『叫びの屋敷』からホグワーツへと続く長いトンネルの先頭を私は歩いていました。すぐ後ろにはリーマスさんとロンとピーター・ペティグリューの3人が続いています。
長い道のりを歩む中、私はじっと黙り込んでいました。漂っているスネイプ先生の手を、風船のように引いていきます。繋いだ手に自然と力が入ってしまいます。

トンネルを抜けて、今は大人しくしている暴れ柳の下を抜け出て、素早く離れます。真っ暗な校庭に出た私は短く息を吐きながら、スネイプ先生の身体をゆっくりと下ろしました。
リーマスさん達のあとに続いて出てきたシリウスが、それを不思議そうな顔で見る中、私は雲がかった夜空をちらりと見上げました。

スネイプ先生からお借りした杖を握りこんでいると、私は校庭の奥の方から月明かりが来るのが見えて、息を潜めて私はリーマスさんの方へと振り返りました。私は声を上げていました。

「リーマスさんから離れてください!」

私の声と共に、月明かりが私達を照らします。ぴたりと足を止めたリーマスさんを見て、はっとしたシリウスがハリーとハーマイオニーの前に立って守るように手を伸ばしていました。

そして恐ろしい唸り声が響き出しました。徐々に狼人間の姿になろうとしているリーマスさん。ピーター・ペティグリューと共に1番近くにいたロンが怯えの表情を見せて固まっています。
私は杖先をロンの方へと向けて、ロンとピーター・ペティグリューとを繋げていた手錠を破壊します。慌ててロンがリーマスさんから離れていきます。

そこでピーター・ペティグリューがリーマスさんが落とした杖に飛びかかるのが見えました。ハリーが素早く叫ぶように呪文を唱えていました。

「『エクスペリアームス(武器よ去れ)』!!」

リーマスさんの杖が空高く舞い上がり、遠くの草むらへと落ちます。ですが、その時にはもう既に遅く、ピーター・ペティグリューは徐々にネズミの姿へと変身していくところでした。
ハリーの叫び声が夜の空間に響き渡ります。

「シリウス! あいつが逃げた! ペティグリューが変身した!」

その時、シリウスはリーマスさんと対峙していました。黒い犬の姿となった彼は狼人間の姿となったリーマスさんに牙を立てていましたが、ハリーの声を聞いて視線を逸らしてしまっていました。
その一瞬の隙をついて、シリウスが弾き飛ばされます。駆け出した私は唸り声を上げるリーマスさんの目の前に立っていました。

「ピーター・ペティグリューを追ってください!!」

狼の姿となったリーマスさんに杖を構えて向き直ります。飛ばされたシリウスは躊躇うように私達の方を見ていましたが、すぐにピーター・ペティグリューを追い、森の方へと駆けていきました。
伺うように私の周りを動くリーマスさんに私は小さく微笑みを向けます。

「リーマスさん」

静かに声をかけると、牙の間から涎を零している獣の姿をしているリーマスさんがじっと私の姿を捉えていました。
そして私に向かい飛びかかってきたリーマスさんに、咄嗟に盾の呪文を唱えて、跳ね除けます。そのまま森の中へ走り出すと、リーマスさんも私を追って森の中に入ってきました。これでハーマイオニー達から引き離すことが出来ました。

少しだけ開けたところまできた時に、私は後ろから聞こえてきた唸り声で素早く盾の呪文を唱えて、鋭い爪を振り上げていたリーマスさんを防ぎました。
息を整えながら、私はリーマスさんと対峙します。

「覚えてくださったんですね」

狼人間の姿となって唸り声を上げているリーマスさんに、私は小さく微笑みかけます。杖を握り直し、私はリーマスさんを見つめます。

「私も、動物もどきになれたら良かったんですけれど…」

残念ながら私は変身術が苦手なのです。狼の姿となった彼と友達になることは私には出来ないのです。
私は再び杖を構えて息を整えます。唸り声と共に私に向かってきたリーマスさんに向かって、私は杖先を向けました。

「『スコージファイ(清めよ)』!」

私の得意な呪文をリーマスさんの顔に目掛けて唱えると、発生した泡がリーマスさんの顔面に辺り、苦しそうに首をふるいます。
それを見て私は狼人間の姿のリーマスさんに向かって走り出します。走りながらポケットから試験管を取り出して、中身の脱狼薬を少し乱暴ながらに彼へと飲ませます。鋭い爪が私の腕を少しかすりますが、牙でないのならば問題ありません。
私は空となった試験管を適当に投げ捨てて、苦しそうな唸り声を上げながらもゆっくりと静かになっていくリーマスさんを少し離れた場所から見つめます。

ぽたりと私の腕から血が流れるのすらも気にかける余裕すらなく、私はじっとリーマスさんを見つめます。
ですが、やがてふらふらと足元がおぼつかなくなったリーマスさんが、崩れるように地面に伏した所で、ようやく私は安堵の息を吐くことが出来ました。

私は小さな小さな唸り声を上げるリーマスさんのそばに近づいて、彼の傍に座り込みます。

「……せっかく直前に持っていったのに忘れてしまうんですから…」

脱狼薬は持っていこうと思えばお昼すぎぐらいには完成したものを持っていくことができました。ですが、今日はあえてギリギリの時間に持っていったのです。
結局、物語は変わりはしなかったのですけれども。

それ程までに忍びの地図で見たシリウスと、そしてピーター・ペティグリューの名前が衝撃的だったのでしょう。
何年間も、裏切られたと思っていた友人と、死んだと思っていた友人のおふたりを一気に見つけたのですから無理もありません。

彼の顔あたりに怪我していない方の手を伸ばして、ゆっくりと触れると、獣特有のごわごわとした毛の感触がします。

「ちょっと眠った方が良いですよ」

声をかけて私はそのごわごわの毛で覆われた頬辺りにキスを落として立ち上がります。脱狼薬は飲んでもらいましたし、少しは理性を戻した彼が城の方へ向かうこともないでしょう。
リーマスさんをこのまま横にしたまま、私は立ち上がります。リーマスさんはこれでひとまず良しとして、ハリーとシリウスの様子を見に行かなくては。

再びぽたりと血を流した腕に気がついて、私は自分自身の手に『エピスキー(癒えよ)』を唱えます。自分の杖ではないということもあり、血が止まっただけでしたが、今はこれで十分でしょう。

そこでふと、風ではなく、何かが動いて草を揺らした音がして、ばっとそちらへ視線を向けて、咄嗟に硬直呪文を唱えていました。

キーッと音がしたかと思うと草むらの上にぼとりと何かが落ちてきました。
顔をしかめて近づいていくと、そこには石のように身体を硬直させたネズミが転がっていました。ネズミの手をみると指先が欠けています。私は静かに呟きました。

「……ピーター・ペティグリュー」

嫌い。嫌い。大嫌い。

子供のような感情が溢れだします。スネイプ先生の大好きな人を間接的に殺し、リーマスさんを裏切り、シリウスを苦しめ、そして今も罪を逃れるために逃げようとしているのですから。
私から溢れたものとは思えないほどにどろどろとした感情を抱えながら、私は長く長く息を吐き出します。杖を掲げたまま、じわりと痛みを訴える頭に、苛立たしさを感じます。

じっとネズミを見つめます。やっぱり、どうしても好きになることは出来なさそうです。でも。

「リーマスさんに、2度と。決して近づかないで下さい」

私は杖を振るい、ネズミ姿のピーター・ペティグリューの石化を解きました。

すっと私を見上げてくるピーター・ペティグリューから私は視線を逸らします。早く行って欲しいというように手を振るうと、ネズミは小さく悲鳴のような鳴き声を上げて、先程以上のスピードで草むらの間へと駆けていき、すぐに見えなくなってしまいました。

『前回』の私ならば考えられないことです。今回の私だって、シリウスのことを考えれば、彼を逃がすだなんて信じられないことです。
でも。それでも。大嫌いなピーター・ペティグリューが、これから誰の元へと逃げるのかを私は知っています。
彼が誰を助けるのかを知っています。
今の私では助けることが出来ない人を、大嫌いなピーター・ペティグリューならば助けることが出来るのです。

徐々に収まっていく頭痛が逆に気持ち悪くて目眩すら感じます。私はそれを顔をしかめてやり過ごし、どんよりと重たい足を進めて湖の方へと歩を向けました。


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