世界は平和で満ちていました。
物語は幕を下ろし、私は念願の魔法薬学教師となり、スネイプ先生と共に授業を受け持っていました。
可愛らしい新1年生の授業。生徒の間を巡回していた私は、小さく声をあげたグリフィンドール生の前で立ち止まりました。
その女の子は自分の大鍋の前でおろおろと困惑していました。
「せ、先生…、凄い色になっちゃったんですけれど…」
鍋をのぞき込むと、確かに。緑色になるはずの液体は、何故か粘り気の高いオレンジ色へと変化していました。
スネイプ先生のように一瞬見ただけでわかればいいのですが、私はまだ少し考えてしまいます。軽く香りを嗅いで、私は記憶を辿ります。
「…えっとー、あ。わかりました。蛇の牙を入れるのがまだ早かったんですね。きっとしっかり沸騰する前に入れてしまったのでしょう。
少しだけ手直しをしますからあとは自分でやってみてくださいね」
少し立ち止まって、わかった原因を女の子へと告げ、私は大鍋の縁を杖で数回叩きます。そのあとに砕いた蛇の牙を少しだけ追加すると、オレンジの液体は完全な緑とはいかないものの、緑に近い色まで変色しました。
私の手元を真剣に見ていた女の子に微笑みかけて、彼女へと場所を譲りました。
「じゃあ、ここからまたもう1度、黒板の4行目からやってみてください。今度は綺麗な緑になる筈です」
「ありがとうございます! リク先生!」
「慌てずにゆっくりやって大丈夫ですからね」
にっこりと笑ってアドバイスを告げると、女の子もにっこりと笑い返してくれます。
可愛らしい教え子に頬を緩めていると、気が付けば随分と近い位置にスネイプ先生が立っていました。
「Ms.」
咎めるように呼ばれて、私は苦笑を零してから先生に振り返ります。笑顔だった女の子の顔も心無しか固まったように見えます。
彼は私が生徒の手助けをすることをあまり良しとしていないのです。彼は今も昔もとっても怖い先生です。
彼の腕辺りをぽんと触れるように叩いて、私は宥めるように笑いかけました。
「ちょこっとだけですから。大目に見てください。スネイプ先生?」
「黒板の字も読めないのではこれから先、授業についていくのは困難だろう」
「まぁまぁ、まだ1年生ですよ。どうにかなりますって。
そう生徒を怖がらせないであげてくださいよ」
相も変わらず手厳しいスネイプ先生に苦笑を零して、私は時計を確認します。
あと数十分で授業の時間が終わります。生徒の間を巡回しながら過ごしていると、スネイプ先生が徐に終了の言葉をかけました。
「調合が出来たものから試験管に名前を書いたラベルを張り、我輩の机の上に提出を」
教室の前の方に立っているスネイプ先生の隣に立って、笑顔を浮かべます。
「はーい。ついでに連絡します。
本日の宿題は、今日作った魔法薬の効能と正しい使用方法についてのレポート1m以上です。来週までに私の所に届けに来てくださいねー。
お部屋にクッキーを用意しておきますから、みなさん、頑張ってくださいね!」
暗い地下牢教室にはあまり似つかわしくはない明るい声が響きます。若干緊張している生徒達が少し微笑みました。
ちらりとスネイプ先生が視界に映って、彼が呆れたような顔をしているのが見えます。
私は苦笑を返して先生の傍で立って、生徒が魔法薬を提出していくのをお手伝いします。
立ち去っていく生徒達に手を振っていると、複数人の女の子がおずおずと私の前に集まってきました。
「あの、リク先生…。ちょっといいですか?」
困惑を見せる女の子の視線は隣のスネイプ先生をちらりと捉えています。スネイプ先生は相も変わらず怖い先生ですからね。
そしてその怖い先生はするりと滑るように私の後ろを通って、採点のために1番前の執務椅子に座りました。
私はふふと微笑んで目の前の女の子に顔を向けます。
「はい。どうしましたか?」
「あ、あの、これから空き教室で、ハニーデュークスのお菓子でお茶会をするんですけれど、一緒にいかがですか?」
「え。私も参加していいんですか?」
「先生と一緒にお話したいんで!」
可愛らしい教え子とお菓子に釣られて私は目を輝かせます。参加しようかと心が動かされます。
ですが、不意に私の背中を見ているであろうスネイプ先生が思い出されて、私は苦笑を零しつつ誘ってくださった生徒達に謝罪を告げました。
「……あぁ、でもすみません。これから私も採点をしなくてはいけないのです。
参加できないのは残念ですけれど…、はい。こちらをみんなで召し上がってくださいな。
ココナッツサブレとフィナンシェです」
「わぁ! ありがとうございます!」
折角誘っていただいたのに。と思って私は自室からお菓子を呪文で呼び寄せ、生徒に手渡します。
別に贔屓しているわけではありませんよ! 殆ど全員にお菓子を配っているような気がしますし!
内心で謎の弁解を試みつつ、地下牢教室から出ていく生徒達に手を振り見送ります。
そして教室内に残された私とスネイプ先生。
振り返って座っているスネイプ先生を見ると、先生は私をちらりと見上げて溜め息をつきました。
「Ms.。生徒に甘いのでは?」
「すみません。ですが、数年しか違わない可愛い後輩なんですもん。
皆さん、だんだん私に慣れてきているようで、こうやってお茶会にも誘っていただけますし」
闇の陣営に私がいたということは殆どの生徒が知っています。今の高学年は私と同時期にホグワーツに通っていた生徒ですし、警戒されることも多々あります。
それでも、みんな、徐々に私という存在を許してきてくれているようで、こうやって時折お茶会に誘ってくれたり、私が甘味が好きなのを知ってお菓子を下さる生徒も増えてきたのです。
嬉しいことだと、頬を緩めていると目の前のスネイプ先生も何処か柔らかい微笑みを浮かべていました。
「…人柄ですな」
私よりもスネイプ先生の方が喜んでいるかのように見えて私は気恥ずかしくなってしまいます。
照れ隠しのように笑いながら、私は先生の前を離れて、使った大鍋を集めだしました。 カチャカチャと軽快な音が奏でられます。
「ふふ。スネイプ先生が言うと冗談に聞こえますね」
「…。それも人柄ですな」
「あれ。自分が怖い先生だという自覚はあったんですか」
「減点がお好みのようで」
やめてくださいよー。と笑うと私が洗うはずの大鍋の上にごちゃりと試験管が追加されます。
増える分には良いのですが…、いや、多すぎですね!
ぷくーと頬を膨らまして大鍋を洗い出すと、スネイプ先生も小さく微笑んだあとに採点を始めます。
お互い別の作業をしながら、私は不意に言葉を掛けました。
「そういえば。この前、新しいフレーバーティーを買ってきたんです。終わったら一緒に飲みませんか?」
「甘くないのならば」
「うーん…。保証は出来ませんけれど…。私が選んできたんです。きっと美味しいですよ」
根拠のない自信を見せ、私はにっこりと微笑みます。
ちゃんとスネイプ先生と一緒に飲もうと思って、甘くないものを選んできたんですから。
一緒にいた期間の長い私達。味の好みやその他色々なことはもう、お互いわかりあっていました。
「Ms.」
不意に掛けられた声に振り返ると、彼は採点の手を止めて私の傍に歩み寄ってきました。私も手を止めて隣に立った先生を見上げます。
「どうしました?」
「……。これを」
ゆっくりと静かに言葉を発したスネイプ先生は、その手に小さな箱を持っていました。
パッと私の頬に赤みがさします。その箱はアクセサリーを入れるような小さくて可愛らしい箱だったのですから。
中身への期待と嬉しさが私を包みます。
小さな箱を受け取って、両手で包みます。私は溢れ出しそうになる涙を堪えて先生を見上げました。
「………開けても?」
「そのために、ここにある」
震える手が小さな箱をゆっくりと開いていきます。
期待の視線の中、見えたのは緑の装飾が施された綺麗なピアスでした。
中身を見た私が一瞬止まります。ピアスです。ピアスでした。
……贅沢にも私は中身が指輪だと思ってしまったのです。ついにご結婚の申し込みをされたのかと!
行き過ぎた勘違いと共に顔が真っ赤に染まります。
恥ずかしさに打ち震えていると、目の前のスネイプ先生が私の手ごと箱を包みます。
先生は私の手を包んだまま、少し背を身体を丸めて私の額に頭を合わせました。
静かな声で囁かれます。
「………指輪では、調合の時に邪魔だろう」
言葉にはたと視線を上げると、先生は口元に優しげな微笑みを携えていました。
驚いて私ははっと息をのみます。スネイプ先生は手を離して、今度は私の髪を優しく撫でてくださいます。心地よさに目を閉じると幸せがこみ上げてくるようでした。
「…ありがとうございます、スネイプ先生」
「がっかりしたように見えたが?」
「…。ちょっと期待しちゃってたんです! ですが、これも…、本当に本当にとっても嬉しいです」
「指輪はまた、今度に」
告げられる言葉に私はまた顔を真っ赤にさせます。髪を耳にかけるとスネイプ先生がピアスを付けてくださいます。
左右で揺れるピアスを思いながら微笑みを浮かべていると、私の頬に添えられる手。
にこりと微笑んで再び目を閉じると頬が引き寄せられます。私も少しだけ背伸びをしてキスをします。
世界は幸せで満ち溢れていました。