暮らしていると思われる屋敷があったはずです。
森の中の静けさだけが耳に痛いくらいに残っていました。

「Ms.…」

我に返った様子のスネイプ先生が私を呼びました。私は腰が抜けているかのように地面に座り込んでいました。
スネイプ先生が握り締めていた私の手首。思い出したかのようにパッと手放されると、そこには青あざのような跡が残っていました。
先生は座ったままだった私の側で片膝をつくと、跡がついてしまった私の手に今度は優しく触れ、静かにその青あざを治してくださいました。

そして、次にガラス細工に触れるかのように私の頬に触れました。

私は真っ直ぐにスネイプ先生を見つめていました。思ったよりも声は凛としていました。

「私は、先生についていきます」

既についてきてしまっている私は、先生の手と自分の手を重ねながら、凛と言葉を紡ぎました。

例え闇の陣営だろうと。
ハリー達を裏切ることになっても。
リーマスさんの敵になってしまおうと。

誰かを、死なせてしまったとしても。

何かを諦めて1人しか選べないのだとしたら。

「私は先生についていきたいんです」

私の頬に触れているスネイプ先生の手が、困惑に揺れているのが感じ取れました。

「そう簡単には戻れませんぞ」

先生は私を見つめていました。私も先生を見上げます。

「わかっています。でも、私はそれでも、私は、リーマスさんよりも、私は……」

先生のことが――。

その時、がさりと音がしました。思わず手を離す先生。私も手を離して、音がした方へと視線を向けました。
そこにいたのは、ホグワーツにも侵入していたレストレンジさんでした。スネイプ先生と一緒にいる私を見ると怪訝そうに、スネイプ先生を睨みました。

「それを連れて来たのかい?」

答えるスネイプ先生の声は私が聞いたこともないくらいに冷め切った声でした。

「彼女は闇の帝王のお気に入りだ。説明など、それだけで十分」
「本当にそれだけか?」

レストレンジさんは私に嫌悪を抱いているようでした。去年の魔法省での出会いは最悪でしたものね。
どこで出会おうと最悪な気はしますが、その点は置いておきます。

大きな怪我をしたわけでもないのに、満身創痍な私はレストレンジさんをぼんやりと眺めたまま、立ち上がることすら出来ずにいました。
スネイプ先生は不思議そうな顔をするとレストレンジさんを見つめ返していました。

「それだけとは?」
「教師生命が長かっただろう? スネイプ。情が湧いて連れてきたとも考えられるじゃあないか」
「煩いぞ、ベラトリックス」

声が私の横から突然響きました。声がした方を見上げると、いつの間にかリドルくんが立っていました。

リドルくんの姿はいつものような肉体を持つものではなく、ゴーストのように半透明になっています。
私は驚きつつ、手を伸ばそうとしますが、殺気を漂わせているリドルくんのその気配に、私の手はぴたりと止まってしまいました。

レストレンジさんはリドルくんの姿を真正面から見ました。困惑を見せるレストレンジさんが疑問を抱えたまま言葉を零します。

「もしや…、我が君…?」
「俺様の姿もわからぬのか?
 それに、俺様が決定した事に不満があるのか?」
「そんな…、ありえません」
「なら、さっさと行け。リクに2度と手を出すな」

ヴォルデモートさんそのものの空気を纏っているリドルくんが、レストレンジさんをこの場から追い出します。
若干怯えた様子のレストレンジさんの姿が完全に見えなくなってから、リドルくんは少しだけ疲れたような表情を見せ、私の隣に片膝を付きました。

「大丈夫? リク」

いつものリドルくんでした。私はいつの間にか緊張していた表情を解いて、小さな微笑みを浮かべます。
リドルくんは赤い瞳を細めるように微笑みを向けると、黙っていたスネイプ先生に視線を向けました。

「僕は日記に戻る。あとはいいな?」

スネイプ先生が軽く頭を下げました。その瞬間に再び霞となって消えていくリドルくん。
私はやっとの思いで立ち上がります。それに気付いたスネイプ先生がすぐさま私を支えてくださいました。私ははにかみを浮かべます。
怪我をしたわけではないのに、全身が満身創痍で足元はふらふらとしていました。

「……行きますぞ」
「はい」

スネイプ先生に手を引かれるように、私は森の中を歩き出しました。暗い暗い森を進み出しました。

道はどこまでも暗いままでした。


†††


やがて見えた屋敷の中。私はいつかの時のようにスネイプ先生から離れ、足元にナギニを従えながらヴォルデモートさんの元へと歩いていました。

目の前の赤い目を持つ彼に、私は小さく微笑みかけます。

「…………こんばんわ。ヴォルデモートさん」
「ついに『こちら側』に来たか。リク」

ヴォルデモートさんは酷く楽しげな声を上げました。その声は死喰い人達がダンブルドア校長先生の死を喜んでいた時と同じものに聞こえました。
それを知りながらも私は、ゆっくりと、椅子に座っているヴォルデモートさんに寄り添うように近寄りました。

彼の膝に頭を乗せると、私は目を閉じます。真っ暗な視界には何も映りこんではいませんでした。

私は沢山の人を守りたいと思いました。未来を変えたいと思いました。

でも、未来は、何も変わっていません。ディゴリー先輩は死んでしまいました。ダンブルドア校長先生は死んでしまいました。
シリウスは変わらず眠ったままです。大好きなリーマスさんからは離れてしまいました。

……沢山の人と、会えなくなってしまいました。

小さな小さな私には手は2つしかなくて、そしてその2つの手で1つのものしか包めなくて。結局選んだのは…、

「何も考えなくていい。俺様に従え。俺様がリクを導いてやる」

声が降り注ぎ、閉じられた瞼を更に覆い隠すように、ヴォルデモートさんの手が私の目元に乗せられました。
私はその時、本当に何も考えることなく、深い深い眠りに落ちていきました。

真っ暗闇が私を包みます。

「………今度こそ手に入れた」

言葉を囁くヴォルデモートさんの手を濡らすように、私から涙が溢れ出していきました。


(狼さんの娘は6年生(the Half-Blood Prince))


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