校長室の前に立ち、私は合言葉を唱えます。

「『ベリタセラム(真実薬)』」
「合言葉は変わった」

ガーゴイル達に告げられた言葉に私は表情を驚きに変えました。

「えぇ!? ……私が気絶している間に変えるだなんて意地悪です…」

実際ならば意地悪も何もないのですが、意図的に私を入れないようにしているとしか思えずに、頬を膨らませます。
私は静かにいきこんで、思いつく限りの魔法薬の名前を告げました。きっと、これまでの合言葉の傾向を見ると次も魔法薬の名前の筈です。筈なのです。

「えーっと、マンドレイク、マートラップ、フェリックス・フェリシス、ポリジュース薬、生ける屍の水薬!」
「残念」
「えぇ…、あとは…、膨れ薬とか…? ぺしゃんこ薬、愛の妙薬、安らぎの水薬…は前も使いましたね…。うーんと、強化薬に、陶酔薬。ハナハッカ、脱狼薬―――。あぁ、もう。魔法薬っていっぱいありすぎです!」

きっと他にも私の知らない魔法薬もあるのでしょう。そうなってしまえば合言葉を当てるのは絶望的になってしまいます。

私はきっと中にいるであろうスネイプ先生に声を掛けようと少しだけ声を大きくします。
誰もいない廊下にずっと立っているのはとっても淋しいものがありました。

「私ですよー。スネイプ校長先生ー! 『リク』・ルーピンですー!」

その瞬間、ガーゴイルの1体がどこか優しい表情をして、ひょいと扉の前から避けました。
合わせてもう1体のガーゴイルも私に道を譲って下さります。私はぽかんと開いた扉を見つめました。

「え?」

疑問の言葉を零しながら私はガーゴイルを見つめます。ガーゴイルはいつもと変わらず、微動だにしないままでした。

「……『リク』?」

自分の名前で開いてしまった扉に戸惑いつつ、あれだけ躍起になって入ろうとした扉に急に入りづらくなります。
スネイプ先生がどうして私の名前を合言葉にしてしまったのでしょう。少しだけ緊張してしまいつつも、私は静かに奥の扉を開きます。

扉の隙間から少しだけ顔をのぞかせると、奥で作業していたスネイプ先生の姿が目に入ります。
スネイプ先生はすぐに私のことに気が付き、作業する手を止めて私を睨む勢いで見ました。

「………開けたのか」
「…開いちゃいました」

言葉を交わしつつ、気まずい空気感が私達を包みます。スネイプ先生はよりにもよって、私の名前を合言葉になんてしてしまったのでしょう。
混乱に混乱を重ねる私でしたが、ここまで来てしまったからには帰るわけにも行かずに、ゆっくりと先生の傍へと進んでいきます。

スネイプ先生は作業の手を止め、私をちらりと見るだけでした。

「…ガーゴイルに自己紹介でもしたのか」

スネイプ先生も私が入ってくるとは思っていなかったのでしょう。ぎこちない表情を浮かべているスネイプ先生に私も気まずい思いをしてしまいます。

なんとか妙な空気を払拭したくて、私はスネイプ先生の前まで小走りで近寄り、むすと頬を膨らませつつ言葉を発します。

「そ、それより、なんで合言葉変えてしまったんですか。しかも私の知らない間にです。意地悪ですよ」

私が軽く怒ったようにそう言うとスネイプ先生もいつもの意地悪さを取り戻したかのように冷たい瞳を私へと向けました。

「意地悪も何も、本来ならば生徒が自由に行き来出来るような場所ではあるまい」
「そうですけれども…、」

何かあれば校長室に来ていいといったのはスネイプ先生のような気もします。それを口にするのは躊躇われて、私はただむすと不機嫌さを表現しておきます。
そんな私を見てから、先生は深く溜め息をつき、立ったままの私に目の前の椅子を示しました。

「掛けたまえ」

言葉に従い大人しく腰をかけます。よく見ると机の上には先程ジニーちゃん達が決死の思いで奪おうとしたグリフィンドールの剣が置かれていました。
私はその剣を見つめます。伸ばした手をスネイプ先生は止めようとはしませんでした。

握るとそれ相応の重量感が私の手に伝わります。輝く切っ先を見つめているとスネイプ先生が静かに話しだしました。

「近々、これはグリンゴッツに送られるだろう。警備の1番厳しい…ベラトリックスの金庫へと送られる」
「…。でしょうね。
 でもその方がいいと思います。ジニーちゃん達が無理をしてしまわないように…」

指を切らないようにだけ気をつけて私は剣を撫でます。剣の刃はキラキラと輝いて見えました。
すると、スネイプ先生が手を伸ばし私の手元から剣を奪うかのように取り上げてしまいました。取り上げると同時に言葉。

「これは贋作だ」
「え?」

先生が不意にそう言いました。私は目を丸くさせて思わず聞き返します。
スネイプ先生は対して表情も変えないまま、机の上の剣を見下していました。

もう1度私が剣に手を伸ばそうとすると、今度はその手を止められてしまいます。
そして剣を隠すかのように布を巻かれてしまいました。贋作かどうかなんて私に分かる訳もありません。ですが、もう1度だけ見たかったんですけれど。

「本物は別の場所に保管してある」
「わ、私、気絶するぐらい頑張ったんですよ…」
「眠っていただけだろう。
 ……いずれにせよ、無駄な頑張りでしたな」

どうやらそのようです。しょんぼりと肩を落としていると、スネイプ先生は微かに目を細めて私を見つめていました。
薄く口が開かれ、私は思わず耳を澄ませていました。

「無茶を、しないように」
「……先生も無茶しないでくださいね」

優しげな心配の言葉に、思わず私も心配の言葉を掛けていました。

「先生は器用な人ですから、上手に立ち回ってくださっているんでしょうけれど、無茶はしないでください。
 スネイプ先生は私よりもずっとずっと危ないお仕事をなさっているんですから」

言葉にしてしまうと思った以上に不安になってしまって、私はきゅうと胸元を掴みます。
あまりそうしているとより一層不安になってしまいそうで、顔を上げてにっこりと微笑みかけました。

「私、戻りますね。リドルくんがとっても暇している筈ですから。
 ダンブルドア校長先生がいるからって、ここには絶対について来てくれないんです」

私が立ち上がるのをスネイプ先生は引き止めません。そして私が扉に手を掛けたあたりでスネイプ先生は静かに私を呼び止めました。

「Ms.」

一言だけのその言葉に私は振り返ります。声が掛けられはしましたが、スネイプ先生はこちらを見ていませんでした。

「新しい合言葉を、考えておく」
「…ふふ。そうしておいてください。恥ずかしいですから」

視線も合わされずに言われた言葉にきゅうとなる心臓。私は再び笑みを浮かべて部屋を出ました。

教師として当たり前のことなのに、スネイプ先生が私の名前を覚えていたことが意外で、驚きが私を包んでいました。


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