この街の中でも有数の女子高校に澪は通っていた。
時刻は放課後。辺りは既に夕焼けが輝いていて、その日、校内に残っていたのは彼女1人だった。
肩に提げられたスクールバックのミニポケットからは可愛らしい猫のピンが顔をのぞかせている。手には体育で使ったのであろうシューズバック。
身に纏った制服は着崩していないというわけでもなく、だからといって極端にだらしないというわけでもなく。
彼女は何処にでもいるようなごくごく普通の女子高校生だった。――ただし、顔を青く引き攣らせていなければ。
(………どうしよう)
焦燥感の漂う彼女は足早に玄関に向かっていたが、チラリと人影を見た途端に、行く先を不自然に見られない程度に変えてしまう。
(どうしよう。どうしよう)
ぎゅうと不安げに鞄の紐を握り、溢れ出しそうな涙を堪える。
そして遠くに見えた人影に澪はまた怯える。何故か、理由はわからないが、全身真っ黒い服を着た覆面姿の男達が彼女の後を追って歩いていた。
しかも1人ではない。見かけただけでも3人。そして他にも校内の様々の所で覆面の男が澪の姿を追っていた。
(ここ女子高だし、先生の他に男の人なんていない筈なのに…。
あの人、誰!? 不審者!?)
彼女は突如現れた見慣れない存在に、頭の中をぐるぐると回転させる。だが、考えれば考えるほど余計に不安になるばかりだった。
泣きだしたいのを必死に我慢し、澪は心を決め、バッと突然走り出した。
(私に関係なかったら追ってこな…、追ってきてる!!)
澪に合わせて走り出した覆面の男達から、彼女は必死に逃げる。校内を駆け回っていると手前から別の男が飛び出してきた。
「来ないで!」
悲鳴を上げ、澪は咄嗟に入りのシューズバックを思い切り男へと振りまわした。
途端。澪の持っていた筈のシューズが遠くへと飛んでいく。
何が起こったのかわからない澪がぽかんと手元を見ると、綺麗に切られているバックの紐が目に入った。
そこで、男が手に長い爪のような刃物をつけている事に気付いた。それと同時に自分の肩から血が流れだしている事にも気が付く。
「!?」
澪は半狂乱になり、脱兎の如く男達の手から逃れる。幸い、陸上のタイムは早かった彼女は男を振り切る事は出来ないにしても、男の刃物からは辛うじて逃れられた。
玄関に向かうつもりだったが、玄関には別の男がいた事を思い出し、澪は逃げるために階段を上っていく。
(どうしようどうしよう。逃げなきゃ逃げよう。警察!!)
だが、男達は澪が鞄から携帯を取る暇すら与えてくれない。澪は必死に屋上の扉を開けた。
屋上には何時も校内の備品や、学園祭に必要な看板などが置いている。雑多に置かれた物を利用して男達を巻くべきだった。
「え…? 何でないの?」
呆然と呟く澪の目の前、何もない空間が広がっているだけだった。
これでは隠れる所など全くない。逆に逃げ道すら無くしてしまった。澪がおろおろとしていると後ろから階段を上る音が聞こえてくる。
迷いながらも腰辺りまでのフェンスに近寄り、下を見る。
3階建ての学校の屋上はそれなりの高さがあった。こんなところから落ちたりなどしたら、まずもって助かりはしないだろう。
「………何この人生最大のピンチ」
引き攣った顔で笑みを作り、澪は迫りくる男の足音を聞いていた。
そしてやってきた男達。彼女はフェンスに背を預け、男を真正面から見た。黒い男達は無言のまま、澪に寄って来る。
澪ははぁ。と溜め息をつき、涙の浮かんだ目尻を拭いた。
そして、ビシッと男に指を突き付ける。男達は1瞬たじろいたように見えた。
「ばーーーーーーかっ」
そう叫んだ後、澪はぎゅうと瞳を閉じ、背に全体重を預けてフェンスを越えた。重力に従い澪の身体は下へ下へと落ちてゆく。
(3階から落ちたら、痛いじゃ済まないよね)
空中に身を投げ出されながら、意味もわからず澪は涙を流した。
(普通の国)