俺は『ヘビ』だ。

生まれたとき腹立っていた。苛立っていた。
好奇と殺意の視線にさらされていた。

気が付いたら目の前に学生がいた。
恐怖に顔を歪めて俺を見るその男。

何だかムカついていたし、本能赴くままにそれに噛み付いていいなと思った。
悲鳴を上げて回りの餓鬼どもが俺から離れていく。
俺に睨まれた男だけが恐怖に固まって動けないでいた。

『僕の友達に手を出さないで』

これは俺達と同じ言語だ。なんだ、パーセルマウスなのか?
この言葉を使える人間は限られているはず。

聞こえてきた方にいた眼鏡の子供に1度視線を向け、突然の出来事に俺は動きを止めた。

面倒事は嫌いだ。大人しく男から引くと回りがさらにざわついた。
なぜか最初の男は声を荒上げて部屋から飛び出して行った。

面倒臭い。はぁ。これからどうするか。

このまま人間に消されるのを待つしかないか。と呆然と思っていると、目の前に小さな女がいた。

四つ這いで近付いてきたその女は満面の笑みで手を伸ばしてきた。


リクは俺に手を伸ばしてきた。


†††


俺は『ムリフェイン』。

リクは俺をそう名付け、いつもはフェインと呼んだ。

ムリフェインとは、へびつかい座を構成している星の1つで、おおいぬ座のα星シリウスの隣にある星と同じ名前だそうだ。

そしてフェインの発音は『Fain』だ。
これは喜ぶという意味がある。らしい。

あのリクが精一杯捻った名前だ。気に入ってはいる。
そしてリク自体も人間にしては気に入ってた。

だから、俺はリクに着いていく。
着いていく。守っていく。俺の本能がそうさせる。

ただそれだけ。


†††


最近、リクは黒い日記と会話している。
中にリドルという精神体が入っているらしく、日記に文字を書き込めば返答が返ってくるのだ。

日記との会話に楽しそうなリクにムッとする。
冷静に分析すれば、これはただの俺の嫉妬だと思われる。

だが、最近、リクの体調が優れないことにはムッとするだけではすまない。

俺はよく知らないが、リクは未来を知っている。
その未来を変えようとすると、警告の意味を込めて頭痛を起こしているようだ。

日記は本来ならハリー・ポッターに移っていなくてはいけないらしい。

「……リドルくんに、悪いことは、させません」

だからってリクが無茶する必要はないだろうが。

俺はリクの見てない間に日記をポッターのベッドに置いてきた。
弾みで開いた日記に文字が浮かび上がった。リドルだ。

〈へぇ、リクの事、気に入ってるんだ?〉
『あんたもな』
〈僕の玩具だからね〉

蛇語で答えてやると、意外なことに返事があった。
なんだ、こいつもパーセルマウスなのか。

気になってさらに話し掛けてやった。

『…リクはあんたも助けるって。
 リクは、あんたが好きだからって』

リクの好きとやらはきっと他の奴らに向けるのと同じだろうけど、確かにリクはそう言っていた。

悲しそうに寂しそうに、そう言っていた。

未来なんてリクは知らないほうがいい気がするのに、どうしてかリクは知っている。
知らなければ悩まなくてすむのに。

そう思いながら暫く待っていたが、日記からの返事が無くなったので俺は身体を動かし日記を閉じた。


†††


リクとは殆ど一緒にいるが、たまには離れて単独行動をすることだってある。
ただ生徒が驚いて俺を苦情しようとするから離れないだけで。

俺は地下牢教室に来ていた。ここはじめじめとしていて薄暗くて心地いい。

リクもここが心地いいのかよく来ていた。
……いや、リクの場合は教室自体じゃなくて、この教室の持ち主といるのが心地いいのか。

「………材料になりに来たのか?」
『絶対やだよ』

セブルス・スネイプ。他の生徒には大変に嫌われているようだが、何でかリクは頻繁にここに来ていた。

昨日も『バレンタインデー』だかで、チョコレートを渡しに来ていた訳だし。
リクは知り合い殆ど全員に配ってたから本命かどうかなどわからないけどな。

スネイプの机の上を見ると、昨日リクが作ったチョコレートが乗っていた。

包み紙が破かれ、中身が無いことを見ると柄にも無く食ったようだ。
包み紙の前で止まった俺がスネイプを見上げる。

『美味かったか?』

俺が聞いてもスネイプは何も言わない。
ま。蛇語を知らないなら当然だろうけど。

くぁと欠伸をして机の上で蜷局を巻いていると、羽ペンを走らせていたスネイプが小さく呟き、すぐに口を閉じた。
人間なら聞き逃したろうが、俺は『ヘビ』だ。聴覚は優れている。

俺はニヤニヤと笑いながら(人間にはこの表情は伝わらないが)、スネイプが呟いた言葉を口の中で反復した。

それをリクに言ったら喜びそうなのに、こいつは絶対言わないんだろうな。

クックッと笑いながらスネイプの作業をぼんやりと見ていた。

『――悪くない味だった、ねぇ…』

素直じゃない。本当に。


†††


同族の匂いがする。ここ最近ずっと。

その匂いが気になってリクから離れ追いかけるが、あっちの方が頭がいいらしく、なかなか見つからない。
学校に張り巡っているパイプの中を伝うが、一向にあっちの姿は見えなかった。

リクはまだ俺の同族に気づいていない。
リクもこの学校の生徒も先生も校長すら。

ポッターを介してリクに危険を伝えたかったが、それをすればリクに頭痛が向かうことは予想出来ていた。
全く…厄介。俺は面倒は嫌いなんだって。

頭が良いグレンジャーならいつか気付くかと思っていたら、同族の声を聞いたポッターに触発されてか、グレンジャーが声を上げた。
やっと気付いたのだろう。

ぽかんとしたポッターやウィーズリー、そしてリクを置いて俺はグレンジャーの肩に乗った。

真っ直ぐに図書館に向かったグレンジャーは、すぐさま魔法生物の本を開き、『バジリスク』とかかれたページを探り当てた。

ニヤリと俺は笑う。

グレンジャーは目を輝かせてその本を司書に見つからないように破った。
『パイプ』と走り書きするとまた立ち上がる。

これでやっとリク達に危険が伝わる。頭良い奴はやっぱり楽だな。

グレンジャーはリクから貰った鏡を取り出すと、それをぎゅうと握った。
対処法も調べたみたいだな。

だが、…そう上手くはいかないものらしい。

廊下を進み、リクの元に向かう途中。

グレンジャーの肩に乗っていた俺は聞こえたバジリスクの声にバッと後ろを見た。
パイプの隙間からその巨体をのぞかせた同族がグレンジャーの背中を見つめていた。

『継承者の敵、継承者の敵――』
『グレンジャー、絶対振り返るな!!』
「フェイン? どうしたの?」

言葉が伝わらないとは不便だ。

いきなり騒いだ俺に向いたグレンジャーはバジリスクの姿を見てしまったのだ。

バタリと倒れたグレンジャーは完全な石化は免れたが、今まで出ていた被害者と同じ状態になってしまった。

…いや本当、こんな状況は勘弁。

『同族よ、同族。なんで人間を襲う?』

俺はグレンジャーの胸元に乗って身体を起こしながらバジリスクを見ていた。
同族の俺には石化など効かない。バジリスクは静かに俺を見下ろしていた。

『継承者がそれを望むからだ。同族よ』
『継承者? それは誰だ?』
『ヴォルデモード卿』

ヴォルデモード卿――日記にいるリドルの別名だ。
俺はそれを忌ま忌ましく思いながら、バジリスクの側に寄った。

『俺にだって信ずる主がいる。そのためについていっても?』
『……あぁ、私がそれを許そう』

俺の何倍もの大きさのバジリスクについて、俺もパイプの中へと消えていく。

リクには世話になってる。守っていくと決めている。

リクのためなら少しくらい頑張ってやる。


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