(狼さんの娘は最初からもIFのお話ですが、こちらもそれ以上にもしものお話)
(スネイプ先生のキャラ崩壊が激しい)
(前半と後半の温度差も激しい)


『自分らしさ』というものを深く考えた事はないが、それでもその男は幾分ばかりか聡明だったため、自分が『らしくない』ことを悟っていた。

「スネイプ先生! 見てください! 上手に調合出来たんです!」

先生、先生と駆け寄ってくる、男よりも20歳は離れているその女の子は、魔法薬学の調合が上手く出来たと無邪気に喜んではいるが、決してホグワーツの生徒ではなかった。
確かに数年前は学生だったが、彼女は今、念願の夢を叶え、魔法薬学の助教授となっていた。

名前をリクという。
憎き同級生の愛娘であり、そして、

(………本当に『らしくない』)

スネイプが心から愛している女性なのだ。

にこにこと満面の笑みで大鍋から少量を試験管に移して近寄ってきたリク。彼女は瞳をきらきらと輝かせ、今しがた出来たばかりの魔法薬を褒めてもらおうと、期待感を募らせ、頬を赤らめている。

スネイプはその仕草を見てやっぱり無性に愛くるしく感じてしまう。
数年前、ただの教え子だった時には、例え同じ仕草をしていても何も感じなかったというのに、だ。
以前は、他の誰かを愛することなどないと思っていたが、人は変わるものである。

「教師にもなって、その程度の調合で喜んでいるようでは嘆かわしいですな」

意地っ張りな彼の口は決して、彼女が求めているような、お褒めの言葉は紡がないのだけれども。

「酷いです!」

さっきまで満面の笑みだったその表情をころりと変えて、リクはぷぅと頬を膨らます。が、スネイプの皮肉には慣れている彼女は、次にはまたにこりと笑って、うきうきと張り切った様子で試験管を並べ、完成した魔法薬を順に詰めていた。

ころころと変わっていく表情は見ていて飽きない。
スネイプはそんなリクの表情を飽くまで見ていたいが、あまり見つめていて彼女に気づかれたくはないので、自分の視線をどうにか手元のつまらない採点のためのレポートへと向ける。

名前を呼べば、綺麗な瞳がすぐさま自身に向くのも知っていたが、用もなく呼ぶのも『らしくない』。
スネイプは頭の中で必死にリクへの用事を探すが、既に思いつけるような用事は使い切ってしまっていた。

やがて自然とスネイプとリクのいる地下牢教室に無言が満ちる。
それは確かにいつもの事であり、スネイプ自身、居心地が悪い訳でも決してないのだが、彼女と過ごす数年間の間で随分と欲が出てきたようだった。

もっと会話をしたい。もっと彼女を見つめていたい。もっと彼女に見てもらいたい。もっと彼女が自身を愛しているということを実感したい。
そして、もっともっと自身が彼女をどれだけ愛しているのか伝えたいのだ。

(……『らしくない』、『らしくない』)

少しばかり聡明になってしまったスネイプは、自身から溢れ出しそうになる欲を全て否定する。

ふと、スネイプが心の底から憎んでいるとある同級生の1人を思い出す。奴は、学生の頃、リリーにそれはもう熱心にアピールしていなかったかと。
そして一瞬だけ、スネイプ自身があんなようにリクにアピールしている姿を思い浮かべようとして、見事失敗に終わった。

自分には到底無理だとすぐさま悟り、いつもと変わらない地下牢教室に目を向け、そしてそのついでにリクへと視線を向けた。

ちらりと気持ちの補充のように少しだけ見るつもりだったのだが、ちょうどその時リクもこちらを見ていたようで、彼女とぱちりと視線が合う。

それだけで、心がざわめき立つのを感じる。のにも関わらず、視線があったリクは照れたように頬を緩めて小さくはにかんだ。
スネイプはその瞬間、確実に息が止まった気がした。リクはそんなにも可愛かったか、と疑問が彼の脳内を横行する中、彼女の父親の事も同時に思い出す。

リクちゃん可愛い。リクちゃん可愛い。と、あの親馬鹿は彼女の話になるとすぐに頬を緩めていなかったか、と。
昔は、此奴は馬鹿だなと鼻で笑っていたが、今現在は笑える気が全くしない。それどころかあの狼男の娘自慢を頷きながら聞いてしまいそうで、それがある意味怖かった。

「………」

あまり長く固まっていたら怪しまれるかと思って、スネイプはふと立ち上がる。
きょとんとしているリクが見えて、また溢れ出す愛おしさを必死に押しとどめ、スネイプは彼女がお気に入りの紅茶の缶を呼び寄せた。少し早いが休憩をすることにしよう。これでは全くもって集中出来ない。

「Ms.は?」

スネイプはあくまで平静に問いかける。彼女の中でのスネイプは、いつでも冷静な大人である筈なのだから。

「私も休憩しますー!」

未だに呑気な彼女は彼の葛藤を知らない。


†††


スネイプが贈ったピアスを両手に乗せて、じっとそれを見つめるリク。
風呂上がりの毛先から水滴がぽたりと落ちて、彼女の肩にかけたままのタオルに吸われていった。

「Ms.。風邪を引く」

思わず声をかけてスネイプはリクの濡れた髪へと手を伸ばした。
彼は彼女の身体を少し抱き寄せて、肩にかけられたタオルを手に取って彼女の頭にかぶせて水分をとる。

スネイプの手を心地良さげに受け入れながら、リクはにこにこと微笑んでいだ。

「ふふ。すみません。なんだかとっても嬉しくて」

見るだけでも幸せだとわかるリクをじっと見つめて、スネイプ自身の中にも幸福が溢れるのを感じる。

『らしくはない』のだけれど、店で見かけたピアスがとてもリクに似合いそうと思ってしまって。
気付けば宝石店だなんて『らしくはない』所に入って、『らしくもなく』綺麗に包装までしてもらって、『らしくもない』贈り物を用意してしまった。
でも、心底幸せそうな彼女を見ていれば、決して悪くはないと思ってしまう。なんだったらまた何かを贈りたいと思ってしまう。

杖を握り、リクのまだ少し濡れている髪に触れて、完全に乾かしていく。
指を梳くたびに心地よさそうにしているリク。髪を乾かし終える時には、いつの間にかリクは若干のまどろみの中にいた。

「寝ます?」

問いかけてくるリクが1番眠たそうで、小さく顎を引くように頷いてみせると、彼女は満足げににこりと笑った。
差し出すように両手を広げてみせると、リクは「わーい」と子供のような掛け声と彼女も両手を伸ばした。あまりにも軽い身体を抱き上げて、寝室へと向かう。
彼女をベッドに横にするが、手を離す気が薄いリクにぎゅうと抱きしめられたままで少し苦しい。とんとんと彼女の肩口を軽く叩くとゆっくりと力が緩められる。
そして一緒に横になると、いつものようにリクから擦り寄ってくる。なんて愛おしい存在。

「おやすみなさい、先生」
「おやすみ。Ms.」

お互い名前を呼ばないのは相変わらず。それはどうしてもお互い照れ臭く感じてしまうが故に。


†††


自身の腕の中で再び眠りに就いたリクを静かに見つめる。怖い夢を見た、と目を覚ましていたリクを、スネイプは抱きしめ、言葉を掛け、額にキスを落とした。
明日の朝には、彼女好みの紅茶を淹れる約束もしたスネイプは、じっとリクの姿を見つめていた。

静かに繰り返される呼吸。先程まで不安そうに涙を浮かべていた姿はなく、腕の中に収まるか弱くも愛らしい存在。

そうだ。愛しい。愛おしいのだ。どう表現したらこの愛おしさを表すことが出来るのだろう。
らしくもない。らしくもないんだ。

どうすればいいのか分からず、溜息と共に目を閉じる。
そしてまた少し目を開けると愛らしいリクが見える。自然と手が先程と同じように、眠った彼女の頬を包む。視線が彼女の口元に釘付けになる。

もっと、もっと。

止まりそうにない欲は、酷く醜く感じて。それでも我慢なんて今はもう出来なくて彼女を起こさぬように、触れるだけの口付けに留めておく。
世界中で彼しか知らないキス。だがそれも、離した瞬間にまた次をと願う自身が浅ましい。誘惑から背けるように目を閉じて、リクの身体を緩く抱き締める。

ここでスネイプの想いのまま強く抱き締めてしまうと、小さな彼女は潰れてしまうような気がして、あくまで緩く。でも、決して離すつもりも逃すつもりも無い強さで。

夢の中にいる筈のリクも、無意識のままにスネイプを抱きしめ返すものだから、スネイプは彼女を抱きしめつつ長く長い深呼吸を繰り返して、ようやく眠りに落ちた。


†††


不意に隣の空間が冷たく思えて、真夜中にはたと目が覚めた。

目覚めたそこには誰もいない。誰か居るはずもないのに、そう、唐突に、誰かいないといけない気がした。

気づいた時にはぽっかりと穴があいたみたいな、そんな虚無感が全身を襲っていた。

思わず飛び起きて、辺りを見渡す。でも、何を探しているのかもわからない。でも、その何かを見つけなくてはいけない。いけない筈なのに。
どうしようもない違和感に胸を掻き毟りたくなる。声を荒あげたくなる。目に見える全ての物を壊したくなる。
こんなに部屋は広かっただろうか。こんなに小さなベッドで眠っていただろうか。あんなに本棚を並べていただろうか。何かがない。何かが。でも、何がないのかは彼にはさっぱり見当もつかなかった。

溢れた破壊衝動に駆られて、魔力が暴発したのだろう。1番近くにあったランプがガシャンと音を立てて粉々に砕け散った。
ガラスの破片が辺り一体に広がり、不愉快な音を立てて、寝室が本当の暗闇に包まれる。これで何かを探していた行動は遮られてしまった。

それでも、身体中を駆け巡る、このざらついた感覚は拭われない。

何故、何故、こんなにも、後悔の念が押し寄せてくるのだろう。
何故、何故、こんなにも、泣きたくなっているのだろう。
何故、何故、何故、何かを無くしてしまった気になっているのだろう。

そして、何よりも恐怖を覚えるのは、この激しい虚無感が、刻一刻と失われていくことだった。
怖い夢を見ても少し経てば忘れてしまうように、昔負った怪我の痛みを思い出せないように。

薄れていく苦しみを、ただ受け入れればいいはずなのに、なんだかそれすらも許されない気がして、痛みを思い出させるために、自身の胸を傷つける勢いで掻き毟る。

でもそんなことをしていても、結局数分後、ダンブルドアが『見知らぬ』女性を連れて、部屋に来た頃には、何故あんなにも息苦しかったのかわからぬ程になってしまっていた。

あぁ、でも、何故、数語答えて大泣きし始めたその子を見て、何故、胸の辺りが、何故こんなにも苦しくて、何故、何故。

「かえり、たい」

泣きながらそう呟いた彼女が何処に帰りたいのかも、彼女が誰なのかも知らないまま、ただ漠然と「連れて行って欲しい」と思う自分がいた。


(何故だか無性に泣きたくなったのは)

誰かの名前を呼びたかったのに、口からは何も零れてはこなかった。


http://85.xmbs.jp/utis/ 確かに恋だった様


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