冷水を浴びせられたような。
マリアはそんな思いがして思わず目の前の光景を凝視した。短い呼吸を繰り返す。気持ちの悪い汗が流れた。
「アイアン、ハイド……?」
センチネルが放った腐食銃は、彼を守るために後ろを向いていたアイアンハイドを撃ち抜いた。
空間はセンチネルの裏切りを信じることができずに、呆然と固まっている。
マリアは自分の喉が酷く乾いているのに気が付いた。が、状況に思考が追いつかずうまく唾を嚥下することが出来ずにいた。
2発目の腐食銃が音を立てた。
絶命間近のアイアンハイドは既に発声回路を負傷している。
彼は悲鳴すらこぼさないまま、ボロボロと崩れていく手足を制御できずにいた。
上半身が倒れ、アイアンハイドは膝をつく。そのついた膝もすぐにでも腐敗に飲み込まれていきそうだった。
彼の死は目前に迫っていた。ほぼ死んだも同然だった。
そう悟った時のマリアの行動は早かった。
今までセンチネルを守るために担いでいた愛用のスナイパーライフルを、迷うことなくセンチネルへと向け、そのまま膝立ちして射撃体制に入る。
スナイパーライフルの銃口はセンチネルの目を狙っている。
小さな人間であるマリアが自分の何倍も大きなトランスフォーマー達に対抗するためには、まずは目を潰すしか勝目は無いためだ。
未だ動けずにいる仲間達の中で、素早く射撃体制に入っているマリアの動きは酷く目立っていた。
その動きはセンチネルの目にも止まっており、腐食銃の銃口がいつの間にかマリアへと向いていた。
センチネルの視線は冷たい金属のそれであり、目障りな存在であるマリアを気まぐれに消そうとしていた。
それを見てやっと我に返ったレノックスの制止の声がかかる。それはセンチネルに向かってか、マリアに向かってか。
陸軍大佐の静止の声が響き、やっとオートボット達や他の軍人達が動き始める。が、既にマリアの耳は正常に機能などしていなかった。
照準が合い、マリアの指がトリガーにかかる。 マリアからは腐食銃の銃口が見えている。
こんな状況でもマリアはあくまでも冷静な思考を保っていた。それでも怒りがないわけではない。
彼女の口から罵りの言葉が生まれる。
「この…、Wuss(臆病者)が…!!」
そこでマリアの視界を遮るものが現れて、マリアは思わずトリガーにかけていた指を止めた。
「な、んで……」
マリアに降り注ぐのはボロボロとした金属の欠片。
腐食で動けるはずのないアイアンハイドの、崩れかけている大きな手がマリアを守るように包んでいた。
アイアンハイドからの声は聞こえない。破壊された発声回路では言葉を紡ぐことができないのだ。
それでも、そのスパークがかき消される数瞬手前の、気高い戦士がとった行動は何よりも誇らしい行動だった。
人間1人だけではプライムであるセンチネルには勝てない。ならば下手に手を出すのは自殺行為だ。
アイアンハイドは歪むアイセンサーの隅で愛するマリアの姿を捉えていた。
ガシャンと音を立ててマリアが構えていたスナイパーライフルが地面に落ちた。
センチネルの動きが止まり、腐食銃はマリアから逸らされた。センチネルはレノックスや他の生き物に何かを命令している。だが、マリアの耳にはその声は入ってこなかった。
その中で、マリアは地面に腰を落として、我慢していたはずの涙がぼたぼたと溢れ出したのを止めることができずにいた。
彼女の身体は守るようにアイアンハイドの手が包んでいたが、それもすぐに風化して流れていく。
マリアはアイアンハイドの美しい青い瞳からスパークの光が消えていくのを呆然と見ていた。
そしてその瞳が完全に闇に落ちたと同時に。