「Ms.」
思考の波に沈んでいる私を呼び戻すように、スネイプ先生が私を呼びました。私は顔を上げて誤魔化すように曖昧な微笑みを浮かべました。
見るとスネイプ先生の表情は厳しいものでした。続けられたのは言及するかのような言葉でした。
「何故急に『死の秘宝』について? 何か必要な情報でもあるのかね?」
「必要な、情報というか…」
言葉はどうしても濁ってしまいます。『未来』を知っているはずなのにどうにも手探りでしか動けない自分をもどかしく感じながら、苦笑を零しました。
「…。私が知ってどうするかはまでは考えていないんです。
でも、何も知らないよりかはいいと思いまして」
何も知らないで何時来るかわからない『未来』に怯えるだけなのは嫌ですから。せめて自分から出来ることを精一杯行おうと。
そう言葉を零すとスネイプ先生は書類の最後に何かを書き込んで立ち上がりました。
「出かける」
「どちらに?」
「魔法省へ。以前、ポッターが襲撃したせいで何やら面倒事が起きているらしい」
顔をしかめるスネイプ先生。本当に面倒くさいのでしょう。
私は苦笑を零しながら本を抱え直しました。
「ここで読んでいてもいいですか?」
先程渡された死の秘宝について書かれた本を示します。スネイプ先生は一瞬黙ったあと、すぐに言葉を続けました。
「好きにしたまえ」
「了解です。お留守番は任せて下さい」
にっこりと笑みを浮かべてお見送りのために立ち上がります。先生の黒い背中を追いかけ扉の前まで行くと、不意に振り返ったスネイプ先生は私の姿を見下ろして咎めるような声音で私に言葉を紡ぎました。
「何をしていてもいいが、片付けはしておきたまえ」
「先生、私、そこまで子供じゃないです!」
「それは驚きだ。
……何かあれば守護霊を飛ばすように」
不満げに声を返すと、スネイプ先生は私を見ながらそう言いました。驚く私の前でぱたんと扉を閉じてお出かけしていったスネイプ先生。
私は先生らしい心配の仕方に頬を緩めて、スキップしそうな勢いで本が置いてあるソファへと戻りました。
暖かい日差しを受けながら、情報すべてを記憶する勢いで私は本を読みすすめました。
†††
長い時間が経過した時でした。不意に聞こえた物音に私は顔を上げます。視線を鋭くさせ、本を横に置いて杖を握ります。
スネイプ先生はこの部屋の合言葉はカローさん達も知らないと言っていました。ここに人が入って来る筈はないのです。
それでも扉が開けられた音が聞こえ、咄嗟に奥の部屋…寝室の方に進んで身を隠します。
そして様子を伺っていると3人ほどの人影が校長室に忍び込んでくるのが見えました。
私はその人影が誰か認識しないまま杖を構えて人影へと杖先を向けます。
すぐにでも術がかけられるように息を整えながら私は声を掛けました。
「誰です?」
声に気が付き、振り返ったその人影に私は目を丸くしました。そして相手方も驚いていました。
「…リク!?」
いたのはジニーちゃんとロングボトムくん、そしてルーナちゃんの3人でした。
3人は後ろ手にグリフィンドールの剣を持っています。きっとグリフィンドールの剣がヴォルデモートさんを倒すために必要なものだというのが感覚的にわかっているのでしょう。
危険を冒してまで校長室に盗みに入ってきた3人を私は静かに見つめます。3人よりも私の方が先に言葉を紡いでいました。
「……。早く私に『失神呪文』を」
「え?」
疑問の声がジニーちゃんから溢れます。私はもう1度厳しく言葉を叫びました。私の杖先には既に『インセンディオ(燃えよ)』の赤い火が走り始めていました。
「早く! でなければ私は貴方達を止めなくてはいけません!」
「リク…。何で闇の陣営に協力してるの…? どうして、スネイプの味方をするの?」
ロングボトムくんが不安そうに言葉を零します。彼らにとってスネイプ先生は、ダンブルドア校長先生を殺害した絶対的な悪なのです。それでもスネイプ先生の傍を離れない私が、不思議で仕方が無いのでしょう。
私はその言葉の答えを返さないままに、困惑混じりの微笑みを返しました。
「…あんまり痛くしないでくださいね」
向けられた杖先から閃光が走ったあと、私の視界はいとも簡単に暗転したのです。
†††
聞こえた声は不満そうで、私はゆっくりと瞳を開けました。
「…やっと目を覚ました」
そして真っ先に視界に入ってきたのは心配顔をするリドルくんでした。
彼は横になった私の近くにある椅子に座って、私の手を握っていました。ぎゅうと握られた手に安心感を抱きながら、私はリドルくんが止めるのを遮りながら身を起こしました。
「どう、なりました?」
真っ先に状況を聞くとリドルくんは心配そうだった表情を一気に不満げなものに変えて、それでも答えてくださいました。
「……。あのおチビちゃん達はスネイプに捕まって罰則を与えられたよ」
「先生に? 先生は魔法省にお出かけしていって」
「丁度戻って来た時だったみたいだね。校長室で倒れているリクを見つけたのもスネイプだよ」
その言葉に私は顔を俯かせます。スネイプ先生に迷惑をかけるつもりではなかったのですが、結果的に迷惑をかけてしまったようです。
グリフィンドールの剣はジニーちゃん達に渡りませんでした。
これから剣の警備も厳しくなるでしょう。もしうまくいけばジニーちゃん達からハリーへと剣が渡ることを祈ったのですが、うまくはいかないようです。
思想顔のまま軽く俯いていると、リドルくんは私が横になっていたベッドの淵に移り、腰をかけました。
「…。わざとやられただろう」
リドルくんの言葉に私は、彼を見つめて苦笑を零します。
「バレました?」
「真正面から呪文が当たってて、尚且つ急所を外してる。それに眠っていただけだしね」
リドルくんが手を伸ばして私に呪文が当たったであろう胸元に手を触れさせます。痛みは確かにありませんでした。私はその手を見つめながら呟きます。
「失神呪文ではなかったんですね」
「リクを失神させていたら、僕はあの餓鬼どもを許してはいない」
声は本気でした。私が静止するまもなくジニーちゃん達を殺してしまいそうな勢いのリドルくんの腕を捕まえます。
腕を掴まれたリドルくんは溜め息をついて、私の手を逃れて手を離しました。いつものように「冗談だよ」と笑ってくれないことに不安ばかりを抱きます。
私はしょんぼりと肩を落としながら、リドルくんの頬に手を伸ばします。今度は離されたりはしませんでした。
「怒ってますね」
「…そりゃ、もう」
不貞腐れたようにそう言ったリドルくんは、むすと頬を膨らませたまま、私の胸元に頭をつけました。甘えるような仕草に驚きつつも私は表情を緩めて彼を優しく抱きしめます。
抱きしめられたままリドルくんはちらりと私を見上げます。甘える仕草をするリドルくんでしたが、声は未だ怒っているようでした。
「2度とこんな真似をするな」
「ご心配をかけてしまって…、すみません」
「反省しているならいいけど!」
膨れながらもぐりぐりと私に頭を押し付けるリドルくんを可愛らしいと思いながらも、心配している彼を無碍にすることなど出来ず、私は彼の頭をよしよしと撫で続けました。
「そういえばジニーちゃん達の罰則って…?」
不意に零した私の声に心配が加わります。それを察知したかのようにリドルくんはつまらなそうに言葉を返しました。
「大丈夫。カロー兄妹には渡ってない。
ハグリッドと禁じられた森に行っただけさ。何しているかは知らないけれど、今更あの餓鬼共にとっては危ないことじゃない」
「…良かった」
心からそう呟いて、私はもう1度リドルくんをぎゅうと抱きしめてから彼を離し、ベッドから足を下ろします。
リドルくんの手が支えるように私の背中に触れています。彼は私の顔色を見つめていました。
「もう歩いてもいいのかい?」
「大丈夫ですよ。元気です。無理もしてません。
スネイプ先生は校長室に?」
先生の所在を問うと、また不機嫌そうな顔をするリドルくん。
「行ってくるの?」
「はい。リドルくんも行きます?」
「あそこにはダンブルドアもいる。嫌だね」
頑ななリドルくんに私はクスクスと笑います。今まで何回か私が校長室に足を踏み入れることがあったとしても、リドルくんは絶対についてこようとはしませんでした。
「……じゃあ、行ってきますね。
本当にありがとうございます。リドルくん」
「はいはい。ほら、さっさといってらっしゃい」
彼は不機嫌そうに顔をしかめて私を急かすように背中を押すのでした。