空汰達の下宿に戻ってきた澪達は「ただいま」と声を揃えて、真っ直ぐにサクラの眠っている部屋へと向かった。
あれから少し辺りを捜索したが、昼前以上の成果を上げることはなく、黒鋼の怪我も気になるということで予定していたよりも少し早めに帰ってきたのだ。

「おかえりなさい。なにか手がかりはありましたか?」

サクラの枕元で彼女の様子を見ていた嵐が、顔をあげて澪達を出迎える。
小狼が返事をしたところで、ちょうど空汰が帰ってきたらしく階段を慌ただしく上ってくる音が聞こえてきた。

「おう、みんな揃ってんな! どうやった?
 と。その前に……」

空汰は澪達に声をかけたあとに、くるっと陽気に嵐に向かい、ココと頬を指差す。

「お帰りのチューを!」

嵐は既に拳を握っており。澪は響いた鈍い音にぎゅうと瞳を閉じた。


†††


「そうか。気配はしたけど消えてしもうたか。
 で、ピンチの時の小狼の中から炎の獣みたいなんが現れた、と」
「はい」

今日あった出来事を簡潔に話し、神妙に聞いている空汰だが、その頭には大きなタンコブできれており、真面目さはない。空汰の隣ではすごーいと歓声を上げているモコナがぴょこぴょこと動き回っていた。
澪は怪我をした黒鋼の手当てをしようと頑張っていたが、澪は黒鋼の傷口を見る度にふるふると細かく震えていた。
呆れた表情の黒鋼が澪を見る。

「嫌ならやるなよ」
「で、でも、怪我…放っておくと悪化とかしたら大変ですし…」
「そんなに震えてたら治療も何もできねぇだろ」

そんな会話をしている横で、ファイはにへらと空汰に質問をしていた。

「やっぱり、アレって小狼君の巧断なのかなー?」
「おう。それもかなりの大物やぞ。黒鋼に憑いとるもんもな」
「何故わかる」

実物を見ていない空汰はそう断言する。怪訝そうな表情を浮かべた黒鋼は澪に手当てをされながらも聞き返した。

「あのな。わいが歴史に興味を持ったんは、巧断がきっかけなんや。
 わいは巧断は、この国の神みたいなもんやないかと思とる。
 この阪神共和国に昔から伝わる神話みたいなもんでな、この国には八百万(ヤオヨロズ)の神がおるっちゅうんや」
「800万も神様がいるんだー」
「神様、いっぱーい」

ファイとモコナがニコニコと笑う。が、空汰が彼らの言葉を訂正する。

「いや。もっとや。色んな物の数、様々な現象の数と同じくらい神様がおる言うんやから」
「その神話の神が、今、巧断と呼ばれるものだと」
「神様と共存してるんだー。すごいねぇ」
「この国の神は、この国の人達を1人ずつ守ってるんですね」

小狼の顔が嬉しそうに、楽しそうに輝く。歴史好きな彼は空汰の話に共感したようだった。その表情に空汰も身を乗り出した。

「小狼もそう思うか!
 わいもずっとそう考えとった。巧断、つまり神はこの国に住んでるわいらをごっつう好きでいてくれるんやなぁってな。
 1人の例外もなく巧断は憑く。この国のヤツ全員、1人残らず神様が守ってくれとる。
 そやから、この国でサクラちゃんの羽根を探すんは、他の戦争しとる国や、悪いヤツしかおらんような国よりはちょっとはマシなんちゃうんかな」
「……はい」

小狼は眠っているサクラの髪にそっとふれた。澪はその光景を優しい瞳で見ていた。
嵐がファイの膝に座るモコナを見た。

「羽根の波動を感知していたのに、わからなくなったと言っていましたね」
「うん」
「その場にあったり誰かが只持っているだけなら、1度感じたものを辿れないということはないでしょう。
 現れたり消えたりするものに取り組まれているのでは?」
「? ……あ。巧断?」

澪がはっとしたように声を上げる。阪神共和国にいるものならば憑く、巧断。異世界から来た小狼達にも憑いた巧断は、普段出しながら歩いている人は多くは無い。
もし巧断の中に羽根があるとすれば、現れたり消えたりするもの、という条件に当てはまる。

「巧断の中にサクラの羽根が……」

やっとつかんだ小さな手掛かり。

「でも、誰の巧断の中にあるのかわかんないよねぇ」
「あの時、巧断いっぱいいたー」
「ナワバリ争いしてたもんねぇ」

問題は、どの巧断の中に取り込まれているか、ということだ。

頭を悩ませる小狼達に空太が言葉を紡ぐ。

「けど、かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「何で分かる」
「サクラさんの記憶の羽根は、とても強い心の結晶のようなものです。
 巧断は心で操るもの。その心が強ければ強い程、巧断もまた強くなります」
「とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのがサクラちゃんの羽根への近道かなぁ」

ファイの言葉に小狼が力強く頷く。ひとまずの方針はこれで決まった。

「よし! そうと決まったらとりあえず腹ごしらえと行こか! 澪ちゃんと黒鋼とファイは手伝い頼むで」
「はいっ!」
「今日は肉うどんといなり寿司や」
「えっ、嬉しいです」

歩き出す空汰に澪は元気よく返事をしながら「なんで俺も?」と不満げな黒鋼の手当てを終えて、立ち上がる。
その時、黒鋼の腕に澪の手がぶつかり、瞬間走った強い静電気に、黒鋼が顔をしかめた。

「あっ。すみません」

傷口に当たってしまったかと澪はおろおろと謝る。黒鋼は腕をさすりつつ、違う。と呟く。

「ただの静電気だ」
「よかった…。
 でも私は何ともなかったような?」

首を傾げる澪のところで、また小さくパチンと静電気の弾ける音がした。

「んー? どうしたのー?」

先に空汰についていっていたファイがなかなか来ない澪達に声をかけた。
ひょこっと澪の肩に手を置こうとする。と、その手にも静電気が走ってファイはぱっと手を離す。

「わー。澪ちゃん、静電気ー」
「あれ? ごめんなさい。なんか、さっきから静電気が凄くて」
「って澪ちゃん、澪ちゃん!!
 ポケットからなんか出とるで」

様子を見に戻ってきた空汰が澪のポケットを指差す。
きょとんと澪がポケットを見ると、そこには大きく蒼い瞳をした子猫がポケットから顔を覗かせていた。

「わっ!?」
『………澪さんに触るなぁーーっ』
「しかもしゃべった!?」

澪は驚きながらもその猫をポケットから出して、抱きかかえる。じっとその猫を見つめて、瞬きをする澪。彼女はゆっくりと自信なさげにだが猫へと問いかける。

「君……夢に出てきた、よね?」
『あ。覚えていてくれた? 澪さん』

猫は見てわかるほどに、にこーと笑みを浮かべる。空汰がその猫を見つめた。

「しゃべる巧断か…。見た事無い訳じゃないんやけど、珍しいな」
「珍しいんですか?」
「見た所……3級ぐらいやないかな?」
『級づけされるの…好きじゃないんだけど。僕…』

不服そうに澪の肩に乗り、尻尾を揺らす。尻尾には鈴が付いており、揺れるたびにリンリンと軽快に鳴っていた。
鈴が鳴ると同時にパチパチと静電気も発生していて、ファイがそれを見て、あーと手を打った。

「さっきの静電気って君?」
『澪さんに男の人が触るなんて駄目っ』
「なんだぁ、こいつ?」
『こいつじゃなーい!!』

バタバタと尻尾を振るその猫は澪の上で黒鋼に声を上げる。静電気と鈴が騒がしく音を立てる。
静電気により、髪がパサパサになっている澪がその猫をもう一度抱え、顔を覗きこむ。

「ね。君の名前、教えて欲しいな」
『……名前。……澪さんがつけて!』
「え?」
『人間って動物とかに名前を付けるんでしょう?
 僕にもつけて欲しいなぁー』

可愛らしい猫の言葉に、澪が首を傾げて考えた。そして思いついたのか、にこーと笑う。

「猫だから……にゃんくん!」
「澪ちゃん。にゃんくんはありなの? それ、ありなの?」

ファイが諭すように澪に話しかける。澪はきょとんとファイを見つめる。
猫、改め『にゃんくん』は少しだけ寂しそうに、尻尾を揺らしていた。


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