空が歪む。地面が歪む。空間が歪み、次元が歪んだ。
「あ、れ?」
落下していた澪は地面に叩きつけられる事無く、ふわりと何かに包まれた。
だが、まだ恐怖が身体を支配してるのか、澪は瞳を開ける前に、その何かを離すまいと強く握り締める。
「っおい。離れろ」
だが、どうやらその何かは人間らしい。彼女は微かに震えながらもゆっくりと瞳を開けた。
飛び込んできたのは、紅く鋭い瞳。そして黒い髪、服装。
彼女の視界に入ってきたのは不機嫌そうな男の顔だった。しかも男の身体には所々に血が付いている。
「きゃー!」
まだ黒づくめの男が追ってきていたのかと、澪はその男を突き飛ばして離れ、逃げだそうとする。
が、男は暴れる澪の腕を掴んだ。澪は騒ぎながら鞄を振りまわす。
「きゃーっきゃーっ離れてください!! 警察呼びますよ!?」
「落ち着け!」
「あら。貴方、来ていきなりセクハラ行為?」
「ちげーし!!」
そこで澪に聞き覚えのない声が聞こえたが、それどころじゃない。
涙を流しながら腕を振っていると、背中側からふわりと優しく包まれた。
「ねぇねぇ大丈夫。落ち着いて? 俺がこの黒いのに悪い事させないであげるから。ね?」
優しげな声だった。澪が上を見ると、金髪で蒼い瞳、白い服を着たの男が覗き込むように彼女を抱き締めていた。
ぐすん、ぐすんと泣きながら、澪はバッと白い男に抱きつく。黒い男から離れ、訳が分からなくなっているのかその白い男から離れようとしない。また女の声が聞こえた。
「あら、そっちは来ていきなり、いちゃつくの?」
「そういう訳じゃないんですけどー。
ほら、落ち着いた?」
澪はようやく少しだけ落ち着いたのか小さく頷く。そこで、自分が男に抱きついているのに気付いたのか顔を真紅に染め、男から離れる。
「す、すみません!」
「大丈夫だよー。落ち着いたー?」
微笑む男に澪は深々と頭を下げ、やっと呼吸を落ち着かせて辺りを見渡す。
そこには全く身に覚えのない和風な建物があった。建物の前には美しい黒髪の女。対面にいるのは、眠った女の子を抱えた男の子。先程の目付きの悪い黒い男。人当たりの優しそうな白い男。
この場にいたのは澪も含め7人男女。何時の間にか振っていた雨。雨に濡れ出す身体。
澪はきょろきょろと周りを見渡し、そして疑問が決壊したダムのように溢れ出した。
「え? あ? ここ、何処ですか? 何ですか? 学校は? 私、落ちて――?」
「ほらほら、またパニックになってるよー。落ち着いてー?」
白い男に頭を撫でられながら、澪は状況を理解しようと頭をフル回転させる。だが、決して答えは得られない。
考え込むように黙り出した彼女を隣において、白い男は建物の前で佇む女に振り向いた。同時に黒い男も女を見ていた。
「貴女が次元の魔女さんですかー?」
「てめぇ、誰だ?」
声が被り、白と黒の2人はお互いに顔を見る。間に挟まれている澪は困ったように、両脇の男達を交互に見つめていた。
次元の魔女――侑子は妖艶に頬笑みを浮かべたまま、促すように手を差し出した。
「先に名乗りなさいな」
「俺ぁ黒鋼。つか、此処何処だよ」
黒い男――黒鋼は改めて周りを眺める。澪はここが何処だかわからない人が他にもいて、微かに安心する。
「日本よ」
「あぁ? 俺がいた国も日本だぜ」
「それとは違う日本」
「わけわかんねぇぞ」
黒鋼はきっぱりと言い切る。澪はそろそろと手を上げ「私も日本に住んでました」と消えそうな声で呟く。
が、侑子は誰の言葉も無視して今度は白い男に向き直る。
「貴方は…」
「セレス国の魔術師、ファイ・D・フローライトですー」
白い男――ファイはスッと丁寧にお辞儀をする。侑子がファイに問いかけた。
「ここが何処だが知ってる?」
「えー。相応の対価を払えば、願いを叶えてくれる所だと」
「その通りよ」
(そんな所なんだ…?)
澪は首を傾げながら、同じくよくわかってなさそうな黒鋼をチラリと見る。が、視線に気づいた黒鋼が澪を睨むと、おろおろと俯いてしまう。
侑子は「さて」と澪達を見る。
「貴方達がここに来たと言う事は何か願いがあるということ」
「元いた所へ今すぐ返せ」「元いた所にだけは帰りたくありません」
最初だけは異口同音で、結果、真逆の事を言った黒鋼とファイ。澪は再び左右の男を交互に見ることになった。
「それはまた難題ね。2人とも」
侑子は妖艶に微笑みかけて、周りに声をかけた。澪の他に女の子を抱えた男の子の2人。黒鋼、ファイ。
「その願いは貴方達が持つ最も価値のあるものでも払い切れるものではないわ」
侑子の言葉に男の子が苦い顔をし、歯を噛みしめた。しかし、次の言葉でハッと顔を上げる。
「けれど、4人一緒に払うならぎりぎりって所かしら?」
「なに言ってんだ、てめー?」
「ちょい静かに頼むよぉ。そこの黒いの」
「黒いのじゃねー!! 黒鋼だっつの!!」
ファイに切れ、怒鳴る黒鋼。だが、ファイは聞き流すように耳を押さえてそっぽを向く。侑子は男達をおいて話をどんどんと続ける。
「貴方達3人の願いは同じなのよ」
侑子は最初に男の子を見た。
「その子の飛び散った記憶を集めるために色んな世界に行きたい」
次に黒鋼。
「この異世界から元の世界に行きたい」
最後にファイ。
「元の世界へ戻りたくないから他の世界に行きたい」
侑子はチラリと澪を見たが、何も言わず、すぐに3人に視線を戻す。
「目的は違うけど手段は一緒。
ようは違う次元、異世界に行きたいの。ひとりずつではその願い叶える事は出来ないけれど4人一緒に行くのならひとつの願いに4人分の対価って事でOKしてもいいわ」
「俺の対価って何だよ」
侑子は黒鋼を指差した。その先は腰に差された刀を示していた。
「その刀」
「なっ! 銀龍はぜってー渡さねぇぞっ!!」
黒鋼が刀を侑子から遠ざけると、侑子は口端を吊り上げズイズイと詰め寄る。
「いいわよ。
そのかわり、そのコスプレな恰好でこの世界をまわって銃刀法違反で警察に捕まったりテレビに取材されたりするがいいわ」
「あ? けいさ? てれ?」
黒鋼は沢山の「?」を飛ばす。微笑みながら侑子はトドメを刺した。
「今、貴方達がいるこの世界にはあたし以外に異世界へ人を渡せるものはいないから」
「んな! デタラメっ!!」
「本当だぞー」
「マジかよ!?」
侑子が黙って不敵な笑顔のまま手を出していた。黒鋼は悔しそうに顔を反らす。
「どうするの?」
「くっそー! 絶対『呪』を解かせたら、また戻って来て取り返すからな!!」
黒鋼は意を決したように刀を突き出した。刀を受け取り、今度はファイを見る。
「貴方の対価は、そのイレズミ」
「この杖じゃダメですかねぇ」
「だめよ。
言ったでしょ。対価はもっとも価値のあるものをって」
ファイは俯き、諦めたように小さく微笑む。
「仕方ないですねぇ」
ファイの背中から、ぽぅとイレズミが浮き出てきて侑子の元に向かう。澪は「魔法みたいー」と子供のように静かに歓声を上げる。
侑子は2人のの対価を受け取ると今度は小狼を見る。
「貴方はどう? 自分の1番大切なものを私に差し出して、異世界に行く方法を手に入れる?」
「はい」
男の子は迷わず答えた。あまりの即断っぷりに侑子が聞き返す。
「貴方の対価が何か、まだ言ってないのに?」
「はい」
「あたしが出来るのは異世界へ行く手助けだけ。
その子の記憶のカケラを探すのは、貴方が自分の力でやらなきゃならないのよ」
男の子は真っ直ぐに侑子を見つめる。その瞳には強い意思が宿っていた。
「……はい」
「…いい覚悟だわ」
侑子は満足そうに微笑む。そして、今度は澪に向いた。